第八話・3

 部屋の中は、しっかりと片付いていた。

 ピンクを基調とした壁紙に、それに合わせるかのように机にベッドが置かれている。

 ベッドの側には、動物のぬいぐるみがいくつか置いてあった。

 普通に、可愛らしい女の子の部屋だ。

 しかも、掃除もやり終えているのか、埃一つない。

 これって、僕が来る意味があるんだろうか。

 香奈姉ちゃんの部屋に入って、最初に口を開いたのは美沙さんだった。


「初めて来るけど、香奈ちゃんらしい可愛い部屋だね」

「ありがとう。そう言われると、なんだか嬉しいな……」


 香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうにもじもじしてそう言った。

 あまり人を招いたことがない香奈姉ちゃんにとっては、そんな風に言われることにも慣れていないようだ。

 そういう僕も、香奈姉ちゃんの部屋に入ったのは、小学生の頃に数回あるかないかくらいだったからなぁ。

 高校生になってからは、今回が初めてかも。

 まぁ、女の子の部屋に訪れる機会なんて、そうそうないからな。

 よほどの理由がない限り、こうして部屋に入ることすらないだろうと思う。


「どうかな、楓。私の部屋は──」


 香奈姉ちゃんは、唐突にそう聞いてくる。

 そんな風に聞かれても、どう答えればいいのかわからず、僕は無難な返答をした。


「女の子らしい部屋だと思うよ」

「それだけ? 他に感想はないの?」

「う~ん……。香奈姉ちゃんの部屋には、小さい頃に数回入ったことがあるからなぁ……。その時とあんまり変わらない気もするし。特にはないかな」

「そう……。私の部屋をよ~く見てほしかったんだけど、そう言われたらしょうがないか」

「え? よく見てほしいって、何を?」

「見ればわかるよ」


 香奈姉ちゃんは、そう言って頬を赤く染める。

 その態度を察するに、何かがあるのかな?


「見ればわかる…か」


 僕は、思案げな表情を浮かべて周囲を見やる。

 見ればわかるって言うけどさ。別段、何かがあるとは思えないんだけど……。


「わからないかな?」

「ごめん、香奈姉ちゃん。僕には、わからないや……」

「わからないなら、いいよ。無理して探しても、たぶん見つけられないと思うし……」


 香奈姉ちゃんは、微苦笑してそう言った。

 それはまるで、僕に見つけてほしいって言ってるようなものじゃないか。

 部屋の中には、奈緒さんたちもいるから、そんな迂闊なことはできないし。


「楓君に見つけてほしいものって、何なの?」


 美沙さんは、思案げな表情で周囲を見やり聞いていた。

 すると香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに顔を赤面させて言う。


「それは……。見つけてからのお楽しみっていうのかな。はっきりとは言えないよ」

「それって、今も部屋の中にあるの?」


 と、理恵さん。

 理恵さんは、周囲を見やりながら、香奈姉ちゃんに聞いていた。

 香奈姉ちゃんは


「うん。あるよ」


 と、答える。

 香奈姉ちゃんの言葉に、理恵さんは「ふ~ん。なるほどねぇ」と言って、机の方を見た。

 そこに何かあるわけじゃないんだろうけど、それでも本能的にそこに目がいったんだろう。


「何かヒントになるものはないの?」


 美沙さんは、周りを見ながら香奈姉ちゃんに聞いてみる。

 しかし、香奈姉ちゃんからきた返事は


「悪いけど、みんなに教えるつもりはないよ。楓のためにならないしね」


 それだった。

 いやいや……。

 僕のためって……。

 香奈姉ちゃんは、自分の部屋に何を隠しているのかな。


「そんなぁ~。せっかく私たちも探そうかと思っていたのに……」


 美沙さんは、何故だか悔しそうな表情でそう言った。

 僕は、消化不良気味に香奈姉ちゃんに聞いてみる。


「僕のためって……。一体、何を隠しているのさ?」

「それは、はっきりとは言えないよ。しっかりと見てからのお楽しみだよ」

「そう言われると、すごく気になるんだけど……。いまいち、よくわからないなぁ」


 やっぱり答えてはくれないか。

 下手にタンスやクローゼットを開けようものなら、絶対に香奈姉ちゃんに怒られてしまうだろうし。

 女の子の部屋って、男の僕からしたら気を遣うなぁ。

 しかし香奈姉ちゃんは、驚くべき一言を言ってのけた。


「…だったら、タンスなりクローゼットなり開けて調べてみたらいいじゃない」

「ちょっと……! それは、さすがにまずいんじゃない」


 理恵さんは、完全に顔を赤面させて香奈姉ちゃんを止めに入る。

 香奈姉ちゃんは、ムッとした表情で僕を見て口を開く。


「…だって。そうでもしないと、楓にアレを見つけてもらうのは不可能な気がしてさ──」

「だからって、自分の部屋のタンスとかを楓君にガサ入れしてもらうとかってやりすぎだよ」

「そうかな?」

「そうだよ。香奈ちゃんの言ってたアレっていうのは、そんなとこよりも、もっとわかりやすい場所にあるんでしょ?」

「そうだけど……」

「だったら楓君には、自力で見つけてもらうしかないよ」

「そうなのかな? 楓ったら、あんまりにも鈍いから、見つけられるかなって思ってさ……」

「大丈夫だよ。楓君なら、きっと見つけられるって」


 理恵さんは自信満々に言う。


「そうかなぁ……。う~ん……」


 香奈姉ちゃんは、不安そうな顔で僕を見る。

 すぐにわかるって言ったのは、香奈姉ちゃんの方なんだけどな。

 それに、隠してないとしたら、すぐにわかる位置にあるはずだ。

 僕は、落ち着いて部屋の周囲を見やる。

 そんなに広い部屋じゃないから、見つけるのも簡単なはず。

 机の上には…めぼしいものは何もない。

 めぼしいって、僕は泥棒じゃないんだけど、気になるものは特になかったって意味ね。

 次に、ベッドの上。

 そこにも、目をやったが特に気になるものはない。むしろ掃除が行き渡っていて、綺麗な状態が維持されている。


「特に何もなさそうなんだけど……」


 僕は、お手上げというような仕草をしてそう言った。

 しかし香奈姉ちゃんは、そんなことないっと言わんばかりの表情で僕に詰め寄ってくる。


「ちゃんと探してよ。隅々まで探せば、きっと見つかるはずだよ」

「そんなこと言われても……。後は、ベッドの下しか……」


 それしか考えられないけど。

 どうなんだろう。

 みんながいる前で、ベッドの下を調べるわけにもいかないしなぁ。

 しかし、香奈姉ちゃんは、顔を赤くして言う。


「わかってるんなら、最後まできちんと調べてみたらどう?」

「え……」


 僕は、思わず香奈姉ちゃんの方に視線を向けた。

 いや……。さすがにベッドの下を調べるのは……。

 香奈姉ちゃんにも、プライベートってものがあるんだから。

 まぁ、僕じゃあるまいし、ベッドの下に隠してるものは何もないだろう。


「それじゃ、遠慮なく」


 最後まで調べてって言われたんなら仕方がない。

 遠慮なく調べてあげるよ。

 僕は、ベッドの下を調べる。

 ベッドの下にあったのは、一枚の布だった。

 なんだろう? これは……。


「ん? なんだこれは?」


 僕は本能的に手を伸ばし、そこに置かれていた布を手に取った。

 ハンカチかな?

 ハンカチにしては、やけに柔らかく布の面積も少ないぞ。

 よく調べてみると、それはハンカチなどではない。

 それよりも、ずっと繊細なものだ。


「???」


 僕は思案げな表情でベッドの下から、その布を取り出した。

 そして、ハンカチらしきその布を見て愕然となる。


「こ、これはっ……⁉︎」


 それはハンカチなどではなく、女の子が穿くパンツだった。

 その手に持って広げてみたのだから、間違いない。


「やっぱり見つけてしまったか」


 香奈姉ちゃんは、ニヤリと笑みを浮かべる。

 その笑みは、わざとと表現するしかないくらいのものである。

 僕が握っているパンツもまるでそこにあったのが、わざとみたいな感じだ。

 一体、何がしたいんだろうか。香奈姉ちゃんは……。


「そんなところにパンツって……」


 奈緒さんは、唖然とした様子でそう言った。

 まぁ、奈緒さんでも、それがわざとだって気づくよね。

 さっきまで部屋の掃除中だったんだから。

 綺麗な状態の部屋の中に無造作に置かれたパンツっていう感じだから、驚いたのは最初だけで、後は驚く要素がないっていうか。


「これは、何のつもりなのかな?」


 僕は、引きつった表情で香奈姉ちゃんに手に持ったパンツを見せて、そう聞いていた。


「よくぞ聞いてくれました」


 香奈姉ちゃんは、スカートのポケットからパンツと同色のブラジャーの方を取り出し、僕たちに見せる。

 たぶんそれは、僕が握っているパンツとセットになっているものだと思う。

 前に香奈姉ちゃんとランジェリーショップに行ったことがあるから、よくわかる。


「別に聞きたくないんだけど……」


 僕がそう言うと、香奈姉ちゃんは構わず僕に抱きついてきた。


「まあ、そう言わないでよ。せっかく、勝負下着をこうして楓に見せているわけだし。もう少し、いい感想がほしいなって……」

「感想って言われても……。特に何もないよ」

「おやおや~。まだそんなこと言うのかな?」


 香奈姉ちゃんは、僕から勝負下着らしいパンツを取り上げると僕から離れる。

 そして、見せびらかすように今穿いているスカートを僕の目の前で翻した。


「ちょっと……⁉︎ 香奈姉ちゃん⁉︎」


 僕は、すぐに後ろに向き直ろうと、香奈姉ちゃんから視線を逸らす。

 しかし香奈姉ちゃんに肩を掴まれ、それを制止される。


「ダメだよ、楓。しっかりと見てくれないと……」

「でも……」


 目の前でスカートを翻させパンツを見せつけられた僕は、思わず赤面してしまう。

 それを見ていた美沙さんたちは、香奈姉ちゃんを止めに入る。


「香奈。さすがに、それはやりすぎだと思うよ」

「いくら好きだからって、楓君の目の前でパンツを見せるっていうのは、エッチなことをしてくださいって声高に宣言してるようなものだよ」

「さすがのあたしでも、そんなことはできないかな」


 と、奈緒さんと理恵さんは、恥ずかしそうにそう言った。

 さすがに理恵さんや奈緒さんでも、香奈姉ちゃんのようなことはできないよね。

 まぁ、美沙さんと奈緒さんはスカートを穿いているわけじゃないから、事実としてそんなことはできないんだけどさ。


「奈緒ちゃんたちは、やらなくてもいいんだよ。楓を他の女の子に取られたくないし……」


 こんな時でも、攻める気マンマンなのか。香奈姉ちゃんは……。

 文化祭の後にエッチなことをしてきた時も、僕は抵抗できなかったんだけどな。

 そこまで好意を向けられたら、僕も男として責任を取らないといけないじゃないか。


「それならあたしだって──」


 奈緒さんは何を思ったのか、おもむろに着ている上着を脱ぎ出してブラジャーを見せる。

 すると美沙さんも、奈緒さんに触発されたかのように上着を脱ぎ出した。


「奈緒ちゃんに負けてられない。私も──」

「ちょっ……⁉︎ 三人とも……」


 途端に居心地が悪くなってきた僕は、すぐに部屋を抜け出そうと扉に向かう。

 しかし──


「ダメだよ、楓君。逃げようとしたら──」


 扉の前には、理恵さんが立ち塞がっていた。

 理恵さんは、いつの間にか服を脱いでいて、もう下着姿だ。


「え……」


 それを見た僕は、あまりのことに唖然となる。

 四人が四人とも、僕の方を見て不気味な笑みを浮かべているのだ。しかも下着姿で……。

 香奈姉ちゃんの部屋に逃げ場なんてない。

 ちょっと待って──。何かの冗談だよね?

 そう思っていたが、四人は、遠慮なく僕に迫ってくる。

 結局、逃げ場を失った僕は、四人からの誘惑を受けるハメになった。

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