第十六話・4

 買い物に出かけたにしては、ずいぶんと長すぎる。

 そう思った私は、ポケットからスマホを取り出して楓にメールを送ってみる。


『ずいぶんと時間かかってるみたいだけど……。何してるの?』


 しばらく待ってみるが、返信はない。

 ──なんだろう。

 返信がないのが、逆に気になる。

 今までなら、ものの数分もしないうちに返信が来るんだけど……。

 別に楓と何かを約束したわけではない。

 なんとなく気になってしまうのだ。

 もしかして他の女の子にナンパされて、そのままデートしてるとか。

 あんまり考えたくはないけど、楓ならあり得るかも。


「返信がないっていうのも、なんか寂しいな……。何か一言くらいあってもいいんじゃないの⁉︎ もう!」


 私は、一人ブツクサとそう言っていた。

 楓がいないっていうだけで、こんなにイライラするなんて……。

 こんなことなら、私も一緒に行けばよかったかな。

 そんな風に考えていた時、誰かが部屋のドアをノックしてきた。

 こんな時に私の部屋にやってくる人物は、一人しかいない。花音だ。


「はーい。鍵なら開いてるよ」


 私の一言に反応したのか、花音はゆっくりと部屋のドアを開けて、そのまま入ってくる。


「お姉ちゃん。今、いいかな?」

「どうしたの、花音?」


 私は、思案げに首を傾げてそう聞き返す。

 そんな不安そうな表情を浮かべていたら、何があったのか気になるじゃない。


「あのね。バンドのことで相談があるんだけど……」

「バンドのこと? 一体、どうしたの?」


 花音がバンドのことを聞いてくるのは、とてもめずらしい。

 何かあったんだろうか。


「いや、その……。どうやったら、メンバーを集めることができるのかなって……。お姉ちゃんなら、何かいい方法を知っているかなって思ってさ」

「花音もバンドやるの?」

「うん。そのつもりなんだけど……」

「そっか。それでメンバーを集める方法を……てわけかぁ」


 バンドのメンバー集めかぁ。

 私には、気の許せる親友がいたから、メンバー集めに関しては、そんなに苦労はしなかったが。


「すぐに集まらなくてもいいんだけどね。なんとなくアドバイス的なものが欲しいっていうか……」

「アドバイスかぁ」


 私のアドバイスなんか聞いても、なんともならないかと思うんだけど……。

 それでも花音のためになるのなら、別に構わないか。

 花音は、目をキラキラさせて顔を近づかせてくる。


「うん。アドバイス! 何かないかな?」

「う~ん……。それなら、まず花音の友達とかに相談してみるのが一番いいと思うけど……」

「私の、友達……」

「うん。友達なら、気軽に声をかけてみるのもいいかもだよ。私の時も、まず最初に友達から誘ってみたんだよね」


 私の時はそうだったけど、花音の時はどうだろうか。

 きっとバンドを組んでる人たちって、そんな感じだろうと思うし。


「なるほど……。それで、うまくいったというわけか……」


 花音は、真剣な表情になる。

 花音の友達がバンドに興味あるかどうかは別として、花音の熱意がきちんと伝わればやってくれると思う。


「とりあえず、今できることをやってみるといいよ」

「わかった。やってみるね。──ありがとう、お姉ちゃん」


 花音は、そう言って私の部屋を後にした。

 それからしばらく経った後で、楓からメールが来たのは、花音には黙っていよう。


 楓が買い物から帰ってくる時には、私は楓の家のキッチンで料理をしていた。

 さっそく玄関先の方から、楓の声が聞こえてくる。


「ただいま~」

「おかえり、楓。買い物にしてはずいぶんと時間がかかったみたいね」

「そ、そうかな? 普通だと思うんだけど……」

「そっか。普通なんだ」


 楓の取り乱した様子を見ていて、ちょっと苛立ちを感じてしまう。

 昔から楓は、ちょっとした事でも我慢してしまう癖がついている。だから、ちょっと苦しいことがあっても、あまり感情には出さないのだ。

 だから『取り乱した様子』と言っても、普通の人が見てもわからないと思う。

 だけど、私の場合はすぐにわかる。

 なぜなら、楓は私の恋人なのだから。

 家族ぐるみで付き合いのある家だと、こういうことはもはや当たり前の光景だ。

 逆に楓が、私の家のキッチンで料理をしている場合もあるのだから。

 やはりというべきか、今回も楓のお母さんから頼まれて料理を作っている。


「どうしたの、香奈姉ちゃん? なんだか不機嫌そうだけど……」

「そんなことないわよ。ただ、楓からの返信のメール。ずいぶんと時間がかかったなって思ってね」

「それは、その……。色々とあったものだから……」


 楓は、言葉を詰まらせてしまう。

 あ……。その返答は、確実に何かあったな。

 楓の顔を見たわけじゃないけど、きっと私から視線を逸らしているんだろう。

 私の方も料理中なものだから、そっちに視線を向けるわけにはいかないし。

 誰かと一緒にいたんだろうけど、楓のことだから、きっと答えてはくれないんだろうな。

 私としては、楓と一緒に行動していた『誰かさん』は、きっと女の子だと思う。

 なぜそれがわかるかというと。ズバリ、女の感だ。


「色々と…ねぇ。それって、私には説明しにくい事なの?」

「そんなことは…ないけど……。ちょっと……」


 楓は、何か言いづらそうな微妙な表情を浮かべている。

 そんな顔をする時点で、言いにくい事があるっていう証拠じゃないの。

 だからといって、それをツッコむ気にはならないんだけどね。


「まぁ、どっちでもいい事だけど、誤解を招く行動はやめてね。さすがの私も、楓以外の男の子とデートに行くことはないんだから──」

「う、うん。…気をつけるね」


 その時の楓の言葉が、なぜか図星を突かれたかのような感じがしたのだが。気のせいだろうか。

 そんな焦り気味に言われたら、余計に気になっちゃうよ。

 私は、今日の夕飯を作りながら、そんな風に考えていた。

 ちなみに今日の夕飯は、オムライスだ。

 卵がたくさんあったから、腕によりをかけて作ってみたのだが──。楓やみんなの口に合うだろうか。

 私の不安は、その辺りだけだ。

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