第十六話・14

 とりあえず、お風呂には私が先に入った。

 楓と一緒に入ろうと思ってたんだけど、よっぽどの意気地なしなのか、楓はいくら説得してもダメだった。

 今も、おそらくは手前の脱衣室にいるだろうと思う。

 遠慮なんか、しなくてもいいのに……。

 私は、お風呂場の出入り口に顔を出した。


「ねぇ、楓。一緒に入ろうよ」


 お風呂場を出てすぐの場所の脱衣室には、案の定、楓がいる。

 私が、『入らないのなら、せめてここにいて』と言ったおかげで、楓はじっとここで待っているのだ。

 ちなみに、背を向けている。

 ガン見はできないってことなんだろうな。


「僕は、後でいいよ。香奈姉ちゃんがゆっくり入れるようにここで待っているから」

「そんなところで待っていても退屈でしょ? だから、一緒に入って暖まろうよ」


 そう言って、私は楓に手を差し伸べる。

 楓のことが好きだからこそ、そう言えるのだけど……。

 楓は、私と一緒にお風呂に入るのには抵抗があるみたいで、そこから動こうとしない。


「それは、さすがに……。遠慮しておこうかな。僕は、香奈姉ちゃんが『待ってて』って言ったから待ってるだけだし……」

「もう! そういうことに対しては律儀なんだから。この場合は、ただ待つんじゃなくて、楓の方からガンガン行くべきだと思うなぁ」

「さすがに、僕から行くのはちょっと……。それに、香奈姉ちゃん。そこから顔を出す時は、せめて胸は隠そうよ」

「私のおっぱいなんて、何度も見てるでしょ。楓に隠したところで、意味がないよ」


 私は、堂々とした態度でその場に立つ。

 実際、隆一さんに見られてるのなら、慌てて隠したくもなるけど、楓に見られるくらいなら大したことはない。

 しかし、楓の態度を見ていると……。

 今さら感が半端ないのは、私だけだろうか。

 もうエッチなことをした仲なんだし、背を向けたって無意味なんじゃないかと思うんだけど……。

 私は、裸のまま楓に近づいて、そのまま楓の手を取った。


「さぁ、楓。そういうことだから、一緒に入ろう」

「あの……。その……」


 楓は、恥ずかしそうに顔を赤面させて私の方を見ようとはしない。

 う~ん……。

 これでもダメか。それなら──

 私は、思い切ってギュッと楓に抱きついた。


「──ほら。行くよ」

「う、うん。香奈姉ちゃんが、良いのなら……」


 楓は、渋々といった感じで頷く。

 やっぱり、楓を説得するには裸で迫らないとダメなのかな。

 お風呂に入る時は一緒って、約束したはずなのに……。


「ダメなわけないじゃない。私と楓の仲なんだし…ね」

「やっぱり一緒にお風呂とかは、やめにしない? その方が香奈姉ちゃんにとって、いいかと──」

「何言ってるの。私との約束は『絶対』なんだからね。拒否は許さないよ」

「それなら、仕方ないか……。僕が間違えて、香奈姉ちゃんのおっぱいを揉んでしまうかもしれないけど……。それも、仕方ないことだよね?」

「揉むのは構わないけど……。優しくしてよね。激しくされたら、声をあげちゃうからね」


 私は、恥ずかしくなって腕で胸を隠す。

 たしかに無断でおっぱいを揉まれたら、嫌かもしれないけど。

 楓にされるんだったら、嫌じゃないかも。


「構わないんだ……」


 楓は、そう言いながら服を脱いでいく。

 なんだか私と一緒にお風呂に入るのが、嬉しくなさそうだ。

 やっぱり見慣れてしまったのかな。でも……。

 私は、裸になった楓をお風呂場に引っ張っていく。


「さぁ、はやく一緒に入ろう。私の方は、なんだか湯冷めしちゃったみたい」

「あ……。香奈姉ちゃん。ちょっと待って……」

「待ちません」


 楓が何を言っても無駄だ。

 私は、約束を反故にしたりしない。

 ──さて。

 ホントに湯冷めしちゃったみたいだから、再度お風呂に入って暖まろうかな。

 ちなみに、お風呂に入っている最中に、楓が私のおっぱいを揉んでくることはなかった。

 あんなに見せびらかしていたのに、ちょっと残念だったな……。


 お風呂から上がると、楓はさっそく台所に行き、冷蔵庫の中から漬けておいた肉を取り出した。

 楓はタッパーの蓋を開けて、中に漬けてある肉の様子を確認する。

 どうなんだろうか。

 時間的には、一時間半くらいは漬けておいたはずだけど。


「どう? お肉、ちゃんと漬かってるかな?」


 私は、楓に訊いてみる。

 漬かり具合は、どうなんだろうか。

 ちゃんと漬かっていればいいんだけど。

 楓は、しばらくお肉を確認した後、大丈夫と言わんばかりに一度頷いた。


「うん。多分、大丈夫だと思う」


 ホントなら、相当な時間を漬け込むんだろうな。

 楓が作る唐揚げの醤油タレの作り方は私にもわからないので、こればかりは楓に任せるしかない。


 出来上がった唐揚げは、本当に美味しそうだった。

 楓が作る唐揚げはお弁当の中にも入っているけど、こうして出来立てを見るのも、なんとなく嬉しい気分になる。


「やっぱり楓の唐揚げは、美味しそうだなぁ」

「よかったら、一つ食べてみるかい?」

「それは、やめておこうかな。夕飯の時の楽しみに──」


 と、私がそう言った矢先、いつの間にかそこにいた花音が、唐揚げを爪楊枝で二つ取っていった。


「ありがとう、楓。それじゃ、遠慮なく一つずつ貰うね」

「え……。花音? いつの間に……」


 私は、あまりのことに呆然となってしまう。


「あらら。花音がいたのか……。それは、ちょっと意外だったな」


 楓は、驚いた様子で台所を去っていく花音を見ていた。

 びっくりしていたのは、私だけじゃなかったみたいだ。

 花音がいるってことは、隆一さんもいるってことだろう。

 これだと、楓の家でスキンシップはできそうにないな。

 かといって、別室が使えるわけでもないし。

 夕飯を食べ終わったら、私の家に誘おう。


「ねぇ、楓。夕飯を食べ終わったら、私の家に行こうか?」

「香奈姉ちゃんの家に? どうして?」


 案の定、楓は思案げな表情で訊いてくる。

 私は、楓とイチャつきたいっていう本心をひた隠して口を開く。


「バンドの練習があるじゃない。楓は、他のメンバーたちよりも日が浅いし練習不足だから、練習が必要なんだよ」

「いや……。今日は、さすがに……。遊園地でのデートは、さすがに疲れたし……」


 楓は、そう言って軽く息を吐く。

 これはやる気がないとかじゃなくて、本当に疲れたって感じだ。

 だけど私とのスキンシップは、まだ終わりじゃない。

 私は、楓の肩をガシッと掴む。


「練習…必要だよね?」


 きっとこの時の私の表情は、笑顔だったけど、内面には鬼が宿っていたに違いない。

 その証拠に、楓はひきつったような笑みを浮かべていた。


「うん……。練習は大事だね」


 楓は、私に逆らうことはできないんだろうな。きっと──

 楓が味噌汁を作り終えるのを見て、私は言った。


「とりあえず、夕飯もできたみたいだし。食べよっか」

「そうだね」


 楓は、そう言って頷く。

 お手伝いしようと思ったけど、何もできなかったな。

 でも、楓と一緒にいられるのなら、それでもいいか。

 私は、茶箪笥の中から箸と食器を取り出した。

 多分、隆一さんと花音もやってくるだろうから、一応、二人の分も用意しておこう。

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