第十六話・11
今日は、楓と遊園地に行く約束をした日曜日だ。
先週の日曜日の時とは違い、雨は降ってはいない。快晴だ。
これなら何の問題もなく、楓と楽しめるだろう。
「ねぇ、楓」
「何? 香奈姉ちゃん」
「今日、着ていく服だけど。どれがいいと思う?」
私は、自分のベッドの上に今日着ていく予定の服をいくつか広げてみせる。
服の種類は四種類。
どれもおしゃれで可愛いものばかりだ。
まぁ、楓に聞いても何の意味もないとは思うんだけど、それでも一応ね。
せっかく、私の部屋にいるんだし。
「僕に聞かれても……」
楓は、ベッドの上に置かれている服を見て、悩んでいる様子だった。
わかりきってる事とはいえ、その返答は私も困ってしまうな。
男なら、そのくらいの事ははっきりと言ってもらわないと。
「楓が好きだなって思うものでいいんだよ。例えばこの服が好みとか、適当に言ってくれてもいいよ」
私は、そう言ってベッドに広げられた一着の服を指し示した。
それは、ピンクを基調としたチュニックに黄色のスカートだ。
ホントに適当に選んだから、これがいいというわけではないんだけど……。
楓は、何を勘違いしたのか
「それじゃ、それで──」
と言って、私が適当に選んだ服を指さした。
やっぱり適当に選んでるのかな。
だとしたら、ちょっと許せないかも。
私の表情から笑顔が消えて無表情になる。
「楓。なんかさ、適当に選んでない?」
「そんなことはない…よ」
楓は、私から視線を逸らしてそう答えた。
きっと私の表情から笑顔が消えたのが、楓にとって何かしらの影響を与えたに違いない。
でも私自身、怒ってはいないと思う。
ベッドの上に広げた服は、今日着ていこうと思って出したものだから。
「だったらいいけど。もし適当に選んでいたなら、さすがの私も怒っていたかもしれないんだからね。それくらいは理解してよね」
「うん。気をつけるよ」
楓は、私の今の様子を伺いながらそう言っていた。
結局、私が選んだのは、楓が選んだこの服だ。
私は、その場でルームウェアを脱ぎ始める。
そのタイミングで楓は、私の部屋を後にしようとした。
「あ、そうだ。僕はやる事があるから、下で待ってようかな──」
「ダメだよ。ここにいてくれないと」
私は、すぐに楓の腕を掴んで引き止める。
楓は、表面上では平静を装いつつも取り乱した様子で私を見る。
「え……。どうして?」
「私の生着替えだよ。見たくないの?」
「さすがにそれは……。僕にも倫理というものがあるし……」
「何が倫理よ。楓はもう、私の裸を見てしまってるんだし、そんなこと気にしちゃダメだよ」
私は、そう言って楓をベッドに座らせる。
楓の言う倫理とは、いったい何なのか気になったけど、私の裸を見るくらいなら、なんてことはないと思う。
「でも……。僕にも準備が──」
「準備なら、私の着替えが終わってからでも大丈夫だよ。それとも、私の着替えなんて見たくないのかな?」
私は、満面の笑みを浮かべて楓にそう訊いていた。
怒ってはいない。
あくまでも笑顔で楓にアプローチしてるだけだから。
楓は、なぜかひどく怯えた様子で答える。
「いえ……。ぜひとも見たいです……」
「そうだよね。そういうことだから、もう少しここで待とうね」
私は、そう言うと下着を外し始めた。
やっぱり下着を変えないと、気分が良くないし。
「………」
楓は、すぐに私から視線を逸らしていた。
やっぱり見たくないのかな。
私の全裸は……。
とりあえず、そんなことを気にするよりも、今日、着用していく下着を決めないと。
──よし。
今日の下着は、白の下着にしよう。
これなら、スカートの中を楓に見られても平気だ。
まぁ、見せることはないと思うけど。
私が着替えを終えると、楓は自分の家に帰っていった。
楓もルームウェア姿だったため、おでかけ用の服に着替えに戻るのは当然なんだけど。
なんとなく気になった私は、自分の家を後にして、楓の家の前に来ていた。
こっちの準備はできている。
身だしなみだって、バッチリだ。
それにしても、遅いな。
楓ってば、いったい何をしてるんだろう。
しばらく待っていると、家から隆一さんが出てきた。
隆一さんは、私の姿に気がつくと、気さくに話しかけてくる。
「お。香奈じゃないか。今日は、どうしたんだ?」
「うん。楓を待ってるんだ」
「楓を? あいつに何か用件でもあったのか?」
「ちょっとね。楓と約束してたことがあって……」
「そうか。それなら、ここで待つよりも家の中で待った方がいいと思うぞ。楓なら今ごろ、自分の部屋にいるからな」
「そうなんだ。それじゃ、お言葉に甘えようかな」
「んじゃ。俺は、用事があるから、これで──」
隆一さんは、そう言い残して歩き去っていく。
「うん。頑張ってね」
私は、軽く手を振って隆一さんを見送った。
隆一さんに言われたとおり、私は楓の家の中に入る。
「お邪魔します」
一応、そう言っておく。
そう言ったからって、誰かが返事をするわけじゃないけど。
ましてや、楓のお母さんがいるわけでもないから。
楓は、自分の部屋かな。
隆一さんから、聞いたとおりだとそうなるだろう。
私は、さっそく二階へと続く階段を登っていく。
楓の部屋の前にたどり着くと、私はさっそくドアをノックする。
「誰? 兄貴なの?」
部屋の中にいた楓は、訝しげにそう訊いていた。
私は、楓の部屋の前に立ち、言う。
「私だよ。香奈だよ」
「え……。香奈姉ちゃん⁉︎ もう行く準備ができたの?」
楓は、なんだか慌てている様子だ。
何かあったのかな。
「そんなの当たり前じゃない。楓こそ、何してるのよ?」
「僕はその……。今日、着ていく服装で悩んでて……」
「そんなの普段どおりの服装でいいんじゃないの? 遊園地って言ったって、普段のデートと変わらないでしょ」
「わかってはいるんだけど……」
どうやら楓は、今日、着ていく服装で悩んでいるみたいだ。
私の今日の服装だって楓が選んだものに等しいのに、自分の着ていく服装でここまで悩むかな。
だけどこの場合は、私がどうこうと言う資格はないと思うし。
「悩むのはいいけど、早めに決めてね。せっかくの休みだし、遊園地くらい楽しみたいから」
「う、うん……。わかった」
とりあえず、その返事がきたから、問題はないだろう。
私は踵を返し、そのまま階段を降りる。
どこに行こうかと思ったが、一階の居間に行こうと決めていた。
居間に着くと、私はソファーに腰掛ける。
楓のことを待つのは、そんなに苦じゃない。
せっかくだから、空いた時間を使って奈緒ちゃんにメールでも送ろうかな。
楓が居間にやってきたのは、10分くらい後のことだった。
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