第八話・2

 そして、むかえた三連休。

 今日は、香奈姉ちゃんと約束した日だ。

 今日は兄が家にいたんだけど、朝ごはんを食べると早々に家を後にした。

 たぶん今日もバンド練習だろう。

 僕も、負けてはいられないな。

 約束の時間になるまでは、ベースでも弾いて練習していよう。


 練習してしばらく経った頃、僕はふと時計の時間を確認する。

 時間は、朝の十時だ。

 そろそろ香奈姉ちゃんの家に行く準備でもしようかな。


「…さて。まず持っていかないといけないのはベースかな」


 僕は、さっきまで弾いてたベースをケースの中に仕舞う。

 これは、いかなる時にも僕を守ってくれる御守りみたいなものだ。

 今回のパジャマパーティーでのトラブルからも、きっと守ってくれるだろうと思う。

 次に必要なのは、筆記用具に教材だ。

 これに関しても、別に持っていく必要はないんだけど、香奈姉ちゃんたちに襲われないようにするには、これを盾にするしかないだろうなと思ってのものである。

 あくまでも香奈姉ちゃんたちからの防衛用であって、本格的に勉強をするためのものじゃない。

 香奈姉ちゃんって意外と強引なところがあるから、油断はできないのだ。

 せっかく女の子同士で集まるんだから、女の子同士、仲良くすればいいのに。

 そんなに、僕抜きでパジャマパーティーをするのは嫌なんだろうか。


 そして時間は、午後の一時。

 お昼ご飯を食べて、しばらく経った後──

 そろそろ行ってもいいかなと思って、僕は自分の荷物を背負って家を後にする。

 とはいえ、香奈姉ちゃんの家は目と鼻の先くらいの距離だ。普通に歩いて行っても、数分とかからない。

 香奈姉ちゃんの家に着くと、玄関の門戸の前で三人の女の子がリュックを背負って立っていた。


「あ、楓君。来てくれたんだね」


 僕がやってきたのを最初に気づいた奈緒さんは、こちらを見て微笑を浮かべる。


「どうしたんですか? 三人とも。今日はお泊まり会ですよね?」


 僕は、三人がなぜここにいるのかわかっていながらもそう聞いていた。


「そうだよ。だからここにいるんだよ」


 美沙さんは、当然のようにそう答える。

 ここにいるのはわかるけど、何でこんな場所で待つ必要があるんだろうか。

 普通なら、香奈姉ちゃんの家の中で集まるもんじゃないのかな。

 それに、香奈姉ちゃんはどこにいるんだろう?

 僕は、キョロキョロと周囲を見て、三人に聞いていた。


「それで、香奈姉ちゃんは?」

「香奈ちゃんは今、自分の部屋の掃除中みたいなんだ」


 と、理恵さんが答える。


「そうなの?」

「うん。とてもお客様をお呼びできるような状態じゃないからって……」

「なるほど」


 僕は、そう言って相槌を打つ。

 みんなはどうか知らないけれど、僕は香奈姉ちゃんの部屋に入ったことはないからな。

 きっと僕が来るって話で、急に掃除を始めたんだろう。

 そうしてしばらく待っていると、香奈姉ちゃんが出てきた。


「みんなお待たせ。どうぞ上がって──」

「お邪魔します」


 三人は、そう言って家の中に入っていく。

 僕も入ろうとすると、香奈姉ちゃんに腕を掴まれた。


「ちょっと待って。それは何かな?」

「え? ベースだけど」


 僕は、香奈姉ちゃんにもわかるようにベースを見せる。

 香奈姉ちゃんは、思案げな表情を浮かべ聞いてきた。


「どうして持ってきてるの?」

「みんなが集まってるんなら必要かなって思って」

「今回は普通のお泊まり会だから、ベースは必要ないよ」

「そうなの?」

「うん」


 なるほど。

 だから、香奈姉ちゃんの服装がいつもよりオシャレなわけだ。

 香奈姉ちゃんって、基本的に可愛い服装を好むから、下もそれに合わせたスカート系が多いんだよな。

 今回も、ミニスカートだし。

 バンドの打ち合わせなら、ロングのスカートを履いているはずだ。

 それにしても、香奈姉ちゃんのミニスカート姿って、目のやり場に困るんだよな。

 僕を誘惑しているみたいだし。


「それじゃ、ベースは置いてきた方がいいかな」

「持ってきてしまったんなら、しょうがないかな。まぁ、中に入って」

「でも……」

「あの時にも言ったけど、楓がいなきゃ、今回のお泊まり会は意味がないんだからね」


 僕がいないと意味がないって言うけど、今回のパジャマパーティーで何をするつもりなんだろう?


「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな。僕がいないとダメな理由をさ──」

「それは、中に入ってからのお楽しみってことで」

「やっぱり、答えてはくれないんだね」

「それを答えたら、楓は絶対に嫌がると思うし……」


 香奈姉ちゃんは、なぜかもじもじとしだす。

 僕が嫌がることって……。一体、何をするつもりなんだ?


「僕が嫌がることって、どんなことなの?」

「それは、ここではなんとも言えないな……。とりあえず、家に入ってよ。話はそれからってことで」


 香奈姉ちゃんは、掴んでいた腕をグイグイ引っ張る。

 こうなってしまうと、仕方ないか。

 色々と疑問に思うことはあるけど、香奈姉ちゃんは何も言ってくれなさそうだし。


「わかったよ。それじゃ、理由は香奈姉ちゃんの部屋に行ってから聞くとしようかな」


 僕は、そう言って香奈姉ちゃんに引っ張られるまま家の中へと入っていく。


「うん、それが一番いいと思うよ。中に入ったら、すぐにわかることだからね」


 香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言った。


 香奈姉ちゃんの家の中に入るのは、何年ぶりだろうか。

 家族ぐるみの付き合いはあっても、香奈姉ちゃんの家に入るということはなかったから、こうして香奈姉ちゃんの家に来るのは緊張してしまうものである。

 そもそも、僕自身が香奈姉ちゃんの家に行っても特に用事がないのが、具体的な理由なんだけど。

 香奈姉ちゃんの家の中は、結構おしゃれだった。

 置いてある家具やインテリアも女の子がいる家って感じで、気が遣われている。


「ここが香奈の家か。…結構おしゃれだね」

「私、楽しみにしてたんだよね。香奈ちゃんの家に来ることってなかなかないから」

「実は、わたしも今回のパジャマパーティーは楽しみにしてたのよね。バンドの大事な話の時でさえも、香奈ちゃんの家で集まるってことはなかったからね」


 奈緒さんたち三人は、香奈姉ちゃんの家に入ったのは初めてだったのか、そう言った。

 香奈姉ちゃんって自分の部屋にいるよりも、僕の家にいることの方が多いからな。

 あまり自分の家に人を呼ぶっていうこと自体、ないのかもしれない。


「それじゃ、今まで香奈姉ちゃんの家に行ったことはなかったってことですか?」

「うん。大抵の場合、学校内で済ませることの方が多かったから、遊びにいくこともなかったんだよね」

「…なるほどね」


 僕がバンドのメンバーに加入する以前は、学校内で話し合っていたのか。

 まぁ、バンドの打ち合わせの時も、香奈姉ちゃんの家じゃなくて、僕の家で話し合っていたからなぁ。

 僕自身も、香奈姉ちゃんの家には特に用事はないし。

 それなら、今回のパジャマパーティーは、美沙さんたちにとって貴重な時間になるだろうな。


「何よ、もう! それじゃ、まるで私が家に招き入れることを拒否しているみたいじゃない」


 香奈姉ちゃんは、拗ねた様子でそう言った。

 …いやいや。そこで拗ねられてもな。

 僕は、微笑を浮かべて言う。


「半分は当たりなんじゃない? 香奈姉ちゃんって、あまり自分の家に招き入れるってことはしないしさ」

「それは……。私の部屋を見せるのは恥ずかしいっていうか、その……」

「今さら家に招いておいて、それはないんじゃないかな」

「そうそう。今さら、後悔したってダメだよ」

「だけどさ……」


 奈緒さんと理恵さんにそう言われて、香奈姉ちゃんはなぜか僕の方を見る。

 さっき家の中に入ったらすぐにわかると言っていたくせに、部屋を見せるのは恥ずかしいって言うなんて。

 もしかして、僕に部屋を見られるのが嫌なのかな?


「まぁ、気持ちはわからなくもないかな。私も、友達を自分の部屋に招くのは、恥ずかしいからね」


 と、美沙さん。


「あたしも、あんまり友達を招いたことはないかな」


 奈緒さんも、そう言う。

 女の子の部屋に誰かを招き入れる時っていうのは、人によってはかなり恥ずかしいんだろうか。

 僕の部屋なんかには、かなり土足に近い形で入るくせに……。

 やはり女の子の部屋には、独特の何かがあるんだろう。

 僕には、よくわからないけど。


「僕の部屋には、何の躊躇いもなく入るのにね」

「楓の部屋は話が別だよ」

「話が別って……。僕にだって、プライベートってものがあって──」

「プライベート…ねえ。楓の部屋には、私に見られたら困るものでもあるのかな?」


 香奈姉ちゃんは、笑顔でそう聞いてくる。

 表面上は笑顔を浮かべているけど、目は笑ってはいない。

 さては、この間、何か見たんだな。

 僕の部屋で……。

 だからといって、そんな香奈姉ちゃんを刺激することはかえってよくない。

 だから僕は、こう答える。


「いや……。特にはないかと思うけど……」


 そもそもの話、僕には心当たりがないし。


「それじゃ、この間ベッドの下から出てきたアレは何かな?」

「え? アレって?」

「アレっていうのは、エッチな──」

「香奈ちゃん、ストップ! …これ以上は、私は聞かないよ」

「あたしも、何も聞かなかったことにするよ。楓君のプライベートなことになるからね」


 奈緒さんと美沙さんは、香奈姉ちゃんの言葉を遮るようにそう言った。


「二人ともどうしたのよ?」

「あたしは、楓君のプライベートなことに関しては聞かないよ。…それが、楓君にパンツを手渡したあたしのケジメだから」

「私も同じかな」

「奈緒ちゃん。美沙ちゃん……」


 やっぱり人のプライベートに首を突っ込むのは、よくないことなんだな。

 それに、パンツって……。


「…わかったよ。二人がそう言うのなら、私も言わないことにするよ」


 香奈姉ちゃんは、落ち込んだ様子でそう言った。

 何もそこまで気を落とさなくても……。

 香奈姉ちゃんとは多少のスキンシップをした仲だし、別に落ち込む必要もないと思うんだけどな。


「わかったのなら、それでよろしい。はやく香奈ちゃんの部屋に行こうよ」


 美沙さんは、香奈姉ちゃんの肩を軽く叩く。


「私の部屋は二階だよ。…みんなついてきて」


 香奈姉ちゃんは、仕方ないというような態度でため息を吐くと、二階に続く階段に向かっていった。

 結局、階段をのぼるとき、僕はどうしても最後になるんだけどさ。

 香奈姉ちゃんったら、ミニスカートなもんだから、このアングルからだと、香奈姉ちゃんが穿いているパンツが丸見えになるんだよね。

 しかも、パンツの色は白。

 普通に見れば、これは眼福なんだろうけどさ。

 男がいるっていうことには、少しは意識してほしいなと思う、今日この頃である。

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