第五話・5

 さて、今日もいつもどおり香奈姉ちゃんが泊まりきたわけですが……。

『弟くんの彼女になる』って言ったあの日から、香奈姉ちゃんは、いつもどおりに僕が寝てるベッドの中に入ってきてるわけです。

 こうなった香奈姉ちゃんを、僕が止められるわけがなく。


「あの……。香奈さん」

「どうしたの、楓?」

「いつもの部屋にはいかないの?」

「は、何があっても行くつもりはないよ。楓と一緒に寝るつもりだよ」


 香奈姉ちゃんは、そう言ってギュッと僕の身体を抱きしめてくる。

 結局、お風呂の時間には乱入してきたし、夕飯の用意の時には一緒にご飯を作って食べたしで──。

 これじゃまるで恋人同士っていうより、新婚夫婦みたいじゃないか。

 今から、香奈姉ちゃんがやろうとしてることって、まさか──。

 でもまぁ、いいか。

 今までは兄に気を遣って香奈姉ちゃんを突き放していたんだけど、今は違う。香奈姉ちゃんが決めたことなら、僕は容認しようと思うし。


「そっか。シングルベッドだから、気をつけて寝てね」

「うん。気をつけるね」


 香奈姉ちゃんは、嬉しそうに言う。

 そして


「おやすみなさい」


 と言って、目を閉じた。

 普段はしっかりしている香奈姉ちゃんが、この時ばかりはあまりにも無防備である。

 よく見れば、寝間着の胸元の辺りがチラリと見えているし。これだとドキドキしない方がおかしい。

 ──こ、これ以上は見ない方が良さそうだ。

 それからしばらくしないうちに、香奈姉ちゃんが寝息をたてていた。

 熟睡するのが早すぎだよ。

 よっぽど疲れていたんだな。

 香奈姉ちゃんは安心したような表情で僕に抱きつき、スースーと寝息をたてて眠っている。気がつけば、胸の膨らみがもろに僕の身体に当たっているし。それに、いい匂いがする──。

 これは、逆に僕が安眠できそうにないかも。

 女の子と寝るって、こんなにも緊張するものだっけ?

 う~ん……。よくわからない。


 僕は寝相が悪い方ではないと思うけど、香奈姉ちゃんはどうなんだろうか。

 そんなことを考えていたが、結局はわからないままだ。

 そもそも、あれから一時間は経過しているはずなのに、まったく眠れないよ。

 香奈姉ちゃんは、僕の身体から離れ、そのまま仰向けになって寝ていた。無防備なのか、胸元のボタンが外れており、もろに胸の膨らみが見えている状態だった。


「どうしよう……。ボタンをつけた方がいいよね?」


 と、自問するが、誰も答える人はいない。

 意を決した僕は、むくりと起き上がり、香奈姉ちゃんの胸元のボタンに手を添えた。

 ──と、次の瞬間。

 フニュっとした柔らかい感触が手に伝わった。何に触れたのかはよくわかる。

 どうやら、僕の手は香奈姉ちゃんの胸を揉みしだいている状態らしい。

 本当なら僕が触れたのは、寝間着の胸元のボタンのはずだ。しかし、香奈姉ちゃんが僕の手を掴み、そのままふくよかな胸に沈み込ませていたのである。

 香奈姉ちゃんは、「う~ん……」と小さな唸り声をあげながら僕の手を掴み、眠っていた。

 これはもう、寝間着の胸元のボタンどころの話じゃない。

 僕の身体はもう、すっかり香奈姉ちゃんの身体に被さっちゃっているし。

 ちょっと手を動かしたら、香奈姉ちゃんの胸の柔らかい感触が感じられるしで、もう何をどうしたらいいのかわからなくなる。


 ──朝。


「楓。起きてよ」


 香奈姉ちゃんの言葉に、僕は


「う~ん……」


 と小さく声をあげながら、目を開く。


「おはよう、香奈姉ちゃん」


 目の前には、香奈姉ちゃんの顔があった。

 香奈姉ちゃんは、恥ずかしげな顔で笑顔を浮かべながら


「おはよう、楓。もう朝だよ」


 と、言う。


「あ、うん。そうだね。起きなきゃ……」


 まだ眠い。眠りが浅かったのかな。

 僕は、眠たそうに目をこすり、起き上がろうとする。すると香奈姉ちゃんは、何を思ったのか僕の身体を抱きしめてきた。


 ──え?


 いきなり、どうしたんだ?

 すっかり目が覚めた僕は、その目で今の状態を確認することになる。

 なんと僕は、あろうことか香奈姉ちゃんの身体に抱きついた状態だったのだ。

 それに気づいた香奈姉ちゃんは、恥ずかしげな表情を浮かべて僕を抱きしめてきたのである。


「私の身体って、そんなに寝心地がよかった?」

「っ……⁉︎」


 途端に顔が真っ赤になっていく僕。


「楓が好きなら、それでもいいんだけどね。…でも私は、ちょっと恥ずかしいかな」

「わわわっ! ごめん、香奈姉ちゃん! そんなつもりはなかったんだけど、いつの間にかそのまま寝てしまって……」


 そう言うと僕は、抱きしめていた腕を無理やり引き剥がし香奈姉ちゃんから離れる。

 香奈姉ちゃんは、それをやられたからといって怒ることなく笑顔で


「うん。途中からだけど知ってたよ」


 と言う。

 僕は、思わず


「え? それって──」


 と、訊いていた。

 香奈姉ちゃんは、僕にもわかりやすいように説明する。


「私も、途中から目が覚めた状態だったからよくわからないんだけど、楓ったら、私の胸の中に顔を埋めて眠っていたんだよね」

「なっ⁉︎」

「楓がなんで、そんなことしたのかはよくわからないけど、疲れていたのかなって思って、ゆっくり寝かせてあげることにしたんだよ」


 そう言い切ったところで、香奈姉ちゃんは頬を赤く染めていた。

 母性本能にでも目覚めたのかと言わんばかりの表情だ。

 僕は、すぐに弁明する。


「いや、ちょっとお手洗いに行きたくなってしまってね。…行って戻ってきたのはよかったんだけど、ベッドに戻った途端に香奈姉ちゃんに手を掴まれてしまって。それで、その体勢になってしまったんだよ」


 寝間着のボタンが外れていたから直そうと思ったなんて、とてもじゃないが言えなかった。

 香奈姉ちゃんは、しばらく僕の顔を見ていたが、納得した様子で言う。


「…なるほど。そういうことだったんだね。よくわかったよ」

「まぁ、事情はそんな感じかな」

「私はてっきり、私とエッチなことをしたかったのかなって思っていたよ」

「………」


 たしかにエッチなことを考えたけど、エッチなことをしようだなんて考えてはいなかったな。そんな余裕はなかったし……。


「とりあえず、朝ごはんを作らないとね」

「うん。そうだね」


 僕と香奈姉ちゃんは、そう言うとすぐに行動を開始した。


 基本、朝ごはんとか夕食など(お弁当も含む)は、母がいない時は僕が作っている。

 別に習慣というわけじゃないけど、なんとなく僕が料理を作っている感じだ。

 前にも説明したが、兄の料理の腕は殺人級なので、絶対にキッチンに立たせないようにしている。

 ちなみに兄がいないときは、作り置きをして家を出ている。

 幸いにして、兄は皿洗いくらいはしてくれるので、その辺りはすごく助かっているが。


「楓。朝ごはんの味噌汁。できたよ」

「ありがとう。こっちも用意できたよ」


 そう言って、僕は作ったばかりのベーコンエッグを皿に盛り付ける。

 あとはご飯を茶碗に盛って食べるだけだ。


「それじゃ、はやく食べちゃおうよ」

「うん」


 僕は、うなずくとすぐにテーブルについた。


 ──さて、今日のお弁当の献立は何がいいだろう。

 あまり豪華なものにはできないが、お弁当となれば、多少のものなら入れても文句は言われない。もちろん自分で作ったもの限定になるが。


「ねぇ、楓」

「なに? 香奈さん」

「今日の楓のお弁当だけどさ。私が作ってあげようか?」

「え……。香奈さんが?」


 いきなりの香奈姉ちゃんの提案に驚いてしまう僕。


「うん。私が楓のお弁当を作ってあげるから、その代わりに、楓は私にお弁当を作るの。どう? いいアイデアでしょ?」

「お弁当交換か。──うん。たしかに、いいアイデアだね」


 それだと、作る意欲も湧いてくるしね。悪い提案じゃないと思う。


「決まりだね。──それじゃ、私は一旦家に帰ってお弁当を作るから、楓もお願いね」

「うん。わかった」


 僕はそう返事する。香奈姉ちゃんは上機嫌で僕の家を後にした。

 どうやら、これからお弁当を作りに香奈姉ちゃんの家に戻るようだ。…てか、これから作るのはいいけど、学校は間に合うのかな?

 まぁ、香奈姉ちゃんなら大丈夫か。香奈姉ちゃんの家は、僕の家からそんなに離れていない距離にあるのだから。

 それにしても、香奈姉ちゃんのお弁当を食べられるなんて、夢みたいだ。

 もしかしたら、今回のお弁当交換は初めてかも。

 こうなったら話は変わってくる。

 僕も、是非とも腕をふるってお弁当を作らなきゃ。

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