第二十三話・13

「ねぇねぇ。どこに行こっか? よかったら、喫茶店にでも行く?」


 美沙先輩は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべて訊いてくる。

 白とピンクを基調としたオシャレなチュニックに黒のミニスカートという服装だ。足には、白の靴下に運動用の靴である。

 おでかけ用というよりも、その服装はあきらかにデート用だろう。

 美沙先輩も、普通に見たら結構可愛い。

 あわよくば声をかけようとしてる男の人は多いんじゃないかな。

 その証拠に、今も遠巻きにこちらを見ている男の人たちの姿がある。とても視線が痛い……。

 当の本人は、あまり気にしてないのか無邪気にも僕の腕に抱きついてくる。


「う~ん……。そうだなぁ」


 僕は、そういった男の人たちの方は見ないでそう言っていた。

 そうは言ったが、特に行く場所が決まったわけではない。

 それに、行く場所は美沙先輩が決めるのでは?

 僕が困惑気味な表情を浮かべていると、美沙先輩はグイッと僕の腕を引っ張る。


「冗談だよ。さぁ、はやく行こう」

「うん」


 一体どこへ?

 そんな言葉は、喉の奥に消えていった。

 やっぱり美沙先輩が決めるんじゃないか。

 ──まったく。そういう冗談はやめてほしいな。

 でも、そんな性格だから救われている面があるのはたしかだ。

 今も、ちょっと安心した僕である。


 美沙先輩につれてこられたのは、音楽関連の品物が置いてある専門のCDショップだった。

 香奈姉ちゃんたちともよく来るお店で、僕も過去にベースの弦やピックなどを買わせてもらっている。

 僕の兄なんかもよく、お世話になっているところだ。


「いらっしゃい。今日は、美沙ちゃんと楓君だけかい?」


 メガネをかけた壮年の男性がフレンドリーに声をかけてくる。

 このお店の店長さんだ。

 すでに顔馴染みなのはしょうがない。

 だからこそ、みんな愛称を込めて店長さんのことを『マスター』と呼んでいる。


「あ、マスター。いつものやつだけど……。あるかな?」


 美沙先輩は、マスターにそう言っていた。

 美沙先輩の言った『いつものやつ』というのは、きっとアレのことだろう。

 マスターも、それは把握している。


「ああ、あるよ。ちょっと待っててくれな」


 マスターは、そう言って店の奥に入っていく。

 そして、しばらくしないうちに戻ってきた。

 その手には箱のようなものを持ってきて──


「お待たせ。ほら、コレの事だろ? 値段は──」

「うん。わかってる。はい、これ──」


 美沙先輩は、そう言ってマスターにお金を払う。


「使い方は…説明しなくてもわかるか……」

「もちろん! ありがとう、マスター」


 屈託のない笑顔を見せる美沙先輩。

 そんな笑顔が可愛いと思えるのは、僕だけだろうか。

 普通にしてたら、男性たちにモテると思うんだけどなぁ。

 本人に興味がないのか、美沙先輩は彼氏をつくるつもりはないらしい。

 ドラム担当だから、しょうがないみたいだ。

 ライブ中もスカートでガニ股、だもんな。

 一応、スパッツは穿いているから、本人は気にならないのかもしれないが。

 ガサツな印象を持たれがちだもんね。

 美沙先輩は、いたって普通の女の子なのに……。


「ひょっとして気になったりする?」


 美沙先輩は、笑顔で僕を見てくる。

 別に気になったりは…するかもしれない。


「う、うん。何を買ったのかなって──」

「なんのことはない、ただのギターの弦だよ。あいつにプレゼントしようと思ってね」

「そっか。てっきり自分で使うのかと──」

「私はギターなんて弾けないし……。それなら、あいつに使ってもらった方がいいかなって」

「そうなんだ」


 美沙先輩の言う『あいつ』というのは誰のことなのかは、敢えて聞かないでおこう。

 たぶん男友達だろうとは思うけど……。


「楓君は? 買い物とかはないの?」

「僕は特に……。弦が壊れたとかは、今のところないし」

「そっか。それなら、行こっか?」

「うん」


 僕を誘う必要があったんだろうか。

 しかもお弁当持参で、僕を呼ぶ意味なんて──


「お昼まで、まだちょっと時間があるわね。それなら、せっかくだからゲーセンに行ってみよう」


 CDショップから出て、しばらく歩いた後で美沙先輩はそう言った。

 行き先については、美沙先輩に任せるしかない。

 たぶん僕でもゲームセンターに決めていただろうと思うから。


 なんだろう。

 香奈姉ちゃんの気配がする。

 気のせいかな。でも……。

 僕は、違和感を感じて周囲に視線を馳せる。


「どうしたの?」


 美沙先輩は、心配そうな表情で僕を見ていた。

 変な心配をさせるわけにはいかない。

 僕は、微笑を浮かべて言う。


「なんでもないよ。…ちょっとね。前に香奈姉ちゃんと一緒に来た場所だからなんとなく──」

「そっか。なんとなく、香奈ちゃんがいるんじゃないかと思ったわけか。ふむふむ。なるほどね」


 美沙先輩は、何を思ったのか周囲を見渡してから、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「どうしたんですか? 美沙先輩」

「べっつに~。ただなんとなくね~」


 そう言って、体を密着させてくる。


「ちょっ……! 美沙先輩!」

「なに?」

「なんで体を密着させてくるんですか⁉︎」

「さぁ。なんでだろうね? 私にもわからないなぁ」


 惚けようとしたって……。

 美沙先輩の胸が体に当たってるよ。

 彼女の胸もけっして小さくはない。

 香奈姉ちゃんほど大きいというわけではないが、それでも充分に──

 というか、そういう問題ではなくて。

 なんで美沙先輩が、僕に密着してるんだって話なんだけど……。


「わからないって……」

「女の子はね。いきなりそういうことがしたいって思う時があるんだよ。男の子にはないのかな?」


 そんなこと聞かれても……。

 そりゃ、まったくしたい気持ちがないかって聞かれたら、あるのかもしれないけれど……。

 もしかして、誰かに見せびらかしているのかな。

 美沙先輩が、本心からそんなことをしているわけじゃないのは、態度でわかってしまうし。


「本命の彼女なら、したいっていう気持ちにはなるけど。それ以外の女の子にはさすがに……」

「そっかぁ。私は、それ以外の女の子になっちゃうのか~。残念だなぁ」


 美沙先輩は、そう言って僕の腕にギュッとしがみついてくる。

 まるで誰かに見せつけているかのようだ。


「何してるの?」

「何って、楓君の腕にしがみついてるんだけど。もしかして、やっちゃダメだった?」

「ダメなことはないけど……」

「なら、いいじゃん! どうせ香奈ちゃんも見てないことだし──」

「もしかして、わざとやってるんじゃ……」

「ん~? 何のことかな?」


 そう言って惚けてみせるあたり、ホントにわざとやってるんじゃないのかな。

 もしかして、香奈姉ちゃんがどこかにいるとか?

 僕は、美沙先輩に気づかれないように周囲を見やる。

 そんな事をしても、都合良く香奈姉ちゃんがいるわけがない。


「ねぇ、楓君。とりあえず、プリクラコーナーに行こうよ。今だったら、きっと良いものが撮れそうだし」

「う、うん」


 さすがに断るわけにはいかないだろう。

 僕にとっては、美沙先輩と一緒に歩くのは、新鮮な気持ちになるから好きなんだけど。

 これは恋愛の感情というよりか、友情の感情に近いものだ。

 僕は、美沙先輩に引っ張られるようにしてプリクラコーナーまで向かっていく。

 テンションが高いのか、美沙先輩は駆け足で向かう。

 駆け足で向かうその瞬間、ミニスカートの中の下着がチラ見えしていた。

 そう。下着だったのだ。

 間違いなく。

 今回はスパッツではなく、ショーツである。ピンク色の可愛いショーツ……。

 意図的にではないと思いたいけど、美沙先輩がスパッツではなくショーツの方を覗かせるのはめずらしいかもしれない。

 偶然、今日だけはスパッツを穿いてないのかも──


「どうしたの、楓君? 私の顔に何かついてる?」

「え、いや……。な、なんでもないよ。ただ、ちょっとね」

「何かあったの?」

「大したことは何も……。ちょっとだけ見えちゃったっていうか……」

「そっか」


 美沙先輩は、そうとだけ答えて、特に聞いてこなかった。

 もしかしたら、気づいているのかもしれない。

 見えてしまったことに……。

 その証拠に、美沙先輩はとても恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

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