第二十七話・13

 理恵先輩って、ひかえめに見えて意外と積極的でぐいぐい来るタイプの女の子みたいだ。

 やっぱり美沙先輩と奈緒さんが一緒にいると、どうしてもひかえめになってしまうのかもしれない。

 アクティブ気味なタイプの女の子に囲まれると、僕でも落ち着かないし。

 理恵先輩は、そのあたりは安心していたのだが……。


「楓君の匂いは、とても落ち着くなぁ」

「ちょっ……。理恵先輩。なにしてるんですか?」


 僕は、腕にしがみついている理恵先輩にそう訊いていた。

 一体、なにをしているんだろうか。

 匂いってなんのことだろう。

 しかし理恵先輩は、僕から離れるつもりはないらしい。


「ちょっとした確認だよ。香奈ちゃんがよくやっている行為だから、どんなものかと思って──」

「だからって……。みんなが見ている前で──」

「もちろん恥ずかしいよ。だけど、このくらいなら我慢できる範囲だし」

「そうなの?」

「そうだよ。やせ我慢してるわけじゃなくて、相手が楓君だから思いの外恥ずかしいなって感じてるだけ。…それだけなんだから!」


 こういう時の理恵先輩は、やけに可愛く見えてしまう。

 どこかで香奈姉ちゃんが見てるんじゃないかって思うと、違う意味で心配になる。

 それは理恵先輩も同じみたいだ。


「やっぱり2人きりでデートとかって…いいのかな?」


 理恵先輩は、そう言って不安そうな表情を覗かせる。

 香奈姉ちゃんには、許しを得ているから問題はなさそうなものだが、これはこれで不安にはなるんだろう。

 理恵先輩の印象から見ても、スキンシップはあんまり積極的な方ではないから、香奈姉ちゃん的には安心なんだろうけど。

 僕も、そこまで女の子に積極的なアプローチはしないから、よけいな心配をされていたりする…のかな?


「大丈夫じゃないかな。今のところは──」

「今のところ…か。それはつまり、わたしには女の子としての魅力がないって言ってるのかな?」

「そういうことではなくて……」

「それじゃ、どういうことなの?」


 理恵先輩は、上目遣いでそう言ってくる。

 しかも可愛くきめているのか思案げな表情がグッと刺さってきた。

 理恵先輩って、こんな顔もするのかと感心してしまうくらい。


「理恵先輩はとても綺麗だから、僕にはもったいないっていう意味なのではないかと──」

「ふ~ん……。わたしが綺麗…ねぇ。人からはよく地味とかって言われるんだけど。それは気のせいだったりするの?」

「地味とかって、そんなことはないかと……。それを言われたら、僕の方がはるかに陰キャだし……」


 僕は、実際に言われていることを言ってしまう。

 陰キャだと言われているのはたしかで、それがなぜ香奈姉ちゃんたちに好意を持たれているのかわからないのだ。


「たしかに楓君からは、明るい感じはしないね。…でも逆を言わせれば、控えめだからこそ、わたしたちにとっては付き合いやすくて親しみが湧くんだよ。…現に、あの奈緒ちゃんがそうじゃない」

「奈緒さんか」


 奈緒さんのことは、香奈姉ちゃんからはよく聞いている。


 とても気難しい性格をしているって──


 僕にはとても優しいのに。

 実際はどうなんだろう。

 香奈姉ちゃんとは、仲がいいみたいだけど。

 もしかして、香奈姉ちゃんが自分のバンドを作るきっかけになったのって、僕じゃなくて奈緒さんなのかな?

 そう考えると、すべてのつじつまが合う。


「奈緒ちゃんはね。見た感じ頑固そうなんだけど、意外と素直で真っ直ぐな性格してるんだよね。だから今の楓君を見て、よけいに好きになっちゃったのかも──」

「そういえば、美沙先輩も似たようなことを言っていたような……」

「美沙は、人のことをよく見てるから間違いないかと思う」

「そうなんだ。僕はてっきり、理恵先輩の見立てかと思っていたよ」

「わたしは……。香奈ちゃんや美沙ほど人のことをよく見れないし」


 やっぱり理恵先輩は、人のことをよく見てるんだな。

 理恵先輩は人のことを悪くは言わないから。

 でも、もう少し積極的になれたら、異性からモテると思う。

 理恵先輩にも、いいところはあるのだから。


「僕は、理恵先輩にはしあわせになってほしいなって思ってますよ」

「えっ?」


 理恵先輩は、僕の一言に呆然となる。

 何気ない言葉のつもりだったんだけど、なにかひっかかることでもあったんだろうか?

 考えても仕方ない。

 とりあえず、デートの続きをしよう。


「次はどこに行きますか? 理恵先輩」


 僕は、気を取り直して理恵先輩を促す。

 せっかくのデートが台無しになってしまうのは、僕としてはどうしても──


「そうだね。次は、わたしの家に行くのはどうかな?」

「理恵先輩の家…ですか?」

「うん。ここからそんなに離れていないし。ね? どうかな?」

「他に行きたいところとかは…特にないんですね?」

「大体の場所はもう行ってしまったし……。楓君さえ良ければ…どうかな? わたしの家に行くのは──」

「う~ん……。別に構わないけど……」


 こんな時、どう返事をすればいいのかよくわからない。

 とりあえずオッケーを出してみたがどうだろう。

 理恵先輩になにかあったのかな?

 それとも香奈姉ちゃんが近くにいることを察知したのか?

 僕にとっては、どっちでもいい事だけど。


「それじゃ、わたしの家に行きましょ」


 理恵先輩は、迷わずに僕の腕を引っ張っていく。

 ちなみに僕の家からは逆の方向だ。

 理恵先輩だから、なにもないことはわかってはいるが、それでもドキドキしてしまうのは仕方のないことである。


 理恵先輩の家にたどり着くと、さっそく理恵先輩が先に家の中に入っていく。


「ちょっと待っててね」


 という言葉を残して。

 玄関先で待つ身としては、階段を登っていく理恵先輩を見送るのだが、ミニスカートで登っていくのは、少しだけ無防備な気がするが……。

 このアングルからだと、中の下着がチラ見えしてしまうのが…きっと本人にはわからないんだろうな。

 ちなみに下着の色は…これは言わない方がいいだろう。

 この場合、僕はおとなしく待つしかない。

 しばらくすると理恵先輩が階段から降りてくる。


「お待たせ、楓君。どうぞ上がって──」


 着替えを済ませてきたのか、今度のは少しだけオシャレな格好だ。

 履いていたニーソックスをやめて、あろうことかルーズソックスに履き変えている。

 さっきと変わらない感じだが、なんとなく今の方がいいかもしれない。

 あまり綺麗な脚じゃないって本人は言っていたが、そんなことはないし。

 どうにも理恵先輩は、意図的に目立たないようにまわりに気を遣っているみたいだ。

 ナンパされるのってすごく嫌うみたいだからな。

 そういう僕も、ナンパされるのは嫌だ。


「お邪魔します」


 促されるままに僕は理恵先輩の家の中に入っていく。

 やっぱり女の子の家に入るのは、緊張してしまう。

 なにかされるんじゃないかって思ってしまうところがある。

 理恵先輩に限って、そんなことはないんだろうけど。

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