第十話・4

 私たちが来た場所は、駅前だった。

 隆一さんは駅に着くなり、なにやら祐司さんと話しだす。


「ところで、今日、慎二は来るのか?」

「わからないな。一応、メールを送ったんだけど、未だに無反応で──」

「そうか」


 一体、どこに行くつもりなんだろうか。

 デートにしては人数が多いし、そもそも二人っきりじゃない。

 そう思っていたところに明美から声をかけられる。


「ねぇねぇ。周防隆一さんとは、どういう知り合いなの?」

「知り合いもなにも、この人が楓のお兄さんだよ」

「楓って?」


 どうやら、明美は楓のことを思い出せないようだ。

 それもしょうがないか。

 私は、文化祭の日に手伝いに来てくれた時のことを教えてあげた。


「この前、文化祭に来てくれた男の子よ。喫茶店を手伝ってくれたじゃない」

「文化祭の時に手伝ってくれた男の子? ああ! 思い出したよ。女装して手伝ってくれたあの男の子のことね」

「そうそう。思い出してくれた?」

「うん。女装がよく似合っていたから、すぐに思い出せたよ。…なるほどね。隆一さんが、楓君のお兄さんか。なんだか羨ましいな」

「そうかな? そんなんでもないよ」

「羨ましくないの? この辺りでも有名なバンドのリーダーさんだよ。そんな人がお兄さんだなんて、羨ましいと思うけどなぁ」


 明美は、夢見がちな瞳で隆一さんを見る。

 言い忘れていたが、明美は隆一さんのファンなのだ。

 明美が、隆一さんにとっての特別な日に参加してきたのは、兄である祐司さんの口利きで、だろうな。


「無反応なのはいつものことだから、もう少し待ってみようか」

「そうだな」


 隆一さんと祐司さんは、その場で待つことにしたみたいだ。

 だから私たちも、待つことにする。

 しばらく待っていると、向かいの通路から一人の男性が走ってきた。

 こちらに向かってきたのは、慎二さんだ。


「みんな、遅れてすまん」


 慎二さんは、私たちのところにたどり着くと両手を膝に当てて息を吐いていた。

 隆一さんと祐司さんは、心配していたのか慎二さんを見て微笑を浮かべる。


「やっと来たか」

「遅いぞ。なにをやってたんだ?」

「いや、ちょっとバイト先で色々あってな。なかなか外せなかったんだよ」


 色々っていうは、なんだろう。

 ちょっと気になるな。


「そうか。それじゃ、遅れてきても仕方ないな」

「まぁ、来てくれたんだし、これで全員揃ったから良かったよ」

「なんか悪いな。俺が遅れたばっかりに──」


 慎二さんは、そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 すると祐司さんが、慎二さんに言う。


「それは言いっこなしだと思うぞ。バイトなら仕方ないって」

「そうかなぁ。遅れてきたことには変わりないし……。それはそれで申し訳ないというか」

「バイトなら遅れても仕方ないだろう。俺だって、バイトだったら遅れると思うし。人のことをどうとは言えない。だから気にする必要はないぞ」


 と、隆一さん。

 まぁ、バイトなら遅れてもしょうがないし、来れないことも考えるかな。

 慎二さんは、私の顔を見るとなぜか視線を逸らす。

 ん? なんだろう?

 私の顔に何かついてるのかな?


「そっか。それなら、いいんだが」

「そういうことだからさ。はやく行こうぜ」


 そう言うと、隆一さんは駅の中に入っていく。

 隆一さんが駅の中に入っていくと同時に、私たちも駅の中へ入っていった。

 隆一さんは、どこへ行くつもりなんだろう。

 私は、らしくなくドキドキしながら隆一さんについて行った。


 電車に乗って二区間くらいで私たちは降りた。


「どこに行くの?」

「それは、きてからのお楽しみってことで」


 私が聞くと、隆一さんは微笑を浮かべてそう答えた。

 ホントにどこへ連れて行くつもりなんだろう。

 私は、黙って隆一さんたちについていくことにする。

 今頃、楓は何してるんだろうか?

 家で自習かベースの個人練習でもしてるのかな。

 だとしたら、私もできるだけはやく帰って、楓の練習のお手伝いしなきゃいけないな。

 私は、そんなことを思いながら歩いていた。


 たどり着いたのは、一軒のライブハウスだった。

 そこは普段、私たちが立ち寄っているライブハウスではない。

 ライブハウスに入るなり、隆一さんは一人の女性に声をかける。


「やぁ、紗奈さん。お久しぶりっス」

「誰かと思えば、リュウくんか。今日は、何しに来たの?」


 紗奈と呼ばれた女性は、隆一さんのことを気軽な気持ちでリュウと呼んだ。

 染めているのか髪の色は金髪で、それをポニーテールにしている。

 服装はお洒落とはとても言い難く、革ジャンにジーンズという、可愛いというよりカッコいい印象が、彼女には似合う。


「いや、実は今日は、俺たちのバンドの新しいボーカルを連れてきたんスよね」

「へぇ、新しいボーカル…ね」


 紗奈は、鋭い眼差しで私のことを見てくる。

 明美も一緒にいるはずなのにもかかわらず、私のことを真っ直ぐに見てきたのだ。


「え……。私?」

「そうだよ。香奈は、俺たちのバンドの大事なボーカルなんだよ」


 隆一さんは、当然のことのようにそう言った。

 何を言ってるの、隆一さん。

 私は、隆一さんのバンドに入ったつもりはないんだけど。


「ちょっと待って。私は、隆一さんにとって特別な日ってことでついて来ただけなんだけど」

「だから、特別な日なんだよ。今日は、香奈が俺たちのバンドに入ったっていう特別な日なんだ。だからメンバー紹介も兼ねて、このライブハウスでライブをやるんだよ」


 断っておくけど、私は隆一さんのバンドに入ったっていう記憶はない。

 だからこれは、隆一さんが勝手に決めたことだ。

 それに楽器はどうするつもりなの?


「私は、隆一さんのバンドに入ったつもりはないんだけど……」


 私がそう言うと、隆一さんはうんうんと頷いていた。


「そうだろうな。香奈は入ったつもりがなくても、俺が決めたことなんだから、これは絶対なんだ」

「俺たちは、どうしても香奈ちゃんにバンドに入ってほしくて」

「香奈ちゃんの歌唱力なら、絶対に天下をとれるって信じてるんだよ。…だから香奈ちゃん。自分の作ったバンドは解散して、今日から俺たちのバンドに入ってくれないか?」


 祐司さんも慎二さんも、私に同じようなことを言ってくる。


「嫌だよ。私には、私の夢があるから自分でバンドを作ったんだよ。だから、隆一さんのバンドに入るつもりはない」

「どうしてだよ、香奈。俺は、こんなに香奈のことが好きなのに……」

「ごめん、隆一さん。私は、隆一さんの想いには答えられないよ」

「楓…なのか? 香奈にとっては、俺よりも楓がいいのかよ」

「ごめんなさい」


 私は、謝ることしかできなかった。

 私にとって楓は、誰よりも大切な人になっているからだ。

 それは、隆一さんの母親にも告白済みである。


「あら……。それじゃ、今日のライブはどうしようかしら?」


 紗奈は、困った様子で隆一さんに聞いていた。

 隆一さんは、すぐに答える。


「いや、そのまま続行で──。今日は、俺たちにとって大事な日だから」

「わかったわ。そういうことなら、すぐに準備してちょうだい」


 そう言うと紗奈は、奥へと入っていった。

 紗奈が奥へと行ったところに、隆一さんはタイミングよく私に言ってくる。


「そういうことだからさ。今日は、俺たちのバンドのボーカルとして歌ってくれないか? 俺の顔を立てると思ってさ──」

「いくら約束したからって……。これは別問題だよ」


 いきなりボーカルをやってくれと言われても、隆一さんのバンドのボーカルって不慣れなんだよなぁ。


「歌ってあげなよ」


 そう言ってきたのは、明美だった。

 明美は、困り果てた私を見て微笑を浮かべている。


「でも……。明美……」

「せっかくライブハウスに来たんだから、やっていこうよ」

「そう言われても……。隆一さんのバンドでボーカルをやるのは──」

「私的には、香奈の歌を聴いてみたいって思ってたんだよね。…やってみようよ。ね?」


 そこまで言われたら、なおさら引き下がるわけにはいかないか。


「…わかったよ。明美がそこまで言うなら、今回だけやってあげるよ」


 私は、ため息混じりにそう言った。


「ホントか? ありがとな。それじゃ、さっそく準備しようぜ」


 そう言うと隆一さんは、奥にあるスタジオへと向かっていく。

 ──なんでこんなことになったんだろう。

 こんなことなら、隆一さんとの約束なんて守らなければよかったかもしれない。

 隆一さんがいう『特別な日』って言うのは、私のことか。

 てっきり私は、バンドの設立記念日かと思っていたよ。

 私は、隆一さんたちについてきたことを後悔していた。

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