第二十三話・12
朝起きたら、楓の姿がなかった。
たしか一緒に寝ていたはずだ。
私を置いてどこかに行くことは、まずありえない。
どこに行ったのかは、簡単に想像がつく。
「朝ごはんかな? 私も手伝わないと──」
そう言って、私もベッドから起き上がる。
そのまま出ようと思って部屋のドアまで行ったんだけど、ふとある事を思い出し、私は部屋のドアの前で立ち止まった。
「あ、そっか。私の家じゃないんだもんね……」
そういえば全裸のままだった。
楓と寝る時に裸で寝たんだったな。
こんな格好で部屋を出たら、完全にただの痴女だ。
楓ならともかく、隆一さんに見られでもしたら大変だ。
私は、ベッドの上に綺麗に置かれている下着を手に取ると、そのまま着用し始める。
ワンピースの方もハンガーに掛けられているから、問題はないとして──
とにかく。ゆっくりと着ている暇はない。
私は、ワンピースを若干早めに着る。
急いで着たせいかあちこちに着崩れがおきているが、それは後で直せばいい。
「よし! 弟くんのところに行こう」
私は、楓の部屋をあとにして急いで楓のいる場所へと向かっていく。
隆一さんの事も多少は気になったが、今は楓の事が一番大事だ。
「おはよう、弟くん。今日は、ずいぶんとはやいね」
私は、朝ごはんとお昼のお弁当の準備をしている楓に挨拶をする。
「おはよう、香奈姉ちゃん」
楓の方も、私のことを一瞥してから挨拶を返してきた。
今、手が離せない状態なのは、見ればわかる。
私はエプロンをした後、楓の邪魔にならないように隣に立ち、朝ごはんの方の準備の手伝いに入った。
たしか今日は、学校はお休みのはずだけど。違ったかな?
「今日って、たしか学校はお休みじゃなかった?」
「う、うん。そうなんだけど……。なんとなく、かな」
楓は、微苦笑してそう言っていた。
まるで誤魔化すかのような態度。
楓は平気で嘘をつけるような性格はしていない。
だからこそ、こんな事を言うからには何かある。
隠し事、かな。
なんにせよ、私が踏み入っていい事ではないのはたしかだけど……。
それでも、気にはなる。
「そっか。なんとなく、か」
「香奈姉ちゃんが気にするようなことじゃないよ。これは美沙先輩の事で──」
「美沙ちゃんの事? それは初耳かも……」
「断っておくけど、デートじゃないからね」
「ふ~ん。女の子と会うのに、デートじゃないんだ? それなら、一体どういった成り行きで美沙ちゃんと会うつもりなのかな?」
私は、訝しげにそう訊いていた。
それは、ただ単に『やきもち』もあるかもしれない。
楓に限ってまさかとは思うけど、『無きにしも非ず』だ。
一応、楓の気持ちを知るためには、ね。
「普通だよ。美沙先輩に呼ばれたから、行くだけ。…それだけだよ」
「そうなんだ。わざわざ2人分のお弁当を作って…ねぇ」
私は、さらにカマをかける。
そんな事をしたって無駄なのはわかっているつもりだけど、それでも言わずにはいられない。
「うん。一応ね。何時までかかるかわからないから……」
「そっか」
慌てた様子もなくそう言っている楓を見て、私は信じるしかなかった。
ホントにデートなんかじゃないんだ。
それじゃ、何のために美沙ちゃんと会うんだろうか。
奈緒ちゃんと会うのならまだわかるけど、何で美沙ちゃんなの?
それを一番聞きたかったけど、私の口からは出てこなかった。
いったん家に帰った私は、自分の部屋のベッドの上で横になり悶々としていた。
いつもの私なら、勉強をするのが正解なんだと思うんだけど、楓の今日の予定を考えてしまうと、よけいに落ち着かない。
「う~ん……。勉強しようにも落ち着いてできない……。どうにも弟くんの事が気になるっていうか……」
どうしてこうも楓の事が気になるんだろう。
奈緒ちゃんとのデートだったら安心できるんだけど、美沙ちゃんはなぁ。
信用してないってわけではないんだけど、なんとなく奪われるんじゃないかと警戒してしまう。
「やっぱり様子を見に行った方がいいかな? う~ん……。でもなぁ……」
そういう独り言が出てくるってことは、楓の事が心配なんだろうな。
──よし!
決めた。
やっぱり様子を見に行ってみよう。
自問自答してても埒があかない。
2人は今頃、たぶん合流してるはずだ。
待ち合わせの場所については知らないけれど……。
とりあえず、ショッピングモールの方に行けば、なんとかなる…と思う。
「そうと決まれば、さっそく行ってみよう」
私は、おでかけ用の服装に着替えると、手近にあった白のショートバッグを持ち、部屋を後にした。
お財布もスマホも忘れずに持ったし、大丈夫だろう。
「どこに行くの? お姉ちゃん」
と、声をかけてきたのは花音だった。
ふり返るとおでかけ用の服装に着替えていた花音の姿がある。
ずいぶんと訝しげな表情で私を見ていた。
私が一体何をしたというんだろう。
「どこでもいいでしょ。花音こそ、そんなオシャレな格好でどこへ行くの?」
「お姉ちゃんには関係ないでしょ! 私は、その──」
「もしかして、楓の事が気になったり──」
「そそそ、そんなことは……。あ、あるわけないじゃない!」
その慌てようは、図星だな。
なんだかんだ理由をつけて私と一緒に行こうとしてるな。
でも今回は──
「ふ~ん。だったらいいんだけど。もし私と一緒に行くつもりだったのなら──」
「そんなこと、考えてないもん! 私は、ただ──」
「そっか。それなら私は、楓の後を追いかけてみようかな」
私は、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。
単純に花音の反応を見てみたい。そう思ったのだ。
「ちょっ……! それは……」
花音は、面白いくらいに慌てた様子で私を見てくる。
その反応は、とてもわかりやすい。
「花音はどうするのかなぁ?」
「うぅ……。い、行くわよ……」
「そっか~。行くのか~。やっぱり花音も、楓の事が気になるのかな?」
「気になったら悪いの?」
「悪くはないと思うよ。むしろいい事なんじゃないかな」
私は、花音を諭すようにそう言った。
花音は、悔しいのかどうなのかわからないが下を俯いてしまう。そして、小声で囁くように言った。
「私は、お姉ちゃんが羨ましい……」
「どうして?」
「お姉ちゃんはさ。初めから楓の事が好きだったでしょ?」
「まぁ、ずっと見てきたからね。楓とは、ある段階を考えてから付き合おうと思っていたから」
「ある段階? それって?」
「う~ん。たぶん花音には、わからないと思う」
「なによ、それ。私だって、色々と……」
花音は、ぶつぶつと何かを言い始める。
今になって、楓を彼女なしにするのは勿体無いとでも思ったんだろうか。
残念ながら、今の楓は1人ではない。
私がいる。それに──
バンドメンバーのみんなだって──
今まで花音は、隆一さんの方に好意を寄せていたっていう事実がある。それは、どうやったって覆せない。
花音は、色んな意味で遅すぎたのだ。
「とにかく。花音には、楓は無理だと思うよ」
「………」
私の言葉に、花音は押し黙ってしまう。
話は終わったと思い、私はそのまま家を後にした。
忘れ物は特にない。服装もオッケー。
肩にかけるタイプのショートバッグの中には、ハンカチやポケットティッシュ。それにスマホと財布などが入っている。
大きな買い物さえしなければ大丈夫だ。
そうと決まれば向かう場所は一つ。
私は、早足で歩いていった。
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