第二十三話・6

 私が次にやってきたのは喫茶店だった。

 私たちは、店員さんに案内された席に着き、渡されたメニュー表を確認する。

 そんな中、私はこっそりと楓の様子を伺う。

 楓からは、緊張した様子はない。

 いつもの楓だ。

 まぁ、デート中に固まられたら私の方が困るし。

 どっちかっていうと、今日は楓からのアプローチを期待してるんだけど。

 この様子だと、楓からのアプローチは期待薄だな。


「何にするか決まった?」

「うん。僕は、『いつもの』でいいかな」


 まさに即答って感じである。

 楓の『いつもの』っていうのは、ブラックコーヒーだ。


「そっか。それじゃ、私も同じでいいかな」


 ちなみに私も、好みは楓と同じである。

 だから楓とは趣味も合う。

 お互いに注文を済ませると、楓はいつもの表情で私のことを見てくる。

 楓のことについては、ある程度は私も理解しているつもりだ。


「どうしたの?」

「そのぬいぐるみ。香奈姉ちゃんと合わせると、ずいぶんと可愛く見えてしまうなって思ってさ」

「可愛くって……。これでも私は、楓のお姉ちゃん的な役割なんだけど。その辺りは間違わないでよね!」

「わかってるって」

「ホントかなぁ。なんか怪しいなぁ」


 私は、訝しげな表情で楓のことを睨む。

 別に楓のことを嫌っているわけではない。

 少しからかってやろうと思っただけだ。


「そ、そんな顔しないでよ。僕はいつもの香奈姉ちゃんが好きなのに……」

「うふふ。冗談だよ。弟くんは、ホント揶揄いがいがあるから、いいんだよね」

「香奈姉ちゃん……」


 楓は、なんとも言えない複雑な表情をする。

 怒っているわけではないと思いたいけど。

 私は、猫のぬいぐるみを楓に見せて笑顔で聞いてみた。


「もしかして、このぬいぐるみに嫉妬しちゃった?」

「そんなことはないけど……」


 楓の様子を察するに、私のことを心配しているみたいだ。

 そんな気遣いがとても嬉しかったりする。

 そんなこんなで注文したものが運ばれてきた。


「お待たせ致しました。ご注文のものは、これで全てになります。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 店員さんは、そう言うと伝票をテーブルの上に置いて優雅な足取りで席から離れていった。

 店員さんの優しい言葉に、私たちは自然と笑顔になる。


「それで。ここに来たってことは、何か僕に言いたいことがあるから、だよね?」


 頼んだブラックコーヒーを飲んでしばらく経った後、楓はそう言ってきた。


「え?」


 いきなりのことに、私は唖然となってしまう。

 突然なんの話だろう。

 別に言いたいこととかはないんだけど……。


「もしかして、ベース担当の方に他に良い人が見つかったとか──」

「いや。弟くん以外に良い人は見つかってはいないかな」

「それじゃ、他に気になる人がいるとか──」

「そんな人もいないかな」

「それじゃ──」


 さらに言おうとする楓を、私は楓の口元に指を添えて制する。


「私は、弟くんの『彼女』だよ。そんな人は絶対に作らないし、これからも作るつもりはないよ」

「………」


 楓は、私の言葉を聞いて押し黙ってしまう。

 きっといきなりのデートだったから、不安や緊張があったんだな。

 私は、単純に喫茶店でコーヒーを飲みながらゆっくりしたかっただけなんだけど。

 どうやら楓には、そんな余裕はなかったらしい。


「でも……。香奈姉ちゃんは──」

「もう。弟くんは心配症だなぁ。私は、むしろ弟くんの方が心配なんだけどな……」

「僕のことが? 一体、何のことで──」


 無自覚っていうのは、ホントに怖いな。

 ここまでくると、言ってしまってもいいのかなって思ってしまうくらいだ。


「そんなの。自分で考えなさいよね」


 でも言うのはやっぱりやめておく。

 こういう事は本人が自覚すべきだと思う。


「う~ん……。自分で、か」


 楓は、よくわかっていないのか悩ましげな表情でそう言っていた。

 どうやら、ホントによくわかっていないらしい。

 私のことが好きなのは嬉しいけど、他の女の子たちの事まで気にかけるのは、あまりいい気がしないな。

 浮気されているみたいで、気持ちが落ち着かない。

 こんな時は──

 ブラックコーヒーを飲んで、気持ちを落ち着かせた方がいい。

 楓は、気持ちを切り替えるかのように私のことを見てブラックコーヒーを飲んでいた。

 一体、どんな結論を出したんだろうか。

 とても気になるけれど、敢えて聞かない方がよさそうだ。


 楓とのデートは、やっぱり楽しい。

 暇があれば積極的にデートに誘いたいが、もう少しでそれもできなくなるだろう。

 あと少しで進学のための勉強や試験があるので、楓とこうして遊べるのは今しかない。


「弟くん。良かったら、もう少しだけ付き合ってくれないかな?」

「もう少しだけ? それって」

「うん。もちろん、デートの続きだよ。…ダメだったりする?」


 私は、チラリと楓の方を見る。

 私が知る限りでは、今日の予定はないと思う。

 だから断る理由はないはずだ。


「別にいいけど……」


 私の思ったとおり、楓はそう言った。

 その返答を聞いた途端、私は妙に嬉しくなる。

 私は、しっかりと楓の手を取って言った。


「弟くんなら、そう言うと思っていたよ。それじゃ、行こっか?」

「うん」


 楓は、まんざらでもないような表情で頷く。

 どちらかと言うと、楓は私にリードされている時がちょうどいいのかもしれない。

 楓自身も、私にリードされてる事に対してうるさくは言わないし。

 きっと私に気を遣って、色々と考えてくれてるんだろう。

 そういう事なら、私が気にする必要はなさそうだ。

 とりあえず、本屋さんから行ってみようかな。

 良い参考書があればいいんだけど。


 どうしてナンパって無くならないんだろう。

 楓をベンチに待たせて、私1人で行動している時に限って話しかけてくる男性たちの神経の図太さはどこからきてるんだろうか。


「ねぇ、一緒にお茶でもどう?」

「良かったら、俺たちと一緒に──」

「………」


 お手洗いに行くために、少しの間だけ楓から離れたんだけど、その瞬間に話しかけてくるのって絶対に狙っていたとしか思えない。

 しかも目の前に立たれると邪魔でしょうがないんだけどなぁ。


「少しくらい、良いでしょ?」


 1人の男性は、そう言って私の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。

 私はするりとそれを躱し、楓のところにまっすぐ向かう。

 無視をして反応しないのだったら、それは『拒否』ということだと思うだろう。

 しかしあきらめが悪いのか、男性たちは私の後をついてくる。


「ねぇ、待ってよ~」


 私は構わず楓のところに行き、わざわざ彼の前に立って、手を差し伸べた。

 いつもの笑顔を見せて──


「お待たせ、『楓』。はやく行こう」


 楓には、私の姿がどんな風に映っているんだろう。

 やっぱり、もうちょっとお洒落な服装で来るべきだったかな。

 いや。お洒落な格好じゃなかったら、ナンパなんてされないか。


「うん」


 楓は、私の背後にいる男性たちに怪訝な表情を見せていたが、すぐに笑顔になり私の手を取った。


「ちっ。彼氏付きかよ」

「あーあ。残念……」


 男性たちは、あきらめてくれたのか少しだけ悔しそうな表情を浮かべながら立ち去っていく。

 最初から彼らと一緒に歩くつもりはないから、別にいいんだけど。

 私は、さっそく楓の手を引いて走りだす。


「あの……。香奈姉ちゃん。次はどこに?」

「たどり着くまでのお楽しみかな」

「それって──」


 楓は、何かを言いかけたが途中でやめてしまう。

 きっと聞いても無意味だと思ったんだろう。

 楓って、どこか引っ込み思案なところがあるから。

 良く言えば、思慮深いって事なんだけど。

 私は楓の期待に応えるべく、次はどこに行こうかと考えながら楓の手を引いて走っていた。

 ワンピースのスカートの部分の丈が少し短いから、もしかしたら中の下着を見られてしまっているかもしれない。

 ちなみに今日の下着は、そんな可愛いものを穿いているわけではないから、もしも見られてしまったら……。

 ちょっと恥ずかしいかも。

 杞憂だといいんだけど。

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