第ニ話・3
今日のバンドの練習予定はない。
だから、今日は香奈姉ちゃんとの買い物以外の予定はなく、この後は普段通りの日常を過ごす予定だ。
とはいえ、家に帰っても母や兄貴がいるわけでもなく、特にすることもない。
あって勉強の予習・復習くらいだろうか。
「ねぇ、弟くん」
「ん? どうしたの、香奈姉ちゃん」
帰りの電車の中で急に香奈姉ちゃんに話しかけられ、僕はそう言葉を返す。
さすがに街中でない場所では、僕のことは“弟くん”と呼ぶみたいだ。僕も“香奈姉ちゃん”って呼んでいたから、全然構わないんだけど。
「これからだけどさ。弟くんの家に行ってもいいかな?」
「別に構わないけど。…何か用件でもあるの?」
「特に用件ってほどでもないんだけどね。なんとなく弟くんの家に行きたいなって思って……」
なんとなくって言われてもな。
僕の家の近くに住んでるから、別に構わないんだけど。
「そっか。今日は、兄貴や母親がいるわけじゃないから、来てもつまんないと思うよ。それでもいいなら」
「別にいいよ。私は、弟くんに用件があるから行くわけであって、隆一さんに会いに行くわけじゃないんだ」
「そっか」
「そういうわけだから、一度家に帰って準備してから行くね」
「わかった」
僕は、そう言って頷いた。
自分の部屋に戻ると、僕はすぐに部屋の片づけをし始める。
とりあえず香奈姉ちゃんが来るまでの間に、僕の部屋の中を少し掃除しておくとしよう。
この間みたいに、エロ本なんかが僕の部屋から出てきたら大変だ。
今回は、そんな物が出てこないようにしなくちゃ。
一応、確認も含めて部屋の掃除をやることにする。
しかし、掃除をし始めてしばらくしないうちに
──ピンポーン。
と、呼び鈴の音が聞こえてきた。
もう来たんだ。早いな。
などと思いながら、僕は玄関に向かっていく。
「はい」
そう言ってドアを開けると、そこにいたのは香奈姉ちゃんだった。
「やあ、弟くん。待たせてごめんね」
「ううん。そんなには待ってなかったから、いいよ。それより──」
僕は、改めて香奈姉ちゃんの服装を見る。
ショッピングモールに行った時と変わらない可愛らしい服装に妙な違和感を感じるんだけど……。気のせいかな。
「どうしたの?」
香奈姉ちゃんは、思案げに首を傾げて訊いてくる。
そんな香奈姉ちゃんに、僕は何の疑いもなく
「なんでもない。とりあえず入って」
そう言って、家に入るよう促す。
「うん」
香奈姉ちゃんは、いつもどおりに入ってくる。
僕の部屋へと案内すると、香奈姉ちゃんは普段通りに部屋に入ってきた。
そして、何故か部屋の鍵をかける。
僕が鍵をかけたんじゃなくて、香奈姉ちゃんが鍵をかけたのだ。
「どうしたの? 香奈姉ちゃん」
僕はすぐに振り返り、そう聞いていた。
すると香奈姉ちゃんは
「デートはまだ終わってないよ」
「え?」
香奈姉ちゃんは、何の躊躇いもなく、僕に抱きついてくる。
わけがわからなくなった僕は、すっかり驚いてしまい、どういうことか訊いていた。
「香奈姉ちゃん⁉︎ これは一体──」
「いいから。ここから先は、私に任せて」
香奈姉ちゃんは、そのまま近くにあるベッドに僕と一緒に倒れこみ、騎乗位の状態になる。
「ちょっと待って、香奈姉ちゃん。何を任せるの? 僕には、何がなんだかわからないんだけど……」
僕は、焦り気味にそこから抜け出そうとして、そう言う。
「今日は、二人っきりでしょ。だから弟くんとスキンシップをとりたくてね」
香奈姉ちゃんは、普段見せないようないたずらっぽい笑みを浮かべていた。
よく見れば、香奈姉ちゃんが着ている可愛い服が透けていて、中の下着がうっすらと見える状態だ。
「いや、スキンシップって……。さすがにこれは……」
僕は思わず赤面してしまい、目を背ける。
「何赤くなってるの? 私は弟くんともっと仲良くなりたいだけなんだけど……」
「え……。でも、その格好は?」
「格好って何のこと? あ……」
そう言って、香奈姉ちゃんは自分の体勢と格好を見る。
午前に買い物に出かけた時と同じ服装はすっかり乱れてしまい下のスカートは翻って中の下着が見えていた。
よく見れば、今日ランジェリーショップで買った下着だ。
さっそく着用してるのか。
香奈姉ちゃんは、翻ったスカートをすぐに直し、僕を見て言う。
「格好のことを言われたら、さすがに誤解されるかもしれないけれど……。だけど相手は弟くんだし、私は全然構わないよ」
「何が構わないのか知らないけど、やめてもらえるかな? どう考えても、これからすることがいかがわしい行為にしか思えないから」
「いかがわしくなんかないよ。ただのスキンシップだし」
「笑顔でそう言われてもさ……」
「まぁまぁ」
香奈姉ちゃんは、やめるつもりなんてなく、むしろ覆いかぶさるような勢いで抱きついてくる。
途端、香奈姉ちゃんの身体からふわりといい匂いが漂ってきた。
これは香水の匂いだろうか。
でも香奈姉ちゃんは、香水なんてつけてないだろうし。
とにかく、今の状態はやばい。
身動きがとれないから、香奈姉ちゃんのやりたい放題だ。
僕は、咄嗟に香奈姉ちゃんの弱点である脇の辺りをくすぐった。
すると香奈姉ちゃんは
「やめて~」
と言いながら笑い転げ、すぐに僕から離れていく。
僕は、荒い息遣いの香奈姉ちゃんに言う。
「ごめん。くっつかれるとすごく嫌な気持ちになるから、つい……」
「だからって、くすぐらなくたっていいじゃない」
香奈姉ちゃんは胸の辺りを押さえ、むーっとした表情を浮かべる。
胸に触った覚えはないんだけどなぁ。
「ごめん……」
「もういいよ。私も、急に抱きついたのも悪かったんだし」
「それで何しに来たの? ただ単に暇だったから来たってわけじゃなさそうだけど」
僕は首を傾げて訊いてみる。
あの香奈姉ちゃんが、用件もなしにここに来たとは思えない。
香奈姉ちゃんは、何やら困った様子で僕に言ってくる。
「それなんだけど、ちょっと困ったことになってね。それで是非、弟くんに手伝ってほしいことがあるんだ」
「僕に手伝ってほしいこと? それって何なの?」
「でも本当にいいのかな。こんなことを頼むのは、本当にどうかしてると思うし間違ってると思う。…でもこれは、弟くんにしかお願いできないことなんだよね」
「僕にしかお願いできないことって、何なの?」
そんなかしこまらなくてもいいから、はやく言ってほしいな。
香奈姉ちゃんは、意を決したのか、頬を赤く染めて言った。
「弟くん、私からのお願いだよ。私の“恋人”になってください!」
「はい?」
いきなりの香奈姉ちゃんの告白に、僕は硬直してしまう。
香奈姉ちゃんは、あまりのことに頭の中の処理が追いついていない僕に、返答を求めてくる。
「『はい?』じゃなくて、返事を聞きたいんだけど……」
「一体何があったの、香奈姉ちゃん? “恋人”っていうのは、いきなりすぎだと思うんだけど……」
「いきなりすぎじゃないよ。私なりの、誠実な言葉だよ」
「いや。絶対に何かあったんでしょ? 昔から香奈姉ちゃんは、そういう事を言う時には、必ず何かに巻き込まれて困った時って決まってるからね。…特に男絡みのね」
当然のことだが、香奈姉ちゃんには付き合っている彼氏なんていない。
だからなのか、香奈姉ちゃんに告白しようとする男子は非常に多い。
今回も、おそらくその手の類いだろう。
いつものように男子校の男子たちに言い寄られてしまって、困り果てた香奈姉ちゃんは、僕に“恋人”になれって言ってきた。そんなところだ。
本心で“恋人”になれと言ってるわけじゃないから、そのあたりを誤解してはいけない。
「実は、男子校の男子からしつこく言い寄られてしまってね。丁重に断ろうと思ったんだけど、それも聞かずに行ってしまったんだ」
「なるほど。要するに、僕に“恋人”のフリをしてくれって事なんだね」
「うん。そういう事になるかな。…まぁ、“恋人”のフリでも一般的にそう見えるのなら私は構わないよ。お願いできるかな?」
香奈姉ちゃんは、甘えたような態度でそう言ってくる。
これが香奈姉ちゃんからのお願いか。
そんな顔をされたら断るわけにもいかないだろうな。
「…わかったよ。どこまで“恋人”のフリができるかわからないけれど……。香奈姉ちゃんの“恋人”になってあげるよ」
「ありがとう! 弟くんなら、そう言ってくれると信じてたよ」
そう言うと香奈姉ちゃんは、再び僕に抱きついてくる。
頼むから抱きついてくるのは勘弁してほしい。
「…わかったから。お願いだから抱きつくのはやめて」
「私と弟くんは恋人同士でしょ? だから別に構わないでしょ」
「いや、“恋人”のフリをするっていう意味だよ。本当に恋人同士になったわけじゃないからね」
「フリでもなんでもいいよ。だけど“恋人”なら、スキンシップを大切にしないとダメなんだよ」
香奈姉ちゃんはそう言って、僕の手を取りそのまま胸元まで引き寄せる。
「あ……」
胸に手が触れた途端、香奈姉ちゃんの頬が赤くなった。
これは、香奈姉ちゃんのおっぱい──
香奈姉ちゃんの胸は、すごく柔らかくて弾力がある。
少し手に力を加えただけで、ふにゅっと沈み込んでいく。
「あぅ……」
香奈姉ちゃんの、艶っぽい声が聞こえてくる。
「ダメだ、香奈姉ちゃん。これは好きな人同士じゃないと──」
僕は、すぐに胸から手を離そうとした。ところが、香奈姉ちゃんは僕の手を掴んだまま離そうとしない。
「好きな人同士? 違うよ。好きだからこうするんだよ」
香奈姉ちゃんはそう言うと、もっと強い力で僕の手を握って胸を触らせてくる。
僕は、香奈姉ちゃんの行動の意図がさっぱりわからず手を振り解こうとする。
性感帯を突かれて気持ちがいいのか、香奈姉ちゃんは火照ったような声で言う。
「ダメだよ、弟くん。途中でやめるなんてのはダメなことなんだからね」
「ちょっと待って、香奈姉ちゃん。今から何をするつもりなの?」
わかっているけど、その先を聞くのは正直怖かった。
「何をするって? わかってるくせに」
香奈姉ちゃんは、微笑を浮かべて答える。
普段の品行方正な香奈姉ちゃんとは、うって変わっての言動だ。
とりあえず“恋人”のフリをするのはよくわかったけど、これは許容範囲外だ。
僕は、再び香奈姉ちゃんの脇をくすぐって、拘束から逃れる。
「何するの、弟くん?」
「僕にとって香奈姉ちゃんは、姉的存在の幼馴染だ。だから今、こんなことをするのはいけないと思う」
「私は、そんなつもりは……。ただのスキンシップのつもりだったんだよ」
「ただのスキンシップが、こんなことに発展するの?」
「それは……。恋人同士っていうのは、やっぱりこのくらいはするかと思って……」
僕に言われて、香奈姉ちゃんはボソリと小さな声で言う。
香奈姉ちゃんは、思い込んでしまうとそういった奇行に及ぶことがあるから気をつけなきゃいけないんだけど、僕の用心不足が招いた結果だからなんとも言えない。
「とにかく。そういうことをするときは一言言ってほしいな。僕にも心の準備っていうものがあるからさ」
「…わかったよ。いきなりごめんね」
香奈姉ちゃんは、素直に謝る。
──まぁ。わかってくれたんならいいんだけどさ。
僕は、机の椅子に腰掛けるとため息を吐いた。
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