第十話・6

 奈緒さんはスカートの中に手を入れて、そのまま下着を脱ぎ始める。

 僕の家に戻って一息吐いた後、いきなりそれをやり始めたのだ。

 僕は、羞恥に顔を赤くしてすぐに奈緒さんから顔を背ける。


「奈緒さん。いきなりは、その……」

「あたしは、楓君のリクエストに答えてるだけだよ」

「リクエストって。ホントにやるなんて──」

「あたしは、約束は守る女の子だからね。一度した約束は最後までやり遂げるつもりだよ」

「最後までって……」

「はい。約束のパンツだよ。…受け取って」


 そう言って、奈緒さんは微笑を浮かべて僕に下着を差し出してきた。ちなみに色は、ピンクだ。

 こんな大事なものを受け取れと?

 いやいや……。普通に無理だよ。

 僕が受け取るのを躊躇っていると、奈緒さんの微笑は悪戯っぽい笑みに変わる。


「それとも、あたしのスカートの中が気になるのかな?」

「え……」

「しょうがないなぁ。楓君は──」


 僕が呆然としてる間に、奈緒さんはミニスカートの裾を指でつまみ、少しずつめくりあげていく。

 はっきり言うが、ここは僕の部屋じゃなくて居間だ。

 しかも、僕と奈緒さんの二人っきり。


「それだけは、やめてください!」


 僕は、そう言って奈緒さんがやろうとしていることを阻止する。

 おかげでスカートの中を見るってことにはならなかったから、そういう意味ではよかった。

 奈緒さんは、少しだけ残念そうな顔をしていたが、すぐに微笑を浮かべ再び下着を差し出してくる。


「それじゃ、これを受け取って」

「はい……」


 僕は、素直に奈緒さんのパンツを受け取った。

 受け取りたくなんてないのに……。

 奈緒さんは、恥ずかしそうに頬を染めると「うん」と頷いていた。

 この下着を僕にどうしろと言うんだろうか。

 そう思ったが、聞かないことにする。

 僕に下着を渡した奈緒さんは、すぐにショッピングモールのランジェリーショップで買った新しい下着に手を伸ばす。その買い物袋は間違いない。

 嫌な予感がした僕は、奈緒さんに言った。


「ちょっと待って。…まさか、ここでそのパンツを穿くつもりなの?」

「そのつもりだけど。何か問題でもある?」

「問題おおありだよ。僕はお手洗いに行ってるから、その間に済ませてよ」

「待って」


 奈緒さんは、片方の手で僕の腕を掴む。

 僕をどこにも行かせない気だ。


「はっきり言うけど、僕は奈緒さんの着替えを見る趣味はないよ」

「そんなこと言わずに…ね」

「いや……。さすがに無理かも」


 僕がそう言った瞬間、玄関のドアが開いた音が聞こえてきた。

 誰かが帰ってきたんだろう。

 この時間帯なら、おそらく母かな。

 僕が、玄関の方へ向かう前に、その人物は居間の方へやってきた。

 誰なのかは言うまでもなく、母だ。


「あら、楓。家にいたのね。今日は、バイトはお休みなの?」

「まぁ、日曜日だからね」


 僕は咄嗟に、奈緒さんから渡された下着をポケットに仕舞う。


「そう。お休みだから、のんびりしてたのね」

「そんなところかな」

「ところで、その子は誰なのかな?」


 母は、奈緒さんを一瞥して、そう聞いてきた。

 隠してもしょうがないと思った僕は、奈緒さんを紹介する。


「あー。この人は香奈姉ちゃんの友達で、北川奈緒さんって言うんだ」

「そうなの。香奈ちゃんの友達ねぇ。それなら、香奈ちゃんもいるってことなのかな?」

「いや、香奈姉ちゃんなら、兄貴と出かけていったから、今はいないよ」

「あらあら。そうだったの? それじゃ、その子は何をしに?」

「奈緒さんは、僕と出かける約束をしていたから来てくれたんだよ」

「出かけるって、これからかい?」

「いや。もう外出したから、出かける予定はないよ。後は、奈緒さんを見送るだけかな」


 そう言って、僕は奈緒さんを見る。

 奈緒さんは、落ち着かない様子でそわそわしていた。

 もしかして、下着を穿いていないのか⁉︎

 僕は、奈緒さんの目を見る。

 奈緒さんは頬を赤くし、何かを訴えるような眼差しで僕を見てきた。

 あ……。これはもしかしなくても、下着を穿いてないな。

 そうだとしたら、居間にいるのは得策とは言えない。


「…でも、その前に奈緒さんにプレゼントがあるから……。行こう。奈緒さん」


 僕は奈緒さんの手を掴み、そのまま二階にある僕の部屋へと向かう。


「う、うん」


 奈緒さんは、母に軽く会釈したあと僕の後をついてくる。


「どうでもいいけど、エッチなことはしちゃダメだからね」


 母は、なぜか呆れたように肩をすくめ、僕たちにそう言っていた。

 何を根拠に、そんなこと言うのか。

 そんなこと、絶対にしないし。


 僕の部屋に入ると、奈緒さんは周囲を確認しだす。


「よし。楓君以外に誰もいないな」

「まぁ、僕の部屋だからね。僕以外がいたら、逆に怖いよ」


 そう言いながら、僕も周囲を見やる。

 何もないとは思うんだけど、一応、確認だけはしておこう。

 誰もいないことを確認すると、奈緒さんは、さっそく買い物袋の中からさっきの白の下着を取り出して、その場で穿き始めた。

 どうして、僕の前でそんなことができるんだろう。

 僕は、すぐに奈緒さんから視線を逸らす。

 そして、ポケットの中からピンクの下着を取り出して机の上に置いた。

 これで二枚目になるのか。

 奈緒さんから渡された下着は──。


「どうして見てくれないの?」

「え? 何を?」


 僕は、ふいに振り返る。

 奈緒さんは、下着を穿こうとしている途中だった。

 いや、正確には穿くその直前で止めて僕のことを見ている。…というのが、正しいだろうか。


「あたしが、パンツを穿いている瞬間だよ。こんな光景はなかなか見られないと思うんだけど」

「そんな光景は、できるなら見たくないな」

「女の子がパンツを穿いている光景はなかなかにレアだと思うんだけどな」


 奈緒さんは、普通に見たら顔立ちも整っていてクールな印象を受けるが、そこが結構可愛かったりする。

 たしかに髪をショートカットにして男の子っぽく見えるけど、そこが奈緒さんの魅力的なところだ。

 しかし、僕には香奈姉ちゃんという幼馴染がいる。

 ここで奈緒さんに翻弄されてはいけない。


「お願いだから、ちゃんと下着を穿いてください。…じゃないと、僕は──」

「どうするのかな? …あたしにエッチなことでもするの?」

「いや……。その……」


 奈緒さんにそう言われ、僕はしどろもどろになってしまう。

 さすがにそんなことを考えていなかったんだけど。

 エッチなことって言われてしまうと、なんとも言えない。

 まだ下着を穿いている途中だから、ミニスカートの中はまだアレなんだよね。

 いや、その先は考えちゃいけない。


「それとも楓君が、これの続きをしてくれるのかな?」


 そう言って、奈緒さんは穿いている途中の下着を指でつまんで僕に見せつける。

 こうなると、ただの誘惑だ。

 僕は、そんな誘惑には負けないぞ。


「僕は、奈緒さんには何もしませんから。僕にとって奈緒さんは、大事な人の親友だから──」

「うん。そのことは、よく知ってる。だからあたしは、そんな楓君が好きなんだよ」

「え? それって……?」

「そのままの意味だけど」


 奈緒さんは、頬を染めて僕を見つめてくる。


「ごめん……。僕はその……」


 奈緒さんの気持ちは嬉しいけど、それに応えることなんてできないよ。

 いくら香奈姉ちゃんがいないからって、そんなアプローチを仕掛けてくるのは反則だ。

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