第二十話・2

 男の僕には関係のないことなのかもしれないが、2月14日はバレンタインデーだ。

 別に女の子からのチョコレートを期待しているわけでもないけど、なんとなく今回のバレンタインデーは嫌な予感がするので、こちらもそれなりのものを用意しておこう。


「──さて。今回のバレンタインデーは、もっと凝ったものを作ってみようかな。みんな、どんな反応をするのか楽しみだよ」


 そんな独り言を言って、僕はチョコレートの材料を買い物カゴに入れていく。

 そのほとんどが板チョコだが。

 そんな姿が奇異なものに映ったのか、周りにいた女の子たちは、僕から距離をとっていた。

 今の時代、男が女の子にチョコレートを作って渡しても喜ぶ人もいるのにな。

 何を勘違いしているのやら。

 もちろんホワイトデーにも、ちゃんとお菓子を作るんだけど。

 とりあえず必要なものは買い物カゴに入れたから、後は買い物を済ませるだけだ。

 僕は、早々にレジへと向かい買い物を済ませた。


 買い物を終えて店から出ると、少し前のほうで慎吾が立っていた。

 こちらを見ていないので、僕の存在には気がついていないみたいである。

 誰かを待っているのかな。

 声をかけようかどうか迷い、しばらく黙って立っていると、見知らぬ女の子が慎吾に近づいていって、上機嫌な様子でそのまま慎吾に抱きついていた。

 もしかして、彼女さんなのかな。

 それにしては、ずいぶんと幼い感じのする彼女さんだ。

 慎吾自身も、僕にはそういった事は言わないから、よくわからないけど。

 それに、2人の会話も、ここからだとよく聞こえない。

 とりあえず、慎吾たちは何事もなかったかのように歩き去っていったから、僕も気にする事なく家に帰ろう。

 僕は、慎吾たちが歩き去っていった方向とは逆の方向に歩き出す。


「まぁ。慎吾も、色々あるんだよね。この件については聞かないでおこう」


 そんな独り言を言って、僕は家路へと向かっていった。


 僕の顔を見るなり、香奈姉ちゃんは笑顔でこちらに駆け寄ってくる。


「ねぇねぇ、弟くん。今度のイベントなんだけどさ。少しだけ時間をとってくれないかな? いいよね? いいでしょ? いいって言いなさい」

「突然だね。どうしたの?」


 かなり強引な言い分に、僕は辟易しつつそう返す。

 こうして言ってくるあたり、かなり焦っているみたいに見える。

 香奈姉ちゃんは、僕の腕をギュッと掴み、念を押すようにして言う。


「どうでもいいでしょ。弟くんに渡したいものがあるから、少しだけ時間をとってほしいだけなの。これはお姉ちゃんからのお願いなんだから、弟くんは黙って言うことを聞きなさい!」

「僕に拒否権は?」

「ないよ! だから、私の言うことは絶対なの!」

「………」


 これって、前にも同じようなことがあったような。

 今回も、似たような空気を感じる。


「安心して。弟くんの言うことには、できるだけ聞くようにするから」

「できるだけって……。僕も、香奈姉ちゃんたちに渡したいものが──」

「わかってるよ。楓だって男の子だもんね。お返しくらいはしたいよね」


 香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言った。

 これは、あきらかに僕の手作りのお菓子を期待しているな。


「いや、そうじゃなくて……」


 期待させるわけにはいかない。

 たしかに今、バレンタインデー当日にチョコレートを作って渡そうとは思っているが……。

 これはあくまでもサプライズだ。


「お返し、ないの?」


 今度はなぜか悲しそうな眼で僕を見てくる。

 なんでそんな眼をして僕を見てくるの?

 当日になれば、ちゃんと渡そうと思っているのに。


「あ、あるけど……。だけどこれは……」

「やっぱり弟くんは、お姉ちゃん想いだね。私たちのことを一番に考えてるね。だから好きなんだけど……」


 香奈姉ちゃんは、安心したのか笑顔を見せてそう言った。

 よく見れば、頬を赤く染めている。

 これはバレンタインデーだけでなくホワイトデーもしっかりと考えておかないと。


「香奈姉ちゃん」

「とりあえず、今度のイベントで渡すものはちゃんと用意するから安心してね。だから弟くんも、『お返し』を作るのを頑張ってよ」

「『お返し』、か……。香奈姉ちゃんの口に合うか不安だな」

「大丈夫だよ。楓が作るものは、大抵は美味しいものだから。期待してるからね」

「期待してるんだ……」

「もちろん! 弟くんが作るチョコレートは、見本にもなるし。なにより、弟くんの愛情がこもっているからね。期待しないというのが間違いだよ」

「そ、そうなんだ」


 僕の愛情か……。

 たしかにチョコレートを作る時、香奈姉ちゃんのために…って思って作っているから、そんな風に思っているかもしれない。


「もうこんな時間か……。それじゃ、私はそろそろ行くね。今度のイベント、楽しみにしてなさいよ」

「うん。わかった」


 僕は、微笑を浮かべてそう言った。

 香奈姉ちゃんは、僕の腕から手を離して踵を返す。そして、そのまま自分の家に向かっていった。


「バレンタインデーが近いからな。香奈姉ちゃんも、奈緒さんたちに渡す友チョコとか色々あるんだろう」


 僕にとっては、バレンタインデーはチョコレートを手作りできるまたとない機会なので、できるだけの事をやってみるつもりだ。

 バレンタインデーまで、後数日。

 色々やってみるとしよう。

 僕は、香奈姉ちゃんを見送った後、自分の家に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る