第十六話・12

 やはり休日ということもあって、遊園地の中は人でいっぱいだった。

 その証拠に、どこの乗り物にも行列ができている。

 こうも人がたくさんいると、どの乗り物から行ったらいいのか悩んでしまう。

 私は、思わず楓の手を握る。


「やっぱり、人がたくさんいるね」

「そうだね。これだとどれから行ったらいいのか悩んじゃうね」


 楓も、左右にある乗り物を見てそう言っていた。

 そして、不安からなのか歩きながらも私の手をギュッと握り返してくる。

 私とはぐれないようにするためとはいえ、これだと恋人繋ぎになっちゃうよね。

 なんだか恥ずかしいんだけど……。

 こうして見ると、カップルや子供連れが多い。

 その中にはナンパ目的のものも含まれるが、とりあえずこうしておけば、その心配はなさそうだ。


「とりあえず、絶叫系のものから乗ってみようよ」


 私は、とりあえず近くにあった乗り物を見つけると、グイッと楓の手を引っ張っていく。


「え……。あ、うん。そ、そうだね」


 楓は、『そうきたか』と言わんばかりの表情で私を見ていた。

 楓のことを意識してないかと言われたら、当然、意識している。

 だからこそ、それに相応しいところに行くんだけど。

 そこも行列ができていたが、仕方がない。

 ちなみに最初に向かったのはジェットコースターだ。

 とりあえずはこれに乗ってから、次のものを考えようかな。


 さすがに全部の乗り物に乗るのには無理がある。

 だから、その中で外せない観覧車などは最後にしようと思い行動していた。

 おそらく楓には、私のそうした意図はわからないだろう。

 ひとしきり乗り物に乗って楽しんだ後、私たちは観覧車の方に向かって歩いていた。


「ねぇ、楓。最後は観覧車に乗ろうよ」

「観覧車? 別にいいけど」

「いいの? 観覧車だよ」

「香奈姉ちゃんが乗りたいのなら、付き合うよ」

「ありがとう」


 高所恐怖症気味の楓なら嫌がるかなって思ってたんだけど。

 楓は、嫌がる事なく了承してくれた。

 その前に近くにあるベンチに腰掛けて一休みしよう。

 空いているベンチに到着すると、私と楓は同じタイミングで腰掛ける。


「とりあえず喉が渇いたから、観覧車に乗るのはお茶か何か飲んでからにしようか」

「うん。そうだね」


 楓は、一息吐いた後、すぐに立ち上がった。

 そして──


「それじゃ、ジュース買ってくるから、香奈姉ちゃんは待っててよ」

「あ……。私も行くよ」


 私もすぐに立ち上がる。


「香奈姉ちゃんは、この席を取っておいてよ。すぐに戻るから」


 楓は、引き止めるように私の肩を掴んだ。

 たしかに楓の言うとおり、このベンチに座っていないと誰かが座ってしまうかもしれない。

 今は、ゆっくりしたいし。


「楓がそう言うのなら。任せようかな」

「うん。それじゃ、行ってくるね」


 楓は、走ってジュース売り場に向かっていった。

 とりあえず一人なった私は、再びベンチに座り楓が戻ってくるのを待つことにする。

 しかし、黙って見ていられないのが周りの男性たちの方で、私が一人になった途端に声をかけてきた。


「ねぇ、君。一人なら俺たちと一緒に遊ばない?」

「すみません。今、彼氏を待ってるので」

「そんなこと言わずにさ。一緒に行こうよ。きっと楽しいよ」


 男性の一人は、そう言って私の腕を掴んでくる。

 なんで、気安く腕を掴んでくるんだろう。

 強く押せば一緒に行ってくれるって思ってるんだろうか。

 でもここは毅然とした態度で断ろう。

 感情的になってはいけない。


「お断りします。ナンパなら他をあたってください」

「いやいや。俺たちは──」

「どうしたの、香奈姉ちゃん?」


 その声は、男性たちの背後から聞こえてきたものだ。

 誰なのかはすぐにわかる。楓だ。

 楓は、両手にジュースを持って戻ってきた。


「楓」


 私は、ホッとして楓のことを見る。


「この人たちは、誰?」


 楓は、思案げな表情で私に訊いていた。

 私に聞かれてもな。

 ナンパしてきたとしか、答えられないよ。


「チッ! 彼氏かよ! 行こうぜ」


 男性たちは、楓を見てバツが悪くなったのか、そう言ってそそくさとその場から去っていった。

 諦めがよくて助かったかな。

 男性たちが去っていった後、安心した私は盛大に息を吐く。


「助かったよ、楓。あの人たち、ちょっとしつこくて……」

「ナンパはね。ちょっと困るよね」

「ちょっとどころじゃないよ。まるで一人になった途端に、狙って声をかけてきたみたいでさ」

「彼氏がいるかどうかの確認くらい、ちゃんとしてほしいよね」


 楓は、そう言うと私にジュースを手渡してくる。

 ちなみに、楓が渡してきたジュースはお茶だ。

 私は、楓からお茶を受け取ると、さっそくキャップを開けて少しだけ飲み、不貞腐れたかのように愚痴を言う。


「そうだよ。一人でここに来てるわけじゃないんだし」


 まず一人で遊園地なんて、来ないだろうと思う。

 楓は、私の隣に座り、自分の分のジュースを飲み始めた。

 ちなみに、楓が飲んでいるジュースは、よくあるスポーツ飲料だ。

 あ……。よく考えたら、そっちの方がよかったかな。

 まぁ、どっちでもいいんだけど。

 ジュースを飲んでしばらく休憩していたら、今度はお手洗いに行きたくなってしまった。

 私は、段々とソワソワしだす。

 楓はどうなんだろう。お手洗いとかないのかな。

 私は、平静を装いつつ楓の様子を伺う。

 どうやら、楓も同じみたいだ。

 そういえば、遊園地に着いてからというもの、一回もお手洗いに行ってなかったね。


「とりあえず、お手洗いに行ったら、観覧車に乗ろうか?」

「うん」


 楓は、笑顔で頷いていた。

 そういうことだから、まずはお手洗いに行っておこう。


 観覧車には、スムーズに乗る事ができた。

 観覧車に乗るのは、基本的に男女のカップルが多い。

 女の子同士という例外もあるけど、やっぱりこの場合は、男女のカップルで乗るに限るでしょ。

 そして、面白いのが楓の表情だ。

 ゴンドラが上に上がっていくにつれて、楓の表情も変わっていく。

 本人は平静を装ってるつもりだろうけど、段々と微妙な表情になっていってる。

 楓が高所恐怖症なのは、本当のことみたいだ。


「大丈夫、楓? なんだか顔が青いけど……」

「僕なら大丈夫だよ。香奈姉ちゃんは、大丈夫なの?」


 そう訊いてくるあたり、楓には余裕がないのがわかる。

 私は、楓の顔を見て答えた。


「私は、大丈夫だよ。なんか無理矢理付き合わせてしまって、ごめんね」

「いいんだよ。せっかくの香奈姉ちゃんからの誘いだし」

「ホントに大丈夫なの? もしかして無理してない?」

「全然、大丈夫だよ。ちょっと、地に足がついていない感覚が怖かったりするけど……」

「それって、全然、大丈夫じゃないよね?」

「ん? 大丈夫だよ。僕が少しだけ我慢すればいいだけだから」

「楓……。ホントにごめんね。高所恐怖症なのはわかっていたけど、ここまでひどいなんて思わなくて……」


 多少なら大丈夫かと思っていたんだけどな。

 こればかりは仕方がないか。

 でも、ここからの眺めは良かったりするんだよね。


「香奈姉ちゃんが気にする必要はないよ。僕も、香奈姉ちゃんと一緒なら怖くはないから」

「ありがとう。お詫びと言ってはなんだけど、今日の夜は、ずっと一緒にいてあげるから、安心して」

「『ずっと』って、お風呂に入るときもってことだよね?」

「もちろんそうだけど。な~に? 私が一緒だと不満なの?」


 私は、いかにもってくらいにして不満そうな表情になる。

 一緒にお風呂に入るのは、約束したことだし。

 今になって、取り下げるのは無しだよ。

 楓は、少しだけ慌てた様子で言う。


「いや……。不満とかじゃなくて……。そもそもお詫びの必要も無いかと思って……」

「それって、私が一緒にいたら迷惑ってこと?」

「ううん、逆だよ。僕なんかと一緒にいて、いいのかなって……」

「私は、全然構わないよ。恋人同士なんだし、楓と一緒にいることには、不満なんかないよ。むしろ一緒にいれない時とかは、落ち着かなくなるかな」

「やっぱり……。香奈姉ちゃんもか……」

「『香奈姉ちゃんも』って。やっぱり、楓もそうなの?」

「うん。最近、香奈姉ちゃんがいないと、心がざわざわして落ち着かないんだ」

「そっか。楓も、そうなんだね。なんだか安心したよ」


 私は、楓の返答を聞いて胸を撫で下ろした。

 楓がどれだけ私のことが大切で、大好きなのかを確認することができたからよかったよ。

 そんなこんなで、ゴンドラは下の方に向かっている。

 やっぱり、好きな人と観覧車に乗ると気分は盛り上がるけど、終わるのはあっという間だな。

 乗降口にたどり着く前に、キスくらいはしておいた方がいいかもしれない。

 そう思った私は、ゆっくりと立ち上がると、楓に近づいてそっとキスをした。

 楓は、あまりのことに呆然となる。


「あ……。香奈姉ちゃん」

「今日のお礼だよ。また一緒に遊園地に来ようね」


 私は、笑顔でそう言うと何事もなかったかのように元の位置に座り直した。

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