第二十五話・8

 私たちバンドメンバーの集合場所は、基本的に私の部屋だ。

 決して広いわけではないが、それでじゅうぶんだ。

 私たちの場合は、ちょっとしたコミュニケーションをとる時などに集まっている。

 みんなの狙いは言うまでもなく──


「ねぇ、楓君。この衣装はどうかな? 似合ってるかな?」


 先に動いたのは理恵ちゃんだった。

 考えることは、私と一緒か。

 楓は、なにをするでもなく窓から外を見ていた。

 黒を基調としたお洒落なデザインの衣装だ。

 下はミニスカートではなく、ロングスカートになっている。

 ロングスカートの裾の辺りには、白いフリルが付いていた。

 普通に見たら、とても可愛いファッションだ。


「良いんじゃないかな。それって、次のライブの衣装?」

「うん。もちろん楓君のぶんもあるから、安心してね」

「あー、うん……。それはそれで楽しみにしたいかな」


 楓は、苦笑いをしてそう言っていた。

 理恵ちゃんの場合、衣装作りを担当しているのもあって、次のライブで私たちが着る衣装もしっかり用意しているのだ。

 しかし、楓はどこか表情がひきつっている。

 なにか問題でもあったんだろうか?

 もしかしてストッキングがないから、そこを気にしてるのかな。

 そこに気づいたのか、理恵ちゃんは言った。


「大丈夫だよ。楓君なら、きっと似合うから」


 あくまでも笑顔である。

 しかも女の子用のスパッツを取り出して、わざわざ楓に見せている。

 あきらかにソレを穿いてほしいって言ってるようなものだ。

 ストッキングなら、まだわかるんだけど……。

 スパッツなんて穿いたら、楓の大事なあそこが締め付けられて、小さくなりそうな気がする。


「いや……。それを穿くのは、さすがにちょっと……」

「え~。ダメ? 楓君なら大丈夫だと思うんだけどな。サイズ的にも、楓君に合うようにわざわざ──」

「理恵ちゃん。男が女の子用のスパッツなんて無理があるよ。弟くんのことを考えるならストッキングの方がいいかも」


 それは、あくまでも女の子用のスパッツだ。

 男が穿くようにはできていない。

 穿かせるとしたらストッキングが限界だと思う。


「そうかなぁ……。似合うと思うんだけどな……」


 理恵ちゃんは、残念そうにそう言ってスパッツをリュックの中に仕舞った。

 どうやら理恵ちゃんは、楓の大事なあそこの大きさを理解してないみたいだ。

 そうじゃなきゃ、スパッツなんて楓に見せないと思うし。


「とにかく。弟くんにはストッキングに合わせるような衣装をお願いできるかな?」

「香奈ちゃんがそう言うなら。その代わり、わたしたちのはスパッツとかはないからね」

「どうして?」


 スパッツとかがないっていうことは、スカートの中は下着になってしまう。

 なにかあったんだろうか。


「楓君の衣装のことばっかり考えていたから、わたしたちの衣装に合わせるストッキングのことまで考えてなかったのよ。どうせロングスカートになるんだし、スカートの中を見られる心配はないかと思って──」

「なるほど」

「それってドラムやってる私にとっては、ちょっと死活問題かも……」


 美沙ちゃんがボソリと言う。

 たしかに死活問題かもしれない。

 ドラムは、演奏する都合上どうしてもガニ股になってしまう。

 そうしたら、とあるアングルからだとどうしても丸見えになってしまうから。

 しかし、それをわかっているのかどうかは知らないが理恵ちゃんは言う。


「美沙ちゃんなら、大丈夫だよ。多少見られたって、恥ずかしくないよ」

「どうして恥ずかしくないの?」

「だって美沙ちゃんの穿いてる下着って、あまり可愛いものは穿いてないじゃない。それって、見られても大丈夫なものを選んでるってことでしょ?」

「たしかに、あんまり可愛い下着は穿いてないけど……。だからって、見られて平気っていうわけではなくて……」


 美沙ちゃんは、らしくもなく恥ずかしそうに体をもじもじとさせてそう言った。

 楓がいるからよけいに恥ずかしいのかな。

 楓は、黙って私を見ている。

 私の方を見られても……。

 私も、そこまで可愛い下着は身につけてはいない。

 あくまでもライブに立つために身につけた普通のものだ。


「だからいつも可愛い下着じゃなくて、控えめな下着なのか。なるほど」


 理恵ちゃんは、納得したのかそう言っていた。

 理恵ちゃんだって、人のことは言えないはずなのに。


「地味に納得しないでよ。下着の方は、ただでさえ恥ずかしいんだから」


 気がつけば、美沙ちゃんは顔どころか耳まで真っ赤だった。

 美沙ちゃんだって、下着を見られてしまったら恥ずかしいだろうし。当然の反応だろう。

 奈緒ちゃんは、微妙な表情でなぜかスカートを押さえてジッとしている。

 なにかあったのかな?


「どうしたの、奈緒ちゃん? なにかあった?」


 私は、気になって奈緒ちゃんに訊いてみる。

 奈緒ちゃんは頬を赤くしていて、とても恥ずかしそうな様子だった。


「下着って言われてちょっとね……。あたしも、可愛いものは穿いてないからさ……。こだわった方がいいのかなって」

「なるほど」


 それを聞いて、私も納得してしまう。

 私自身も、そこまで下着にこだわってないから、可愛い下着とかは穿いていない。


「あの……。それって、僕が聞いてもいい話なの?」


 楓は、意を決したかのようにそう訊いてきた。

 見た感じ、とても居心地が悪そうだ。

 それもそうだろう。

 私の部屋で、今穿いてる下着の話なんてされたら、男の子である楓にとってはちょっと刺激が強いと思うし。


「別に構わないよ。あたしにとっては、ぜひ聞いてほしい話だし──」

「でもさ。このアングルからだと……」


 楓は、なぜだか居心地が悪そうにソワソワしている。

 その原因は、すぐにわかってしまう。

 そういえば楓は、いつものように床に座っている。

 奈緒ちゃんと美沙ちゃんも、たしかに床に座っているが、問題なのは座り方だ。

 スカートを穿いているとは思えないくらいにしてだらしなく脚を伸ばし、中の下着が丸見えになっている。

 それこそ無防備なくらいにして──

 しかし奈緒ちゃんと美沙ちゃんには、あんまり響いていないのか、逆に悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「どうしたの? なにかあった?」

「いや……。その……」

「なにもないよね。いつものことだし──」

「目を逸らさないでしっかり見なさいよね。楓君ならいつも、褒めてくれるじゃない」

「さすがに、その座り方は褒められるようなものじゃないと思う」


 楓は、そう言って2人から目を逸らす。

 さすがの私も、そんな座り方はしない。

 2人にとっては、そんなことを言われても実感がないのかもしれないが。


「なにか問題でもあるかなぁ」

「う~ん……。普段どおりだと思うけど……」


 奈緒ちゃんと美沙ちゃんは、顔を見合わせてそう言っていた。

 2人ともとても不思議そうな表情をしている。

 その顔は、あんまりわかっていないな。

 私も、人のことは言えないから、なんともいえないが。

 楓ったら、私たちの裸はしっかりと見るのに、スカートの中の下着はあんまり見ないって、どういう心理なんだろう。

 ちょっと不思議だ。

 なにかしらの需要があるんだろうか?


「僕にとっては、じゅうぶんに刺激が強くて──」

「それだけ楓君が真面目なんだと思うよ。配慮もしっかりときいてるし」

「そうかな? 僕的には、ただ普通にしてるだけなんだけど……」

「それだよ。その普通がいいんだよ。わたしは、そんな楓君が好きなんだ」


 理恵ちゃんは、恥じらいがあるのか、下着が見えないようにしっかりとスカートを押さえて隠している。


「理恵先輩にそう言われると、逆に恥ずかしいかも……」

「恥ずかしがることはないよ。香奈ちゃんだって、楓君のそういうところが好きになんだし。自信を持っていいよ」

「う、うん」


 楓は頷いてはいたが、あんまり実感はないみたいだった。

 これは普段の素行が影響しているので、楓にとっては、なんのことなのかわからないと思う。

 そのあたりは、さすがの私も教えることはできない。

 だけど、理恵ちゃんがそんな風にはっきり言うのはめずらしいことだ。

 ただでさえ理恵ちゃんは、自己主張はあんまりしない控えめなタイプなのだから。

 楓からしたら、理恵ちゃんに言われるのは、かえって説得力があったのかもしれない。

 この場合、私はどうすればいいんだろう。

 2人きりじゃないから、なにをすればいいのかわからない。

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