第二十四話・11
千聖とのデートを無事に終えると、僕は予定通りいつものお店に行き、買い物をし始めた。
いつものお店というのは、他でもなくただのスーパーだ。
何をしにきたかと言われたら、答えは一つしかない。
食料品が無くなったので、買いに来ただけである。
本当は1人で来るつもりだったんだけど。
「楓君は、なにを買うつもりでここに来たのかな?」
千聖は、いつもの笑顔でそう訊いてくる。
デートが終わった後も、なぜか一緒についてきたのだ。
まるで僕のことを見張るかのようにして……。
「いや。家にある食料品が無くなったから、買いにきただけだよ。特に深い意味は無くて──」
「ふ~ん。そう……」
僕がそう言っても、千聖は信じてなさそうな感じである。
もしかして、疑ってるのかな。
嘘は言ってないんだけど……。
「無理してついてこなくても、良かったんだよ。ホントにただの買い物だからさ。千聖さんには、つまんないと思うし」
「つまんなくはないよ。ただ──」
「ん? どうしたの?」
「楓君は、こういったところで買い物をするんだなって思って……」
千聖は、少しだけ驚いた様子でそう言っていた。
どういう意味だろう?
たしかに普段の買い物なら、ここで済ませる場合が多いけど。
「まぁ、自分の家から近いしね」
僕は、そう言って慣れた感じで買い物カゴに食料品などを入れていく。
必要なものはちゃんとメモに書いておいたから、買うものを忘れずにスムーズに入れていく事ができる。
千聖は、悪戯っぽい笑みを浮かべ、ちょっとだけねだるように言ってきた。
「そうなんだ。楓君の家が近くにあるのか。ちょっと行ってみたいな……」
「いや……。さすがにそれは……」
「ダメなの? こんなに頼んでるのに?」
そんな上目遣いで見てこられても……。
僕には、そんな重要なことを勝手には決められない。
「たぶん香奈姉ちゃんがいると思うし……。無理かも……」
「まぁ、それなら仕方ないか。また今度っていうことで──」
「うん。また今度かな」
実際、家に帰ったら香奈姉ちゃんがいるのは、いつものことだ。
なにしろ僕のことが心配で、今回のおでかけに関しても、ついていくって言ってきかなかったくらいだったから。
まさか千聖とデートをする事になるとは思わなかったから、家に帰るのがちょっとだけ怖かったりする。
まぁ、買い物と言っても、いつ頃なら帰れるとかはハッキリと言ってないので、特に言われたりはしないだろうと思う。
「そういうことなら、ゆっくりと買い物を楽しもうよ」
千聖は、そう言って僕の腕にしがみついてくる。
なんだかとても楽しそうにも見えるのは、僕だけだろうか。
「それは、ちょっと難しいかも……」
僕は、周りの人たちの視線もあってか苦笑いを浮かべていた。
せめて恋人同士と見られないようにと願うばかりだ。
買い物が終わってそのまま千聖と別れ、まっすぐ家に帰ってくると、やはりというべきか香奈姉ちゃんが待っていた。
玄関先でのその立ち姿は、ものすごく迫力がある。
格好は、今穿いているミニスカートに合わせたような服装で、女の子らしかったけど……。
香奈姉ちゃんは、あくまでも笑顔で訊いてきた。
「ずいぶんと帰りが遅かったね。一体、どこに行っていたのかな?」
「あ、いや……。えっと……」
どうにも一口で説明できない。
買い物って言えば、それはそれで間違いないんだけど、時間がかかりすぎているから、まず信じてはもらえないだろう。
──さて。
どう説明したらいいんだろう。
そうして答えるのに躊躇していると、香奈姉ちゃんはいきなり顔を近づけてきて、匂いを嗅ぎ始めた。
僕は、香奈姉ちゃんのいきなりの行動に驚いてしまう。
「ど、どうしたの?」
「んー。なんとなくね。香水の匂いがしてるなって思って」
「こ、香水?」
たしかに千聖からは何かしらの香水の匂いはしたけど。
気になるほどのものでは……。
なんというか、目的はそれなんだろうな。
「うん。これは、あきらかに女の子が男の子とデートに行く時につけるような匂いの香水かな」
香奈姉ちゃんは、ジト目でそんなことを言った。
香水の匂いだけでそこまでわかるのは、もはやすごいとすら言える。
「そ、そうなんだ。他の人の香水の匂いがうつったとか、そんなことはないんだね」
「それはあるかもだけど、そのタイプの匂いは薄いタイプのものだから、よほどの事がない限り匂いがうつることはないんだよ」
そこまでお見通しなんだ。
なんていうか、もうバレちゃってるんじゃ……。
香奈姉ちゃんは、僕の顔の前まで顔を近づけてくる。
威圧的な表情でありながらも、あくまでも笑顔で──
「──さて。今日は、誰とどこに行っていたのかな?」
「あ、その……」
これは、とても言い逃れができる状況じゃない。
そんなことをしたら、確実に一緒のお風呂で過度のスキンシップ確定だ。
ただでさえ、スキンシップは激しいのに……。
「これはもう、一緒にお風呂確定かなぁ」
「いや、その……。それだけは勘弁してほしいかなって──」
「勘弁するわけないじゃない。弟くんと一緒にお風呂に入るのは、私の楽しみの一つなんだから」
「やっぱり確定事項なんだ……。わかってはいたことだけど」
「そうだよ。弟くんは、他の女の子に靡いちゃったらダメなんだから……。私が高校を卒業して大学生になっても、それは変わらないんだからね」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕の手をギュッと握ってくる。
今、気づいたことだけど、香奈姉ちゃんの愛情って、意外と重かったりするのかな。
もしそうなら、適度な距離感で付き合っていかないと、マンネリ化しそうだ。
「とりあえず、我慢することを覚えた方がいいかもよ。大学生になったら、一年くらいは会えないと思うし……」
「なにを言ってるのよ。弟くんには、ちゃんと会いに行くつもりでいるんだよ。会えないなんてことは──」
「来年は僕も受験生になるからなぁ。なかなか会えないかもしれないよ」
「あ……」
香奈姉ちゃんの表情が、だんだんと哀しげなものになっていく。
会えないってことはないが、スキンシップ目的で会うことが少なくなるのはたしかだ。
そうと知った途端、香奈姉ちゃんは真剣な眼差しで見つめてくる。
「ねぇ、弟くん。今日の夜は──」
「ハッキリ言っておくけど、暇ではないからね」
「うぅ……。そんな嫌そうな顔で言わなくても……」
泣きそうな顔をしていても、僕にはお見通しだ。
油断するとセックスかと思われるくらいの激しいスキンシップとかしてくるから。
そう言っておかないと。
いつしか僕のものをいいだけ吸い尽くしそうで怖い。
「ちょっとだけなら、付き合えるけど……」
「いいの?」
香奈姉ちゃんは、途端に嬉しそうな表情になる。
「ホントにちょっとだけだよ。それ以上は──」
「一時間くらいあれば充分だよ。私は、そこまで強欲じゃないから」
「一時間って……」
香奈姉ちゃんの『ちょっと』は、一時間に相当するのか。
香奈姉ちゃんは、ゆっくりと僕に抱きついてくる。
頼むから、こういう事は僕や香奈姉ちゃんの部屋でやってほしい。
「そういう事だから。今夜もよろしくね。弟くん」
「う、うん……。僕でいいなら──」
やっぱり香奈姉ちゃんの愛情は重たいものだと、改めて認識できてしまう。
この場合は、香奈姉ちゃんの体のどこを触ればいいのかよくわからない。
たぶん、腰の辺りに手をまわせば大丈夫なんだろうけど……。
それでも、恐る恐るといった感じだ。
正直、こんな時に女の子の体に触れるのはとても恐れ多くて、緊張してしまう。
無意識にそれができる男の子は、逆にすごいとすら思えてしまう。
できるなら、自然の流れでそれができるようになりたいな。
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