第五話・6
──学校の昼休み。
今日のお弁当は、香奈姉ちゃんの手作り弁当だ。
本来なら、僕の手作りのお弁当をいつもどおりに食べる予定だったんだけど、僕の手作り弁当は香奈姉ちゃんに渡してしまっているため、今日は持ってきていない。だから、代わりに香奈姉ちゃんに渡された手作り弁当を持ってきたのだ。
香奈姉ちゃんのお弁当は、どんな感じなんだろう。かなり気になる。
まぁ、香奈姉ちゃんは料理も得意だから、きっとお弁当も美味しいに違いない。
そう考えて、机の上にお弁当を出していたら後ろから声をかけられる。
「よう、周防。これから昼飯だよな? 一緒に食べようぜ」
話しかけてきたのは慎吾だ。
慎吾は、弁当を持ってこちらに近づいてきていた。
僕は、すぐに振り返って返事をする。
「あ、慎吾。うん、別に構わないよ」
「お。今日も手作り弁当か? 相変わらず料理の腕はピカイチだな」
「う、うん。今日のは特別製だから、中身の交換はできないけれどね」
「そうか。ちょうど俺のも、お袋が作ってくれたお弁当だから人にはやれないかな」
慎吾は、苦笑いをしながら弁当箱に視線を落とす。
なにやら慎吾の様子がおかしい。
その様子だと、慎吾の母親から何か言われたみたいだ。
まぁ、いいか。
そう思い、僕は自分の弁当(香奈姉ちゃんが作ったお弁当だが)の蓋を開けた。
「っ……⁉︎」
お弁当の中身を見た瞬間、僕は羞恥に顔を赤くしてすぐにお弁当の蓋を閉じた。
「ん? どうした?」
「いや……。なんでもないよ」
慎吾に聞かれたが、僕はつとめて笑顔でそう返していた。
香奈姉ちゃんが作ってくれたお弁当には、非の打ちどころがなくパーフェクトだ。しかし、一つだけ難点がある。それは、他の人には恥ずかしくて見せられないことだ。
──そう。
このお弁当は、一種の愛妻弁当に等しいのである。
なぜかと言うと、ご飯の部分に大きなハートマークが描かれていたのだ。
さすがに、このお弁当を教室で食べるのは勇気がいる。
僕は、席から立ち上がると慎吾に
「やっぱり屋上で食べようかな」
そう言った。
慎吾は、思案げな表情で訊いてくる。
「どうしたんだ?」
「いや……。何というか、気分を変えたくてね」
と、自分でも意味のわからない言い訳をしてしまう。
ホント、何言ってるんだろ、僕。
ハッキリ言って、今の僕は錯乱状態だ。
慎吾は、様子がおかしくなった僕を見ても理由を訊いてくることはなく、普段と変わらない態度でいた。
「そうか。それなら、場所を移そうぜ」
「うん。ありがとう」
僕は、礼を言うと席を立ち上がり、教室を後にした。慎吾もその後に続く。
「──それで。一体どうしたんだ?」
屋上にたどり着き、適当な場所に座ると、さっそく慎吾がそう訊いてきた。
いきなりそう訊かれても、これはハッキリとは説明しづらい。
今、持ってる弁当の中身を見せれば早い話なんだけど、正直言って、見せていいのか悩む。
「いや、実は……」
僕は、見せようか悩んでいたお弁当の中身を慎吾に見せた。
すると、慎吾は驚愕の表情で、僕が持ってきたお弁当を見る。
「うおっ⁉︎ こ、これは……!」
まぁ、ビックリするのは当然だと思う。
香奈姉ちゃんが作ったお弁当だから、どんなものかと思って期待していただけに、中身を見たら驚愕ものである。まさかこんなお弁当を作って、僕に渡してくるのだから。
「実は今日のお弁当は、香奈姉ちゃんが作ってくれたものなんだ。僕の手作り弁当と交換って話になって、それで──」
「周防。お前……」
慎吾は、わなわなと身体を震わせ、香奈姉ちゃんのお弁当を見る。そんなに見たら穴が開くんじゃないかと思うくらいに。
いや……。さすがに見過ぎだって……。
「どうしたの、慎吾?」
「このお弁当って、伝説の……」
「伝説の? 何?」
「伝説の相愛弁当じゃねえか!」
「相愛弁当って、何?」
慎吾の言葉に、僕は思案げに首を傾げる。
相愛弁当って、初めて聞く言葉だけど。
「女子校に伝わっているもう一つのジンクスだよ」
「もう一つのジンクス? それって──」
「女子校の生徒から相愛弁当を貰った男子は、確実にその女子と両思いになれるって言われてるんだよ」
「いや、さすがに話を盛りすぎじゃ……。僕はただ、お弁当を交換しただけだよ」
「え? …交換? どういうことだ?」
「香奈姉ちゃんの提案で、今日、持っていくお弁当を交換しようって話になったんだよ。まさかこんなお弁当を渡されるとは思わなかったけどね」
「…てことは、お前が持ってくるはずの弁当は西田先輩のところに?」
「うん。お弁当の交換だからね。当然、僕の手作り弁当は香奈姉ちゃんに渡しているよ」
「なんか、話聞いてたら羨ましい気もするんだが……」
慎吾は、自身が持ってるお弁当に視線を落とし、そう言った。
そういえば慎吾のお弁当は、母親から渡されたお弁当だっけ。普通に聞いてたら、羨ましいのかな。
「まぁ、放課後の時間帯には香奈姉ちゃんも来ているかと思うから、その時にでも、このお弁当のことを聞いてみるかな」
僕は、そう言って再び弁当の蓋を開ける。
やっぱりご飯の部分に描かれてるハートマークは恥ずかしい。恥ずかしくて教室内では食べられないレベルだ。もし教室内で食べていたら、確実に騒ぎになるだろうな、これは──。だけど、せっかく作ってくれたのだから、食べないとバチが当たるのも事実だ。
──仕方ない。ここは我慢して……。
僕は、慎吾の他に誰もいないことを確認して弁当を食べ始めた。
そして、放課後の校門前にはいつもどおりに香奈姉ちゃんが立っていた。
なぜ香奈姉ちゃんがそこにいるんだ? なんていう疑問はこの際なしにしておこう。
香奈姉ちゃんは、僕を待っているのだから。
さすがに他の男子生徒たちも、自身たちが本命じゃないからか香奈姉ちゃんの横を素通りして帰っていく。
僕は、一人佇む香奈姉ちゃんに声をかけた。
「香奈姉ちゃん」
「あ、弟くん。もういいの?」
「うん。もう大丈夫だよ」
「そっか。それなら一緒に帰ろう」
香奈姉ちゃんは、僕の手を掴み、そのまま歩き出した。
──それにしても。
僕と手を繋いで歩くのって、恥ずかしくないのかな?
周りの人の目もあるというのに……。
僕は、すでに恥ずかしいのだけど。
まぁ、香奈姉ちゃんがそれで良いのなら、構わないんだけどさ。
そう思い歩いていると、香奈姉ちゃんの方から声をかけてきた。
「ねぇ、弟くん。今日のお弁当は、どうだった? 美味しかったかな?」
「うん。美味しかったよ」
「今日のお弁当は、腕によりをかけて作ったお弁当だったんだ。だから、『美味しい』って言ってくれただけでありがたいな」
「そうなんだ。少し恥ずかしかったけど、味は問題なかったよ」
僕は、そう言って苦笑いをする。
本当ならここでガツンと言ってやらないとってところなんだけど、それをハッキリ言えない僕もどうかしてるんだろうな。
「『恥ずかしかった』って、お弁当を持っていっただけなのに、何が恥ずかしかったの?」
「え、いや……。その……。なんというか」
「私は、自分の気持ちに素直になって作ったんだよ。弟くんのために作った特別なお弁当なんだよ。だから、少しは嬉しそうにしてもいいんじゃないかな?」
「うん。その気持ちは、素直に嬉しいよ」
「弟くんのお弁当だって、腕によりをかけて作ったんでしょ?」
「うん」
「それなら、恥ずかしがることもないんじゃないかな。私も、弟くんのお弁当は楽しみにしてたんだからね」
「そっか。あのハートマークのお弁当は香奈姉ちゃんの気持ちだから、気にしなくてもよかったんだね」
「そうだよ。一人の女の子の純粋な気持ちなんだから、恥ずかしがらずにちゃんと受け止めればいいんだよ」
香奈姉ちゃんは、そう言って屈託のない笑顔を浮かべる。
そんな笑顔を見せられたら、怒るなんてことはできない。
「なるほど。そうすればいいんだね」
と、僕はそう言っていた。
女の子の気持ちか……。そういえば、まともに向き合ったことはなかったな。
今まで近づいてきた女の子たちは、兄のことを狙ってた子が多かったから、僕にとってはトラウマばかりだったんだよな。
「弟くんは、私以外の女の子のことを好きになったらいけないんだよ」
「え? 今、何か言った?」
香奈姉ちゃんが何か言ったような気がしたので、僕は思案げに訊いていた。
小声で囁くように言ったので、よく聞きとれなかったのだ。
「ううん。なんでもないよ。はやく帰って練習しよう。みんな待ってるよ」
香奈姉ちゃんは、僕の手を引き、笑顔でそう言った。
みんなが待ってる…か。
奈緒さんは、今日は来ないんだろうな。
みんなは、奈緒さんが来ないことをどう思っているんだろう。
香奈姉ちゃんは、仕方ないといった表情で「しょうがない」って言っていたから、割り切っているんだろうけど。
昨日のライブハウスでの奈緒さんのライブは、さすがに容認できるレベルじゃないだろう。
誰かに頼まれたのなら話はわかるんだけど……。
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