第十話・2

 たとえ隆一さんとのデートでも、洋服選びは重要なことだ。

 私は、出来る限りお洒落で可愛い洋服をタンスの中から選び、手に取った。


「よし。今日は、これにしようかな」


 今日、着ていく服はこれでいいとして──。

 問題なのは、下着の方かな。

 今、着用している下着は、可愛さ重視でもなんでもない無難なものだ。

 せっかくだから、下着の方もとびきり可愛いのにしようかな。

 隆一さんとのデートだから、粗相のないようにしなきゃいけないし。

 そう思った私は、少し可愛い感じの白の下着をタンスの中から取り出した。


 私は、いつもどおりに楓の家に向かう。

 しかし今日は、楓に会うためじゃなくて、楓の兄の隆一さんとデートに行くためだ。

 理由は、楓には言ってない。

 理由を言えば、楓は絶対に止めるはず……。いや、もしかしたら止めないかもしれない。

 楓の家の玄関先にたどり着くと、そこには隆一さんがいた。

 私のことを待っていた──というわけじゃなく、誰かと連絡をとっていたというのが正しいだろう。

 その証拠に、隆一さんはスマホをいじっている。

 それに時間的には、約束した時間より一時間くらいはやいし。


「おはよう、隆一さん」


 私が声をかけると、隆一さんは驚いたような表情を浮かべていた。


「お、おう。おはよう」


 その挨拶も、どこかぎこちない。

 私に、何か隠し事をしてるのかな。

 それにしたって、その態度は……。

 こんな、ぎこちない態度の隆一さんを相手にしていてもしょうがないので、私は、家の中に入らせてもらう。


「家に上がらせてもらうね」

「………」


 それに対しても隆一さんは返事をせず、スマホばかりいじっていた。

 こんなことなら、隆一さんとじゃなくて、楓とデートに行ったほうがマシだったかな。

 そう思ったが、今日は隆一さんにとって特別な日。

 ここは、グッと我慢しなくちゃ。


 家の中に入ると、楓がいつもどおり台所で皿洗いなどをやっていた。

 今日も頑張ってるな。


「おはよう、楓」


 そう挨拶すると、楓は笑顔で返してきた。


「おはよう、香奈姉ちゃん」


 やっぱり、どう考えても隆一さんよりも楓の方がいい。

 そんな本心を隠しつつ、私は楓の側に行く。


「まだデートの時間には早いし。何か手伝おうか?」

「大丈夫だよ。すぐ終わるから」


 楓は、笑顔でそう言って洗い物を終わらせていく。

 さすがは楓だ。

 そういうことに関しては手際がいい。

 洗い物を終えた楓は、改めて私を見ると笑顔で聞いてきた。


「今日は、その服装でデートに行くの?」

「うん。どうかな?」


 私は、モデルさんのような立ち振る舞いで今着ている服を楓に見せる。

 楓は、若干頬を赤くして答えた。


「よく似合っているよ」

「ありがとう」


 私は、素直に礼を言う。

 楓とのデートの時でさえ着なかった服だから少し緊張したけど、問題はなかったみたいだ。

 私は、ふと時計を見やる。

 隆一さんとの約束の時間まで、後三十分かぁ。

 特別な日っていうことだから付き合ってあげることにしたけど、隆一さんはどこに連れていってくれるんだろうか。

 う~ん……。気になるなぁ。

 そうしてソファーに腰掛けてリラックスしていると、玄関の方から隆一さんがやってきて、私に声をかけてきた。


「香奈。ちょっといいか?」

「どうしたの? 隆一さん」

「今日のデートのことなんだが……」

「うん。どうしたの?」

「実は、祐司のやつがな。妹を連れてくるって聞かなくてよ」

「妹って、明美のこと?」


 隆一さんが言う祐司の『妹』というのは、小鳥遊明美のことだ。

 彼女はバンドメンバーではないが、私のクラスメイトで友達である。


「そうそう。そういえば祐司の妹って、香奈と同じ女子校に通ってるんだったな」

「そうだよ。明美は私と同じクラスで友達だから、別に連れてきても問題ないかと思うけど」

「そうか。別に問題ないか……」


 隆一さんは、なにかが納得いかないのか『う~ん……』と唸り声を上げた。


「何かあったの?」


 私は、悩んでいる隆一さんを見て、思案げに首を傾げる。

 隆一さんは、私の顔を見て言う。


「何もない。香奈は、余計な心配しなくていいんだ」

「それが余計に──」


 と言いかけて、私は口を閉ざす。

 デート前に余計な揉め事はしたくない。

 本音を言わせれば、とても気になるところだけど、それを隆一さんに言うのは、喧嘩の原因になるから。

 これだから、付き合うとしたら楓の方がいいんだよなぁ。

 楓だったら、きちんと話し合うし。


「お。そろそろ時間か。行くぞ、香奈」

「う、うん」


 気がつけば、もう約束の時間だった。

 私は、小さな肩掛けバッグを下げ、隆一さんについていく。


「二人とも、気をつけてね」


 家を後にする私たちに、楓は声をかけてくる。


「うん。行ってくるね」


 こんな時の楓の心遣いは、正直嬉しい。

 私は、笑顔でそう言って楓の家を後にした。

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