第十八話・2

 やっぱりこんな寒い日に、この服装は失敗だったかもしれないな。

 どんなに暖かいジャケットを羽織っても、中に着てる服が薄着だと、なんの意味もない。


「うぅ……。寒いなぁ。今日って、こんなに寒かったかなぁ」

「今日は冷えるって、天気予報でやってたからね。そんな薄着だと、寒く感じるのも当たり前かと──」


 寒くて体をブルブルさせてる私に、楓は冷静に言う。

 こんな時、私の体を優しく抱きしめて


『僕が暖めてあげるよ』


 と言ってくれたら、最高なんだけど……。

 楓の性格上、そんなシチュエーションは期待できそうにないよね。

 そう思っていたんだけど、楓ったら、大胆にも私の体を優しく抱きしめてきた。


「っ……!」

「これだったら、寒くないよね?」


 楓の顔を見ると、恥ずかしそうに顔を赤くして私から視線を逸らしている。

 やる時はやってくれるんだ。

 楓も、少しは成長したじゃない。

 ──暖かい。

 楓のぬくもりが、体に伝わってくる。

 でも、街中でこういうことはやめてほしいかも……。

 私が誘った事とはいえ、いざそんなことをやられてしまうと、やっぱり恥ずかしい。


「もう大丈夫だから──」


 私は、それだけ言って楓の体からそっと離れる。

 これ以上くっついていたら、私自身、どうなってしまうかわからない。

 下手をしたら、こんな街中で人目も憚らず楓に甘えてしまうかもしれない。

 そんなことは、お姉ちゃんとしてあってはならないと思う。

 ここは我慢しなきゃ。


「無理しないでね。香奈姉ちゃん」


 楓は、微笑を浮かべていた。

 私に気を遣っているんだろう。

 楓の方からもっと積極的にくっついてきてもいいのに……。

 そうした私の本音なんて、楓には聞こえるわけがないよね。

 楓は、私を安心させるためなのか手を握ってくる。


「今度は、どこへ行こうか?」

「う~ん。そうねぇ。ゲーセンとかはどうかな?」

「ゲーセンか……」

「ダメかな?」


 私は、不安そうな表情を浮かべ訊いてみた。

 ゲームとかはあんまりしないっていう印象なんだけど、どうなんだろう。

 私がゲーセンに行く目的は、キャッチャー系とプリクラなんだけど。


「香奈姉ちゃんが行きたいなら、断る理由なんてないよ。…行ってみようか」

「うん!」


 私は、笑顔を浮かべて頷くと、楓の手を引いて走り出した。


「わっ。ちょっと……」


 楓は、戸惑い気味だが、それでも後をついてくる。

 ゲームセンターに向かうまでの間は、この手は絶対に離さないんだからね。


 冬休み中だけあってゲームセンターには、たくさんの人たちがやってきていた。

 ここにやってきている人たちの目的は、本当に色々だと思う。

 ナンパだったり、純粋にゲームに興じていたりなど、さまざまだ。

 ちなみに私がゲーセンにやってきた目的は、さっきも言ったとおりキャッチャー系とプリクラだ。

 楓は、どうなんだろう。

 見た感じ、これから何かのゲームをやるっていう態度ではないけれど。

 私は、確認するかのようにそう訊いていた。


「楓は、何かやりたいものでもある?」

「特には何も──。香奈姉ちゃんは? 何かやりたいゲームとかってあるの?」

「私も特にはないかな」

「そっか」


 楓は、相槌をうつ。

 顔には出していないけど、いかにも『だったら、なぜゲーセンに?』って、聞きたそうな表情をしているし。

 この場合、言った方がいいのかな。

 一緒にプリクラ撮りたいって言ったら、楓はなんて答えるだろうか。


「たしかにやりたいゲームは特にないけど。プリクラを撮りたいなって思ってね」

「そうなんだ。だったら、僕はこの辺りで待っていようかな」

「それはダメだよ」


 楓の提案を、私は普通に拒否する。

 案の定、楓は思案げな表情で訊いてきた。


「どうして?」

「楓は、私と一緒にプリクラを撮るからだよ」

「それって……。あんなところに、香奈姉ちゃんと一緒に行くの?」

「プリクラは、一人で撮るものじゃないんだよ。彼氏とか親友と一緒に撮るものなの」

「だけど……」


 楓が言いたいことはよくわかる。

 プリクラを置いている場所は、たしかに女の子たちがたくさんいて、少し騒がしい。

 そんな中に楓を連れていくのは、正直気が引けるくらいだ。だけど、今日は楓と二人っきりである。

 こんなチャンスは、二度とないんじゃないだろうか。


「──ほら。とにかく行くよ。今日は、思いっきり楽しもう」

「う、うん」


 楓は、固い表情のまま頷いていた。

 そんなに私と二人っきりで歩くというのは、緊張してしまうんだろうか。

 私にとっては、この二人っきりというのが、なかなか難しいというのに……。

 最近なんて、花音なんかがさりげなくアプローチしてるくらいだ。

 ──とにかく。

 楓と付き合っているという記念になるものが、一つは欲しい。

 誕生日プレゼントはたしかに貰ったが、毎年貰っているから、記念にはならないし。

 こうなると、それに相応しいのはプリクラくらいじゃないだろうか。

 財布にも、優しいしね。


 楓は緊張してるのか、終始固い表情のまま私の手を握っていた。

 私は、ふぅっとため息を吐いて楓に言う。


「肩の力を抜いて。それに表情が固いよ」

「う、うん。わかってはいるんだけど……」


 やっぱり初めてのプリクラは、緊張してしまうものなのかな。

 しょうがない。これも楓との記念のため。

 私は、思い切って楓の頬をつねる。

 しかも両側の頬だ。


「いへ(痛)っ! ひょっ(ちょっ)……⁉︎ はな(香奈)姉ちゃん⁉︎」


 楓は、予想通りの反応を見せた。

 キスでもよかったんだけど、それは家に帰る時にしたかったので、ここは敢えて頬をつねるだけにとどめる。


「どう? 緊張はほぐれた?」


 私はつねるのをやめて、楓の顔を真正面から見つめてそう訊いていた。

 楓に緊張されたら、良いものが撮れなくなっちゃうからそうしたんだけど。効果はあったみたいだ。

 楓は、私の顔を見て安心したのか、微笑を浮かべる。


「うん。香奈姉ちゃんのおかげで、緊張はほぐれたよ」

「そう。それなら、よかった」


 楓の様子を見る限り、大丈夫そうだ。少しだけ赤くなった頬は痛そうだけど……。

 これなら、プリクラを撮っても問題はないだろう。


「それじゃ、お金を入れるね」


 楓の返事を待つより早く、私はお金を投入する。

 あとは簡単な操作をいくつか行ってから、写真を撮るのと同じ要領でポーズを決めるわけだけど。


「それじゃ、撮るよ。1、2、3、はい」


 その掛け声と同時に、私は笑顔で楓に寄りかかる。


「え、ちょっ……」


 パシャッ──。

 楓の声と同時にシャッター音が鳴った。

 この瞬間を待っていたと言ってもいいほど、タイミングとしてはバッチリだ。

 写真が撮れた時は、私は屈託のない笑顔を浮かべていて楓は困惑した瞬間だった。

 プリクラの写真としてはよく撮れていたし、私としては良かったかな。


「──さて。良い写真も撮れたし。次は、キャッチャーでもやってみようか?」


 私は、撮ったプリクラ写真をバッグの中に仕舞うと、楓の腕にそっと寄り添った。

 お姉ちゃんとしては、楓にもっと甘えたいんだけど。

 そんなわけにもいかないよね。

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