第十話・5
奈緒さんとのデートでショッピングモールを歩いた後、僕たちは近くにあるライブハウスを訪れていた。
ここは、香奈姉ちゃんたちがよく行くライブハウスだ。
「奈緒さん。ここって……」
「うん。知っての通り、ライブハウスだよ」
それは見ればわかる。
今日は、ライブで誰か出る予定でもあるのかな。
奈緒さんは、なんのつもりでここに来たんだろう。
「知り合いでも、ライブに出るの?」
「ううん。知り合いは、ここにはいないかな」
それなら何故ここに?
知り合いがいないのなら、ここに来る理由なんてまったく無いかとおもうんだけど……。
それとも、何かあるのかな。
奈緒さんは、ライブハウスの前で黙ったまま立っている。
僕は、そんな奈緒さんが怪しいと思い、訊いてみた。
「そうなんだ。それなら、何かあったの? さっきから何かを隠しているみたいだけど……」
「何にもないよ。ただこっちに足が向いただけで……」
奈緒さんは、何故かもじもじとする仕草を見せる。
普段の奈緒さんなら、そんな態度は絶対にとらない。
これは、絶対に何か隠し事をしている。
「そっか」
「あたしは、嘘なんてついていないからね。ホントに足が向いただけで──」
そう言って、顔を背ける奈緒さん。
僕は、何も言ってないんだけど。
その態度が奈緒さんらしくないんだけどな。
「言いたくないのなら、これ以上は聞かないけど……。そんな奈緒さんを見ていると、らしくないなって思ってしまうよ」
「あたしらしくない…かな?」
「うん、奈緒さんらしくないよ。普段の奈緒さんは、毅然とした態度で僕たちのことを見守ってくれているじゃないか。だけど今の奈緒さんは、何かを必死に隠そうとしていて、それがバレるのを恐れているように見えるんだよね」
「そっか……。あたしらしくないか……」
僕の指摘に、奈緒さんはそう言って黙ってしまう。
図星だったんだな。
奈緒さんは、しばらく悩んでいた様子だったが、意を決するとスマホを小さなリュックから取り出した。
「…実は、香奈のことなんだけどね」
「香奈姉ちゃんがどうしたの?」
「楓君のお兄さんと出かける約束してたよね?」
「うん。香奈姉ちゃん自身が、僕にそう言ってたけど……。それが、どうかしたの?」
「実は、楓君には黙っていてくれって、慎二さんに言われてしまってさ──」
そう言って、奈緒さんは僕にメールの内容を見せてくる。
確認すると、たしかに奈緒さんと慎二さんとでメールのやりとりをしているのが見てとれた。
メールのやりとり自体は端的だったが、今日のことが書かれていたことには間違いなかった。
慎二さんって、兄貴と同じバンドメンバーだったな。
「何を言われたの?」
「今日、違うライブハウスで香奈をボーカルに迎えてライブするからって言われてしまって……」
「兄貴のバンドに香奈姉ちゃんが⁉︎ …香奈姉ちゃんは、このことを知ってるの?」
「たぶん知らないと思う。サプライズでやるみたいだから」
「そうなんだ。兄貴は、サプライズでそんなこと考えてたんだ。なるほどね……。そういうことなら、僕や香奈姉ちゃんには一言も言えないよね」
「やっぱり、気になる?」
「少しはね。でも……」
「たぶん、今日一日は、楓君のお兄さんが普段行ってるライブハウスでライブをやると思うよ」
「そっか」
僕は、相槌をうつ。
たぶん、今からそのライブハウスに行っても間に合わないだろう。
まぁ、香奈姉ちゃんも兄からは『特別の日』と聞いているから、ひとはだ脱ぐだろうとは思うし。
別に咎める必要はないかな。
「まぁ、あたしの隠し事は、このくらいかな。あたしは、慎二さんに頼まれて、楓君とデートをしてるってことになるのかな」
奈緒さんは、そう言って微苦笑する。
「そっか。慎二さんに頼まれてデート…か」
「う、うん。そう…だよ」
「それは、半分は嘘になっちゃうね」
僕は、奈緒さんの姿を見てそう言う。
「どうして?」
「もし慎二さんに頼まれたからと言って、僕とデートするつもりなら、そんなおめかしはしないはずだよ。奈緒さんは、普段ハーフパンツが多いはずなのに、今日に限ってはミニスカートだし。これは、完全に香奈姉ちゃんに対抗してのことだろうなって思って」
「な、なんでわかるの?」
奈緒さんは、恥ずかしそうに頬を染めてミニスカートの裾を手で押さえ、そう聞いてくる。
その姿は、香奈姉ちゃんと同じくらい可愛いと思う。
「なんとなく…かな」
「なんとなく…なの?」
「うん。なんとなく──」
僕は、そうとだけ答えて微笑を浮かべる。
それだけでも、十分に伝わったんだろう。
奈緒さんは僕の腕を掴み、そのまま寄り添ってきた。
「そう。なんとなく…ね。まぁ、それでもいいよ」
「奈緒さん?」
「後で、あたしが穿いているパンツをあげるよ。女子校のジンクス、パート2ってところかな」
「それって──」
ただでさえミニスカートなのに、そんなことしたら大変なことになるんじゃ。
それ以前に、奈緒さんの下着ならもう預かっているし。
「そうと決まったら、もう少しだけ付き合ってもらうよ」
「え……。どこへ?」
「ランジェリーショップだよ。新しい下着を買うの」
奈緒さんの中では下着を僕にあげることは決定事項になったのか、そのままショッピングモールの方へと歩き出した。
ようするに来た道を戻る形だ。
「ちょっ……。待って。…それって、僕も一緒じゃないとダメなのかな?」
「当たり前じゃない。楓君のためにそうするんだから──」
「いやいや。奈緒さんのパンツなら持ってるから。だから、これ以上は──」
「そっか。必要ないか。…それじゃ、デートの終わりに楓君にキスするっていうのはどうかな?」
「それもちょっと……」
「あたしのパンツかキス。どっちがいいか、よく考えて選んでよ」
「それって、どっちか選ばないとダメなの?」
できれば、どっちも嫌だな。
それを奈緒さんに言うわけにもいかないし。
奈緒さんは、頬を赤く染めて僕の方をチラリと見る。
ちょうど横断歩道の信号が赤になったタイミングだった。
当然のように僕たちは立ち止まる。
奈緒さんは、恥ずかしそうに胸元に手を添えて言った。
「そうだよ。これは楓君にとって、運命の選択になるよ。どっちがいいかよく考えて選んで」
運命の選択って、そんな大袈裟な。
「それじゃ、キスじゃない方で──」
僕は、周囲の人に気を遣い、そう答える。
まさか下着の方だなんて、こんなところではっきりと言うことはできない。
「わかった。それじゃ、そっちの方は楓君の家に戻ってからね」
奈緒さんも、その事に気づいていたんだろう。
奈緒さんは、微笑を浮かべてそう言った。
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