第十六話・13
家に帰ってきてからも、香奈姉ちゃんは僕から離れようとはしなかった。
通常なら、遊園地から帰ってきた後は解散っていう流れなんだけど、香奈姉ちゃんは自分の家に帰ったりせず、僕の家にそのまま来たのである。
今も、僕の部屋でゆっくりしていた。
「ねぇ。楓は、どんな女の子が好みかな?」
帰ってきて、訊いてくる質問はそれなのか。
しかも好みの女の子のことを訊いてくるなんて……。
そんなのまともに答えられるわけがない。
「えっと……。香奈姉ちゃんが、そんな質問をするっていうのは……。さすがにアウトなんじゃないかな」
「だって……。気になるじゃない」
「他の女の子を好きになったらダメって言ったくせに、そんなことを訊いてくるんだ。香奈姉ちゃんは──」
「あくまでも参考のためだよ。実際に付き合ったりはしないでしょ?」
「一体、誰と?」
僕は、思わずそう訊いてしまった。
一体、誰と付き合うんだろうか。
もしかして、奈緒さんとかかな。
たしかに奈緒さんも、女の子としての魅力は充分にあるけど……。
香奈姉ちゃんが言ってる女の子が、必ずしも奈緒さんとは限らないし。
「楓は、女の子の影が意外と多いからなぁ。それはもう、色んな女の子たちから声をかけられてるんでしょ?」
「そんな……。女の子たちって言っても、香奈姉ちゃんの知り合いしかいないよ」
「ふ~ん……。それなら、古賀千聖ちゃんはどう説明するのかな?」
「どうして千聖さんが出てくるの? 彼女はバイトの同僚であって、それ以上の関係はないよ」
そのことなら、前にも説明したと思うんだけどなぁ。
どうやら香奈姉ちゃんは、僕が千聖と付き合ってると思っているみたいだ。まったくの誤解だというのに……。
「そっか。なんか残念だなぁ」
「残念がらないでよ。基本的には、香奈姉ちゃんと付き合ってて、他の女の子と付き合うっていうのは、不本意なことなんだからね」
「そうなの?」
香奈姉ちゃんは、思案げに首を傾げる。
そんな顔をされても、『二股はダメ』って香奈姉ちゃんが言ったことじゃないか。
「そうだよ。僕が他の女の子とデートに行くとかって、普通に二股だからね。はっきり言うけど、僕は奈緒さんとだって一緒に歩くことはあるけど、デートに行くっていう感覚はないからね」
「それじゃ、奈緒ちゃんを弄んでるってことなの?」
「なんでそうなるの⁉︎ 弄んだりなんかしてないよ! 奈緒さんは、大事なバンドメンバーで香奈姉ちゃんの親友だから、一緒に登下校したりしてるんだよ。誓ってやましいことを考えてはいないからね」
「そんなのわからないでしょ。男の子なら、一つや二つくらいやましいことを考えちゃうよね。ね?」
「そこまで言われちゃうと……。まぁ、一つくらいなら考えるけどさ……」
僕は、観念したかのようにそう言っていた。
そりゃ、僕だって男だし。
やましいことの一つは考えるよ。
それを見た香奈姉ちゃんは、安心したかのように笑顔を浮かべる。
「やっぱり、楓も男の子なんだよ」
そんなことを言われて、嬉しいわけがない。
だけど僕は、香奈姉ちゃんの手をギュッと握っていた。
感情的になって突き飛ばしたりしたら、香奈姉ちゃんが怒るかと思ってできなかったのだが……。
「さて、そろそろ夕飯の支度をしないと」
「そうだね」
僕の言葉に、香奈姉ちゃんは相槌をうつ。
そして、僕の腕にギュッとしがみついてきて、言った。
「夕飯を食べ終わったら、一緒にお風呂も…ね」
「………」
さすが香奈姉ちゃん。
そういう大事なことは、忘れないか。
「ホントに毎回、一緒に入るつもりなの?」
「当たり前じゃない。楓となら、楽しみにさえ思えるほどなんだよ」
「せめてその時には、体にタオルくらい巻いてほしいんだけど……」
「嫌よ、そんなの。タオルなんか巻いたら開放感がなくなっちゃうじゃない。楓なら、わかるでしょ?」
「僕に訊かれてもね。たしかにお風呂に入る時は、裸だけど……」
「そうでしょ。私だってお風呂に入る時くらいは、裸でいたいよ。楓がよくて、私がダメっていうのは、いくらなんでもズルイよ」
「女の子の裸は、男の裸とはちょっと違うと思うんだけど……。まぁ、香奈姉ちゃんがそれでいいのなら、僕は構わないけどさ」
別に香奈姉ちゃんが裸でいたって構わない。
ただ、ちょっと目のやり場に困ってしまうだけで……。
ダメだ。どうしても香奈姉ちゃんの裸を想像しちゃう。
香奈姉ちゃんは、何を思ったのか僕の頭を撫でてきた。
「今、ちょっと想像しちゃったでしょ?」
「え、いや……。さすがに、そんなことは……」
僕は、途端に恥ずかしくなってしまい、香奈姉ちゃんから視線を逸らす。
「うふふ。楓ったら。そんなに緊張しなくてもいいのに」
香奈姉ちゃんは、嬉しかったのか笑みを浮かべる。
緊張なんてしてないし……。
「緊張なんて……。僕は、ただ──」
「わかってるって。楓のことだから、きっと色々考えてたんでしょ」
「………」
それは、否定はしない。
僕は、香奈姉ちゃんのことを見ることができず、そのまま自分の部屋を後にした。
とりあえず、今日は何を作ろうかな。
たまには炒飯とか食べたいな。
でも、兄が帰ってきたら、また作らなきゃいけないことが難点かもしれないから、炒飯はお預けだろう。
そう思っていた矢先、僕の傍にいた香奈姉ちゃんは、こう提案してきた。
「ねぇ、楓。今日の献立だけどさ。私、楓の手作りの唐揚げがまた食べたいな」
「唐揚げ? あれって、この間も作ったような……」
「うん。楓の手作りの唐揚げはサイコーだからね。食べ飽きたりしないんだよね」
「そっか。それなら、肉を一時間くらい漬けなきゃいけないけど……。いいかな?」
僕は、微笑を浮かべてそう訊いてみる。
実際、僕の特製唐揚げを作るためにには、そのくらいはかかるから、待ちきれないって言われたらそれまでだ。
香奈姉ちゃんは、笑顔でオッケーをだした。
「いいよ。一時間くらいかかるなら、お風呂を先にしてもいいかもね」
「そうだね。それじゃ、お肉を漬けたらお風呂に入るかい?」
「うん!」
「それじゃ、ちょっと待ってね。今、準備するから」
台所に着いた僕は、とりあえず唐揚げを作るために必要な材料を用意する。
唐揚げを作るための醤油タレはちょっと面倒だけど手抜きはできない。
作る時は、きちんとやらなきゃな。
香奈姉ちゃんは、嬉しそうに鼻歌を歌いながら浴室に向かっていった。
一緒に入ることが、そんなに嬉しいんだろうか。
僕にとっては、すごく恥ずかしいのに……。
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