第二十三話・5

 香奈姉ちゃんと一緒に街中を歩いていると、嫌でも男の人たちの視線が突き刺さってくる。

 僕が『彼氏』なのがわかると一様にして舌打ちとかしていた。

 あわよくば、ナンパしようとか考えていたんだろうか。

 普通に見ても、香奈姉ちゃんって美人だからな。

 一緒に歩いていて、それがよくわかる。

 今日も白を基調としたワンピースというお洒落で可愛い格好で僕と歩いているから、デートにも気を遣っているんだろう。

 だからこそなのか、緊張してしまう。

 香奈姉ちゃん自身はその自覚がないのか、僕の腕にギュッとしがみついている。

 いつもどおり、と言った方がいいかもしれない。


「どうしたの、弟くん? さっきから、ずっと黙ったままだけど……。何か良くない事でもあった?」


 と、香奈姉ちゃんはそう言って僕の顔を覗き込んできた。とても心配そうな表情で、である。

 香奈姉ちゃんの綺麗な顔が間近に──

 こんな時は、どんな反応をすればいいのかな。

 とりあえず、いつもどおりの毅然とした表情をしていれば大丈夫だろう。


「ううん。特に何もなかったけど……」

「そっかぁ。『何も』なかったんだ。『何も』、ねぇ……」


 香奈姉ちゃんは、そう言ってあたかも意味ありげな表情を浮かべる。

 にわかに笑みを浮かべているような。

 ホントに何もないんだけど。

 香奈姉ちゃん的には、僕が何か隠し事をしているかのように思えてしまうのかもしれない。

 実際には、隠し事なんてしてないんだけど。

 香奈姉ちゃんは、そんな僕にさらに言ってくる。


「安心して弟くん。弟くんの事は、私がしっかりと守ってあげるからね。だから、お姉ちゃんに任せなさい!」

「いやいや……。香奈姉ちゃんに任せたら、ダメでしょ。こういうのは、男である僕が──」

「弟くんの気持ちは嬉しいけど──。やっぱりね。こういうのは、お互いの思いやりだと思うんだ。だから、ね」


 何かにつけて、香奈姉ちゃんがリードしたいんだな。

 香奈姉ちゃんって、束縛されるのって好きな方じゃないから、デートの時やスキンシップはなるべく香奈姉ちゃんに任せているけど。


「うん……。香奈姉ちゃんに任せようかな」


 だからこそ僕は、そう言うしかない。

 なんだか香奈姉ちゃんにばかり頼ってしまっているけど、いいのかな?

 デートの時くらい、男らしいところを見せたいと思うのは、僕の独り善がりなんだろうか。


「それじゃ、行こう!」


 香奈姉ちゃんは、とても嬉しそうな表情で僕の腕をグイッと引っ張っていく。

 今回は、どこに連れていくつもりなんだろう。

 そんなことを考えながら、僕は微笑を浮かべて香奈姉ちゃんの後ろ姿を見ていた。

 なんとなくだけど、僕は香奈姉ちゃんの後ろ姿を見ている方が落ち着く気がする。

 別に階段を上る時にワンピースのスカートが翻ってチラリと見えてしまうピンク色の下着が見たいわけではないんだけど。

 香奈姉ちゃんって、そこのあたりが無防備だからなぁ。

 しっかりと見てガードしていないと危険だ。


 やってきたのは、いつもの場所にあるゲームセンターだった。

 デートをする場所としては少し子供じみてるような気もするけど、この際何も言わないでおく。

 香奈姉ちゃんがなんの用事も無しにここに来ること自体、めずらしい事だからだ。

 たしかこの間は、いつものバンドメンバーたちとプリクラを撮ったような。

 今回は、何をしに来たんだろうか。

 そんなことを考えていた時、香奈姉ちゃんはいつもの表情で言ってくる。


「ねぇ、弟くん。たしかクレーンゲームは得意だったわよね?」

「得意って言うか、その……。あの時は……」

「わかってる。花音が無理を言ったんでしょ?」

「無理って言うか、なんというか……。僕のできる範囲でやってあげたと言った方が正しいかも」

「とにかく。クレーンゲームは得意なんだよね?」

「うん。得意かどうかは僕自身わからないけど、普通にできるよ」

「そっか。それならさ、取ってほしいぬいぐるみがあるんだ。…いいかな?」


 香奈姉ちゃんが、こうやってお願いしてくるのって、とても稀な事かもしれない。

 普段から、自分のことは自分自身で解決してしまうから、僕に頼むまでもなく終わらせるはずだ。

 そんな香奈姉ちゃんからの頼み──受けるべきだろうか。

 なんにせよ断る理由は、ない。


「いいよ。どれが欲しいの?」


 僕は、微笑を浮かべてそう答える。

 すると香奈姉ちゃんは、とても嬉しそうな表情で絡めていた僕の腕をグイッと引っ張っていく。


「こっちだよ」


 そんな引っ張らなくても、ちゃんとついていくから大丈夫なのに……。

 目的の場所の前までやってくると、香奈姉ちゃんがとあるぬいぐるみを指差す。


「これなんだけど……。獲れそうかな?」


 そのぬいぐるみは、そこまでは大きくはない。

 かと言って、そんなに小さくもない。

 どちらかと言えば、手に持って中くらいの大きさだ。

 そのくらいの大きさの猫のぬいぐるみだった。

 香奈姉ちゃんが欲しがるところを見ると、それは、今、流行りのものなんだろう。

 僕には、さっぱりわからないけど……。

 少なくともクレーンゲームの景品にしては、ちょうどいいくらいのものだと思う。


「とりあえず、やってみるよ」


 僕は、そう言ってお金を入れてやってみる。

 こういうのは、数回やって獲れればちょうどいい。

 クレーンゲームは得意な方だけど、あまり好んではやってないからなぁ。

 コツさえ掴めば簡単だとは思うけど、最近のはどうだろう。

 僕は、覚えている感覚だけでクレーンを動かしていく。

 クレーンはうまくぬいぐるみを引っ掛けて取り出し口まで運んで──いったと思ったら、途中でぬいぐるみを落としてしまう。


「あっ! 惜しい! もうちょっとなのに!」


 と、香奈姉ちゃんが悔しそうにそう言う。

 よっぽど、このぬいぐるみが欲しいのかな。

 香奈姉ちゃんほどの人が、ぬいぐるみなんて……。

 そんな事を言ったら絶対に怒りそうなのでやめておく。


「もう一回やってみるね」


 僕は再びお金を投入し、もう一度やってみる。

 このくらいの距離なら大丈夫そうだ。

 案の定、猫のぬいぐるみはうまく引っ掛かり、無事に取り出し口に落ちた。


「やった! うまくいったね。弟くん!」


 香奈姉ちゃんは、嬉しそうに猫のぬいぐるみを手に取る。

 僕は、そんな香奈姉ちゃんが可愛く見えてしまい、つい微笑を浮かべていた。


「うん。腕はそんなに鈍っていなかったから、安心したよ」

「えへへ~。こういうのは、やっぱり弟くんじゃなきゃダメだね」


 香奈姉ちゃんは、とても嬉しいのかにへらっと緩んだ表情をしてしまう。

 頼むからその緩んだ表情はやめてほしい。

 いつものしっかりとした香奈姉ちゃんはどこにいったんだ。


「表情が緩んでるよ。いつもの香奈姉ちゃんは、どうしたの?」

「いつものしっかりとした私は、デート中にはいないんだよ。ここにいる私は、弟くんの『彼女』としているから多少はね」

「多少、か」

「やっぱり弟くん的には、いつもの私が良かった?」


 そんな不安そうな顔をしなくても……。

 僕は、どんな香奈姉ちゃんだって受け止めるよ。


「そんなことないよ。僕は、どんな香奈姉ちゃんでも『好きだ』って言えるよ」

「っ……!」


 香奈姉ちゃんは、急に恥ずかしくなったのか顔が真っ赤になる。


「もう! 弟くんったら」


 本来ゲームセンターで言うことではないと思いつつも、事実なのでそこは否定しない。

 香奈姉ちゃんは、再び僕の腕にギュッとしがみついてきた。そして、僕の耳元で囁くように言う。


「帰ったら、いい事しようね。それまでは、私とのデートを楽しもう」

「っ……!」


 今度は、僕の方が心をかき乱されてしまった。

 よっぽど猫のぬいぐるみが獲れたのが嬉しかったんだな。香奈姉ちゃん。

 それにしても。

 いい事ってなんなんだろう。

 僕的には、そっちの方が気になるんだけど。

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