第十八話・11

 翌日。

 私は、体の倦怠感を感じてしまい、ベッドから起き上がることができなかった。

 それと同時に、顔が火照って頭がガンガンする。


「頭が痛い……。もしかして……」


 この様子だと、風邪をひいてしまったみたいだ。

 私は、なんとかしてベッドから起き上がり、自分の部屋にある体温計で体温を測ってみる。

 なんか嫌な予感がするんだけど、一応確認しておかないと。

 そうしてしばらくすると、体温計からピピッと音が鳴った。

 私は、体温計を体から離し、確認する。


「嘘でしょ……」


 体温計を確認すると、体温は38.5℃と表示されていた。

 どうしよう。

 この場合は、誰とも会わない方がいいよね。いや、誰とも会わない方がいい。


「今日は、楓と会うのはやめてゆっくりと──」

「香奈姉ちゃん。今日は、何を──」


 知ってか知らずか、楓は私の部屋に入ってくる。

 そして、しばらくの沈黙の後──


「どうしたの、香奈姉ちゃん⁉︎」


 楓は、私の顔を見て驚いた様子でそう言ってきた。


「あー、うん……。ちょっとね……」


 私は、できる限りの笑みをつくりそう返す。

 正直に言うと、具合が悪い。立っているのも、やっとの状態だ。


「ちょっとどころじゃないでしょ。その状態は⁉︎」

「うん。少し寝てれば、大丈夫だと思うんだけど……」

「少しじゃないよ! 今日は、ゆっくり休んでくれないと──」


 楓は、多少テンパった状態で私の体を支え、そのままベッドに戻そうとする。

 ベッドに戻る前にお手洗いに行こうと思ってたんだけど。楓には、わからないよね。


「もう。弟くんったら、心配症なんだから。このくらいは──」

「大丈夫では、ないよね」


 楓は、そう言って少しだけムッとしたような表情になる。

 その顔は、私に有無を言わさないって感じだ。


「うん。大丈夫では…ないかも……」


 私は、楓の剣幕に押されてそう言っていた。

 そんなに心配してくれるのは嬉しいけど、過保護すぎだよ。


「だったら、ベッドに戻らないと」

「その前に、お手洗いに行きたいんだけど」

「仕方ないなぁ。はやく行っておいで」

「うん」


 私は、頷くと自分の部屋を後にした。

 お手洗いに行くだけだから、そんなに時間はかけないと思う。


 私がベッドに横になってる間、楓は甲斐甲斐しく私のお世話をしてくれた。

 こういう時に限って、花音は友達と遊びに行ってしまったから、余計に私を一人にはできなかったんだろう。

 感染るかもしれないというのにずっと傍に居続けてくれて、さらにはお昼ごはんも作ってくれた。


「お昼ごはんができたよ。口に合えばいいんだけど……」

「ありがとう、弟くん」


 私は、感謝の言葉を言う。

 作ってくれたのは、お粥だった。

 楓が作ってくれたものが、口に合わないわけがない。


「自分で食べられるかい?」


 楓は、心配そうな顔で言ってくる。

 ──これは。

 甘えちゃっても許されるシチュエーションかな。

 いいんだよね。

 今までお姉ちゃんとしてしっかりしてた分、風邪をひいたときは甘えちゃってもいいよね。


「ちょっと、余裕がないかも……。いいかな?」

「うん。もちろん」


 楓は迷いなくそう言うと、器の近くに置いてあるレンゲを手に持った。


「それじゃ、一口目からゆっくり食べようか」

「うん」


 熱いから楓にフーフーと息をかけてもらい、お粥が差し出される。


「はい。香奈姉ちゃん。あーん」


 楓の一声に、私は素直に口を開けた。

 そして、お粥の一口目が口の中に入る。

 美味しい。

 味もそうだけど、なによりも楓の気遣いがとても嬉しい。


「どう? 美味しいかな?」

「うん。とっても美味しいよ」


 私は、今できるとびっきりの笑顔でそう答えた。

 楓は、私の様子を見て安心したのか、微笑を浮かべる。


「よかった。ちゃんと口に合って……」

「弟くんが作ってくれたものが、不味いわけがないよ」

「味見をしなかったから、正直、自信がなかったんだよね」

「そうなんだ。…でも、美味しいから問題ないよ」

「そっか。それなら、安心したよ」


 楓は、そう言うとレンゲで二口目のお粥を掬い、私の口元に持っていく。

 こんなにも幸せな時間を過ごせるのなら、風邪をひいてよかったなとさえ思えてしまう。

 楓には悪いけど、存分に甘えさせてもらおうかな。

 万が一、楓が風邪をひいた時には、私もちゃんとご奉仕しよう。

 私は、楓の顔を見てそう思うのだった。


 夕方になると、楓はある程度のものを作り、自分の家に帰っていった。

 その頃になると食欲もある程度戻ってきて、立って歩くことも辛くはなくなっていた。

 どうやら、熱も下がってきたみたいだ。

 一応、体温計で測った方がいいかな。

 そう思った私は、もう一度体温計で測ってみる。

 体温は37.4℃まで下がっていた。

 まだ微熱があるから油断はできないが、とりあえず一安心といったところだ。


「とりあえず、汗をかいちゃったから着替えをしておこうかな」


 かいた汗が気持ち悪いと思い、私はタンスの中から下着とシャツを取り出す。

 とりあえず寝間着を脱いで、下着の方から替えないとダメだろう。

 私は、とりあえず全裸になる。

 しかしタイミングというのはどこまでも悪いもので、全裸になった途端に、部屋のドアが開く。

 開けたのは、自分の家に帰っていったはずの楓だった。


「香奈姉ちゃん。水分補給にスポーツドリンクを持って──」

「っ……⁉︎」


 私の顔は、たぶん今までにないくらい赤面していたと思う。

 こんな時に全裸を見られるのは、とてつもなく恥ずかしい。

 おっぱいだけじゃなく、ヘソの下の大事な箇所も晒しているから、なんとも言えない。

 お風呂の時なら、割り切れるんだけど。


「ご、ごめん!」


 楓は、慌てた様子でドアを閉める。

 たぶん楓も、私が全裸でいるだなんて思わなかったんだろう。

 だからこそ、怒る気になれないんだよね。

 どうやら楓は、そのまま家に帰っていったみたいだ。

 部屋のドアの近くに、楓が持ってきたスポーツドリンクと紙コップが置いてあった。


「ありがとう、弟くん」


 私は表情をほころばせ、そう言っていた。

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