第十四話・15
女子校の生徒会長である宮繁彩奈は、よく言えば生真面目。悪く言えば真面目すぎて融通が利かない。
そんな彼女にも男子校に幼馴染がいるんだけど、これが壊滅的に仲が悪い。
その幼馴染の名前は、たしか中野英司だったかな。
たしか彼も、男子校で生徒会長を務めていると楓から聞いたような気がする。
男子校の情報は、女子校の方にはなかなか入ってこない。
外部に漏らさないようにしているってわけでもないが、私や他の女子たちが知りたい情報の中に、そのことは含まれていないからだ。
その証拠に、楓もそのことは一言も話さないし。
なぜこんな話をしているのかというと、男子校の校門前に例の二人がいるからだ。
「何で彩奈がここに来てるんだよ? 用なんてないはずだろ」
「そんなこと英司には関係ないでしょ! 私は、ある男子生徒に用件があって、わざわざここに来てるんだから」
「ある男子生徒? 一体、誰のことだ?」
「そんなの、誰だっていいでしょ」
二人は、なにやら痴話喧嘩みたいなやりとりで話していた。
一体、何があったんだろうか。
放課後でのやりとりだから、周囲にいる男子生徒たちの注目の的になっている。
宮繁先輩は、眼鏡をかけているけど美少女で、中野英司先輩はイケメンだ。
普通に仲良しの部類に映るんだけど、本人たちは認めないだろう。
この状態で目立つようなことは、絶対にできない。
二人の視線には、入らないようにしなきゃ。
しかし、向こうがこちらに気づいたようだ。
宮繁先輩は、私の方に視線を向けると、真っ直ぐにこちらに近づいてきた。
「ようやくやってきたわね、西田さん」
その言葉に、周囲の人たちの視線が一斉にこちらに向けられる。
うぅ……。目立ちたくないのに……。
「宮繁先輩じゃないですか。…こんなところにいるのは、めずらしいですね。何かあったんですか?」
私は、苦々しい笑みを浮かべてそう訊いていた。
すると宮繁先輩は、かけている眼鏡をクイっと押し上げて私に言ってくる。
「何かって、西田さん自身が一番よくわかってることじゃない」
「私が? …なんだろう? よくわからないな」
「それじゃ、何で男子校なんかに来たのかしら」
「それは……。楓のことが心配で……」
私は、つい本音を吐露してしまう。
楓のことを待とうと思って、いつもどおりに校門前にいようとしただけなんだけど。
宮繁先輩は、そんな私を見て軽くため息を吐く。
「やっぱり、特定の男の子のことを待つんじゃないのよ」
「まぁ、幼馴染ですから。一緒に帰っても、怒られるようなことじゃないかと思います」
「それがダメなのよ! 西田さんは、次期生徒会長になるんだから、男子校の生徒なんかと一緒に帰ったら女子校の方針にキズがつくじゃない!」
「それは、私には関係のないことですよね」
「え……」
「私は、女子校の生徒会長になるつもりはありません。だから、これからも変わらず楓と一緒に帰ります」
「それは……。西田さんには、考え直してもらわないと…ね」
宮繁先輩は、まだ私のことを諦めきれないのか取り繕うような表情でそう言った。
傍らにいた中野英司は、そんな宮繁先輩を見ていられないと思ったんだろう。口を開いた。
「西田さんは、いつも周防君のことを一途に待ってるからな。誰かに、何を言われたって聞くような人じゃないよな」
「うるさいわね。そんなのわからないじゃない!」
「わからないことはないだろ。現に西田さんは、誰かの誘いになんか絶対に乗らないんだぞ。俺や彩奈とは違うって……」
「それは……」
宮繁先輩は、何かを言いかけてやめる。
心当たりがあるんだろう。
私が何かを言おうと口を開く直前で楓がやってきた。
タイミング的には、かなり悪いと言った方がいいだろう。
「おまたせ、香奈姉ちゃん。一緒に帰ろう」
「え、うん。そうね」
私は、咄嗟に楓の手を取った。
宮繁先輩は、そんな私たちを見て呆然となる。
文化祭の日に楓のことを見てるんだから、そこまで驚きはしないだろう。
「それじゃ、私たちはお先に失礼しますね」
私は、そう言って男子校を後にしようと歩き出す。
しかし宮繁先輩はすぐにハッとなり、私を阻もうと目の前に立った。
「ちょっと待ちなさい」
「何ですか、宮繁先輩?」
私は、楓を庇うような形で宮繁先輩に向き合う。
「いえ……。西田さんじゃなくて、その男子生徒に用があるの。…ちょっといいかしら?」
「え、僕に? 一体何の──」
「ダメだよ、楓。宮繁先輩は、きっと無理なことを言ってくるんだから」
「だけど……。とりあえず、話を聞いてみないとわからないじゃないか。聞いてみるだけでもいいんじゃない?」
「楓がそう言うのなら……。別にいいけど……」
楓にそう言われてしまうと、強く拒否できない自分がいる。
宮繁先輩は、うんうんと頷いていた。
「よくわかってるじゃないの。さすが西田さんの幼馴染ね」
「それで。僕に何の用件なんですか?」
楓は、緊張した様子で宮繁先輩を見る。
宮繁先輩は、フフンと笑みを浮かべて言った。
「用件っていうほどのことじゃないんだけどね。単刀直入に言うわ。あなた、西田さんと──」
「ちょっと待って。私を次の生徒会長にしたいからって『楓と別れなさい』とか言っても、無理だからね」
宮繁先輩が言いきる前に、私は念を押すように言う。
間違っても、宮繁先輩の言葉を遮るつもりで言ったのではない。
宮繁先輩は、図星でも突かれたかのように、言葉を詰まらせる。
「それは……」
「楓にそんなこと言うつもりなら、私は二度と生徒会の手伝いはしないからね」
「うぐっ」
私は一応、宮繁先輩の頼みで生徒会の仕事を手伝っている。
生徒会長になったら恋愛禁止になるっていうルールがあるのなら、私は生徒会には関わらない。
ただでさえ、生徒会長になるつもりもないのに。
そんなにショックを受けることなんだろうか。
楓は、初めは宮繁先輩を心配そうに見ていたが、なんとなく事情を察したのか、彼女にはっきりと言った。
「香奈姉ちゃんと別れてって言われても無理です。ごめんなさい」
「………」
楓にそう言われてしまった宮繁先輩は、何も言い返すことができなくなってしまう。
彼女的には、私を次の生徒会長にしたいんだろうけど、私的な事情でも無理な話だ。
私には恋愛のこと以外にも、バンドのことがある。
生徒会長になると当然、バンド活動は禁止である。
「この際だから言わせてもらうけど、私自身もやってることがあるから、生徒会長は無理です。ごめんなさい」
「そんな……。次の生徒会長は、西田さんしかいないのに……」
宮繁先輩は、今にも泣きそうな顔になり、そう言った。
そんなこと言われても……。
無理なものは無理としか言えないし。
「本当にごめんなさい。生徒会長の候補は、私以外の女子を選んであげてください。たしか何人かいたはずですよね?」
私は、深々と頭を下げる。
実際、生徒会長の候補者は三、四人はいる。だから、無理に私を次の生徒会長にしなくても何も問題ないと思うのだ。
「それは……。そうだけど……」
宮繁先輩は、言いにくさそうにそっぽを向く。
中野英司は、呆れが入ったような表情で宮繁先輩の方を見て、言った。
「候補者が他にいるんなら、別に西田さんに頼まなくてもいいだろう。彩奈は小さい頃から──」
「何よ?」
宮繁先輩は、ギロッと中野英司を睨む。
「いや……。何でもない」
宮繁先輩の剣幕に押されてしまったのだろう。
中野英司は、彼女から視線を逸らす。
「とにかく! これは、西田さんの傍にいる男子生徒との話し合いなのよ。だから英司は口を挟まないでちょうだい!」
「いや……。口を挟むなっていうか、話はもう終わっただろう。西田さんは生徒会長にはならないし、周防君も西田さんと別れるつもりはないってことで話は終わってる。これ以上は、時間の無駄だと思うが……」
「いいえ。話はまだ終わってないわ! そこの男子生徒が『西田さんとは別れる』って言うまで、私は引かないわよ!」
「それって、ほとんど強引に話を進めようとしてるよな。話し合いになんか、なってないじゃないか」
「何か言ったしら?」
「いえ……。なんでもないです……」
男子校の生徒会長も、宮繁先輩には弱いのか。
完全に萎縮してしまっている。
この二人の間に、何があったんだろう。
とはいえ、私の意思は変わらない。
「宮繁先輩。私は、楓と別れるつもりはないですよ。恋人同士としてのキスも済ませましたし、セックスだって……」
「ああ! 聞きたくない! 聞きたくない!」
宮繁先輩は、そう言って両手で耳を塞ぐ行為をする。
まるで駄々をこねた子供みたいだ。
これじゃ、まともには聞きそうにない。
それを見ていた楓は、何を思ったのか突然私の制服の裾を指で掴んで言ってきた。
「もう帰ろう」
「え……。でも……」
「あの人は、僕の話だってまともには聞かないよ。ただ自分の話を通したいだけみたいだし」
「そうなのかなぁ……」
私は、宮繁先輩を見る。
たしかに今の宮繁先輩は、人の話をまともに聞くっていうことをしないかもしれない。
楓は、微笑を浮かべて私に言う。
「とりあえず。今日は、一緒に帰ろう」
「う、うん」
私が頷くと、楓は私の手を引っ張って駆け出した。
「あ……。ちょっと⁉︎ 話はまだ終わって──」
宮繁先輩は、思わず手を伸ばす。
だけど、追いかける判断はなかったようだ。
走って追いかけてくる気配はない。
また楓に何か言われてしまうかな。
「あの……。楓」
私は、恐る恐る声をかける。
これじゃ、どっちが年上かわからないよね。
私が不安になってどうするんだ。
本来なら、私が楓のことを守らないといけないのに。
すると楓は、何か思うところがあったのか言い出した。
「あの人はさ、香奈姉ちゃんに何かを期待しているみたいだけど、最後に決断するのは香奈姉ちゃんだから。そこまで気にする必要はないと思うよ」
その言葉に、私は妙に納得してしまう。
「うん……。そうだね」
私は、微笑を浮かべてそう言っていた。
こんな時、楓がずいぶんと逞しく感じてしまうのは気のせいだろうか。
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