第十二話・8

 ──朝。

 香奈姉ちゃんは、朝早く起きて、いつもどおりに下着を着用し始める。

 寝ぼけ眼である僕の目の前で平然と下着を着用しているくらいだから、香奈姉ちゃんにとって僕って一体どんな風に映ってるんだろうか。

 僕に気づいた香奈姉ちゃんは、ブラジャーを身につけながら挨拶してきた。


「あ、楓。起きてたの? おはよう」

「おはよう、香奈姉ちゃん」


 僕は、香奈姉ちゃんの裸体に見惚れてしまい、ついボーッとなってしまう。

 香奈姉ちゃんは、それが気になったんだろう。思案げな表情で訊いてくる。


「どうしたの? 私の身体に何か付いてる?」

「え……。いや、何も付いてないよ」


 僕は、すぐに正気を取り戻してそう答えた。

 まさか香奈姉ちゃんの裸体に見惚れて…なんて言えないし。

 香奈姉ちゃんは、僕の返答に不信感を覚えたのか、さらに訊いてきた。


「うそ。絶対に何かあるでしょ。どうなの? 正直に言いなさい」

「ホントに何もないよ。ただ、香奈姉ちゃんの裸…綺麗だなって思って……」

「え……。冗談だよね?」

「冗談なんか言わないよ。エッチなことだとかで、あんまりまじまじと見ることが無かったけど、香奈姉ちゃんの身体…綺麗だなって」


 僕は、香奈姉ちゃんの裸体を見て、思ったことを口にする。

 下着類は身につけているので、完全に裸ってわけじゃないけど。


「…そう言ってくれると、ちょっと嬉しいかな。ありがと」


 香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうにもじもじと身をすくめてお礼を言った。

 別にお礼を言われるようなことはしてないんだけど。


「そういう事なので、僕はちょっとお手洗いに──」


 僕は、香奈姉ちゃんの着替えを見るわけにはいかないと思い、自分の部屋を出ようとする。

 すると香奈姉ちゃんは、部屋のドアの前に立ち、僕が部屋を出ることを阻んできた。


「ちょっと待ってよ。楓が部屋から出たら、何も意味がないじゃない。楓には、私が着替えてるところをしっかり見て欲しいから、こうして目の前で着替えをしてるんだよ」

「いや。僕は、香奈姉ちゃんの生着替えを見て喜ぶような変態じゃないから」


 たしかに香奈姉ちゃんの着替えを見られるっていうのは嬉しいことなのかもしれない。

 だけど、程度の問題がある。

 この場合は、僕の部屋で堂々と着替えをしているから、香奈姉ちゃんの方がおかしいって判断ができるけど。


「別に楓のことを変態だなんて思ってないわよ。ただ、楓には私のすべてを見てほしいなって思って……」


 そう言うと香奈姉ちゃんは、頬を染めて僕を見てくる。

 香奈姉ちゃんは、僕に何を求めているんだろうか。

 少なくとも僕は、香奈姉ちゃんに下着姿で立ってほしいとは一言も言ってない。


「香奈姉ちゃんの裸は、エッチをした時に見てるから、もう十分だよ」

「それを言われたら返す言葉がないじゃない」


 香奈姉ちゃんは、途端にムッとした顔になる。

 なぜそこでムッとなるんだろう。

 僕は、本当にお手洗いに行きたくなってきたので、香奈姉ちゃんに言った。


「とにかく、僕はお手洗いに行きたいから──。行かせてもらうね」

「うん。わかった」


 香奈姉ちゃんは、そう言うと素直に部屋のドアの前から退ける。


「僕がお手洗いから戻ってくるまでには、着替えも終わるよね」

「たぶんね」


 香奈姉ちゃんは、曖昧に答えた。

 女の子の準備って、時間がかかるものとはよく言うが、香奈姉ちゃんもその例にもれないってことか。


「すぐに戻るから」


 僕は、そう言い残すと部屋を後にした。


 お手洗いから戻ると、制服姿の香奈姉ちゃんがいた。

 僕がお手洗いに行ってる間に着替えを済ませるなんて……。さすがは香奈姉ちゃんだ。

 香奈姉ちゃんは、部屋に入ってきた僕に微笑を浮かべる。


「おかえりなさい、ご主人様。はやく制服に着替えてしまいましょう」


 戻ってきてみたら、またメイドモードだった。

 メイド服を着ていないのにメイドモードになってるのって、いったいどうなっているのかな。

 香奈姉ちゃんの専属メイドの基準って、どこにあるんだろう。


「そうだね。…すぐに着替えるから香奈姉ちゃんは──」

「お手伝いいたしますね」


 香奈姉ちゃんは言うがはやいか、すぐさま部屋の壁に掛けてある僕の制服を持ってくる。

 ものすごい行動力だ。


「ちょっ……。香奈姉ちゃん」

「さぁ、ご主人様。まずは制服の下から履きましょうね」

「わ、わかった。わかったから! ズボンを下ろそうとするのはやめて!」


 僕は、部屋着のズボンを下ろそうとする香奈姉ちゃんをなんとか引き止める。


「でも……。そうしないと制服が着れないじゃないですか」

「制服なら自分で着るから、香奈姉ちゃんは黙って見ていてよ」

「それだと、ご主人様にご奉仕できないです」


 香奈姉ちゃんは、悲しそうな表情でそう言った。

 悲しそうな顔を見るのは、正直言って忍びない。

 なので──


「それなら、制服の上の方を着る時にお願いできるかな?」


 そう言ってみた。

 僕にご奉仕したいっていう想いに、応えてみただけなんだけど、どうだろうか。

 香奈姉ちゃんは、微笑を浮かべて答える。


「別にいいですよ。仕方ないですね」


 よかった。

 そういうことなら、すぐに制服の下を履かないと。

 本来なら、上から着るんだけどな。

 僕は、部屋着のズボンを脱いだ。

 女の子の目の前でズボンなんて脱ぎたくなかったんだけど、この際しょうがない。


「それじゃ、すぐに下を履くから、ちょっとだけ待ってね」

「はい。わかりました」


 香奈姉ちゃんは、頷くと僕に制服の下を手渡してくる。

 僕は、制服の下を受け取り、すぐに履いた。

 ベルトを通し、前のチャックをしてすぐに履き終える。


「下はよしっと。後は上かな」

「さぁ、ご主人様。これを──」


 香奈姉ちゃんは、さっそく僕の制服の上の方を着せようとしてくる。

 はっきり言って、これはなんとも言えない気分になるな。

 こんなこと香奈姉ちゃんにさせていいのか。

 いくら香奈姉ちゃんがご奉仕してくれるからって、これは……。

 そのまま袖を通していいものか悩んだが、恥ずかしがっちゃいけない。

 香奈姉ちゃんは、嬉しいのか笑顔を浮かべていた。


「次はこれです」

「え?」


 制服の上を僕に着せたのだから、もう何もないはずだ。

 そう思った次の瞬間、香奈姉ちゃんは、優しく僕の唇にキスをしてきた。

 それと同時に、ふわりと香奈姉ちゃんのお気に入りの香水の香りが鼻孔をくすぐる。


「っ……⁉︎」


 いきなりキスしてくるとは思わなかったので、呆然となってしまう。

 香奈姉ちゃんは頬を染め、ゆっくりと僕から離れる。


「これで良し。これで変な女の子には引っかからないと思います」

「あの……。香奈姉ちゃん?」


 変な女の子って、誰のことなんだろう。

 もしかして、千聖のことを言っているのかな。

 彼女の場合は、バイトでの後輩になるから、変な女の子には該当しないだろう。たぶん。


「さぁ、行きましょう」

「う、うん」


 香奈姉ちゃんに促されるままに、僕は鞄を持って部屋を出た。

 準備は昨日のうちにやっておいたから、忘れ物などはない。

 香奈姉ちゃんの方は、どうなんだろう。

 忘れ物とかって、ないのかな?

 下の階に降りて台所に行くと、めずらしく母が朝ごはんを作っていた。

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