第十二話・9

 バイト先にて──。

 古賀千聖は、陽気な感じで僕に話しかけてくる。


「ねぇ、楓君。今度の日曜日って暇かな? …ていうか、暇だよね」

「どうしたの? 突然。たしかに日曜日は、特に予定は無いけど」


 どうして千聖が、そんなこと知ってるんだろう。

 そう思ったが、訊いたところで何の意味もないのでやめておいた。

 ていうか、千聖はいつもこんな調子で話しかけてくるもんだから、僕の方は適当に流すようにしてるんだけど。


「それならさ。今度の日曜日はショッピングモールで、私とデートとかって良いかな? いいよね。特に予定もないんだから」

「ああ……。その日は、ちょうど香奈姉ちゃんと予定が……」

「さっき予定無いって言ったじゃん。嘘をつくなら、もっとはやくに言うべきだよ」


 千聖は、笑顔でそう言った。

 たしかに香奈姉ちゃんとの予定は無いけど、バンドの練習とかはあるから、完全に予定がないって言われたら嘘になるんだよな。


「他の人と行くっていう選択肢はないの?」


 僕は、何気なく訊いてみた。

 すると千聖はゆっくりと僕に近づいてきて、耳元で囁くように言う。


「楓君だから誘ってるんだよ。楓君なら、私の趣味を理解してくれると思うから」

「え? 趣味って一体──」


 そう言おうとしたが、その前に口元を指で添えられ、止められてしまう。


「私の趣味は、人には言えないんだ。だから、他の人は誘ってないんだよ」

「………」

「そういうことだから。今度の日曜日は、絶対に付き合ってもらうからね。決定ね」


 いやいや。勝手にそんなこと決められても困るな……。

 これは、香奈姉ちゃんに報告するべきなのか。

 ちょっと悩む。

 千聖は、そのまま僕から離れていく。


「あ……。そうそう」


 離れていこうとする直前、千聖は思い出したかのように立ち止まり声を上げる。

 そして、ふいにこちらを向き直り言葉を続けた。


「この事は西田先輩になら言ってもいいよ。あの人には、別に知られても構わないから」

「そうなの?」

「うん。西田先輩も、私の趣味を理解してくれると思うから」


 なんだかんだ言っても、香奈姉ちゃんのことは尊敬してるんだな。

 それにしても、千聖の趣味って一体なんだろう。

 とても気になるけど、逆に聞きたくもないような。

 僕は、思い切って訊いてみた。


「千聖さんの趣味って、何なの?」

「それは、今度の日曜日まで秘密だよ。ここで言ったら、一緒にショッピングモールに行ってくれないと思うし」

「そっか」


 やっぱり教えてはくれないか。

 ていうか、日曜日に僕が千聖と一緒にショッピングモールに行くことは、もう決定事項なんだ。


「それじゃ、今日もバイト。頑張ろうね」

「うん。そうだね」


 僕は、微笑を浮かべてそう言った。


 ──約束の日曜日。

 千聖さんが強引にデートの約束を取り付けてきたけど、無視しても大丈夫かな。

 僕が約束どおりに行かなくても、千聖さんはきっと待ち合わせ場所にいるんだろうな。きっと──。

 う~ん……。

 一人で待たせるのも悪いから、やっぱり行ってみるか。

 僕は、お出かけ用の服に着替えを済ませ、自分の部屋を出る。

 すると、その先にはメイド服姿の香奈姉ちゃんがいた。


「どこかへお出かけですか?」


 案の定、心配そうな表情で訊いてくる。

 そんな顔されたら、どんな返答をすればいいのかわからなくなるよ。

 それでも、外へ出かける口実を作らないと。


「うん、ちょっとね。友達と遊ぶ約束をしたから、ゲームセンターにね」

「そうですか。それなら仕方ないですね」


 香奈姉ちゃんは、納得した様子でそう言った。


「そういうことだから、今日は僕の専属メイドなんてしなくてもいいからね。ゆっくりと休んで──」


 できるなら、もうやめてくれてもいいよ。

 さすがに、メイド服を着て僕にご奉仕するのも、大変だろうし。


「私も行きます」

「え……。今なんて?」

「だから、私もついていきます。ご主人様お一人だと、何かと心配なんです。…それに、何故だかわかりませんが、変な女の子の影が見えるんですよね」

「変な女の子の影って……」


 香奈姉ちゃんの言葉に、僕は唖然となる。

 何気にバレてるし。

 せっかくの休日なんだから、香奈姉ちゃんもゆっくりすればいいのに。

 それに、変な女の子って、確実に千聖のことだよね。

 香奈姉ちゃんは、ジト目で言ってくる。


「最近、バイト先で古賀さんとシフトが被ってるみたいじゃない。──その辺りはどうなの?」

「いや~。何のことかな」


 千聖とシフトが被っているのは、千聖が僕のバイトの後輩で、まだ研修中だからであって……。

 他意はないんだけどな。


「やっぱり、そうなんだね。ご主人様は、あんな女の子に鼻の下伸ばしちゃうんだ」

「いや……。千聖さんはまだ研修中だから、仕方なく……」

「だからといって、デートまで付き合う必要はないかと思うんだけど」

「それは、千聖さんが強引に……」


 やっぱり、友達と遊びに行くって言わなきゃよかったかな。この場合。

 だからといって、何も言わずに外に出たら、変な詮索をしてくると思うし。


「だから、私も付き合ってあげるよ。ご主人様と二人っきりにしたら、何をされるかわかったもんじゃないし」

「はは……。僕の信用ゼロだね」


 僕は、力なく笑う。


「信用してないわけじゃないよ。古賀さんが何をするかわからないから、見張りたいの」

「その格好で?」

「うん」


 香奈姉ちゃんは、『もちろん!』と言いたげな表情で答える。

 メイド服姿のまま、外に出るつもりなのか!

 大丈夫なのかな。

 周りに変人扱いされないだろうか。

 これはこれで、かなり不安だ。


「大丈夫なの? もし声をかけられそうになったら──」

「私のことは大丈夫だよ。むしろ、ご主人様のことが心配なの。もしかしたら、古賀さんがご主人様に積極的なアプローチをしてくるかもしれないし」

「そんな大胆なことをしてくるとは、思えないんだけどな……」


 僕は、そう言って香奈姉ちゃんを見る。

 香奈姉ちゃんは僕の心配をしているんだろうけど、僕はむしろ、香奈姉ちゃんのことが心配なんだけどな。

 メイド服姿の香奈姉ちゃんを見て、男が言い寄ってこないかマジで心配なんだけど……。

 そっち系が好きな人は意外と多いんだよ。香奈姉ちゃん……。

 本人にとっては変装のつもりでも、外部の人間からしたらコスプレにしかならないんだからね。


「ご主人様は、女の子のことを何にもわかってないよ。女の子はね。好きな異性に対しては、どこまでも大胆になれるんだよ」

「そうなの?」

「わからないかな? ここに見本がいると思うんだけどな……」

「あ……」


 たしかにいるな。いい見本が目の前に……。


「──とにかく。古賀さんとのデートには、私もついていくからね」

「う、うん。わかった」


 香奈姉ちゃんの言葉に、僕は素直に頷いていた。

 千聖さんとのデート。何もなければいいなと思いたい。

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