第十二話・10

 千聖は、ショッピングモールの西出入り口付近で一人で立っていた。

 え……。

 約束の時間には、まだはやいよね。

 僕は、思わず時間を確認する。

 やっぱり約束していた待ち合わせ時間よりも10分くらいはやい。

 僕が遅れて来たわけじゃないのは、これで証明できる。

 今回、僕とのデートということもあってか、千聖はお洒落な服装でやってきていた。

 その日、着てきた服装は、ピンクのチュニックに短めの白のスカートだ。

 綺麗な脚を強調したいのか、靴もお洒落重視なものを選んでいる。

 なんだか、近付くだけでも緊張するな。

 周囲の人たちの視線なんて気にもしてないのか、千聖はスマホをいじっていた。

 僕は、千聖の近くに行くと、恐る恐る声をかける。


「やぁ、千聖さん。待たせてしまったかな?」

「ううん、全然。私も、今来たところなんだ」


 僕の方に視線を向けた千聖は、笑顔でそう言った。

 それが嘘なのは、すぐにわかるんだけど。

 まぁ、いいか。

 遅れて来るシチュエーションよりかは、まだマシだろう。


「そっか」

「そういうことだから、さっそく行ってみよっか」


 千聖は、そう言うと腕を絡めてくる。

 腕を絡めた本人にとっては軽いスキンシップのようだが、ある人物からすれば挑発行為みたいなものなんだろう。

 それをやられた途端、どこかから熱のこもった視線を感じ、僕はあさっての方向に視線を向ける。

 そこには誰もいなかったが、たしかにある人物の気配を感じた。

 一体、誰だろう。

 ちなみに香奈姉ちゃんに関しては、僕についていくって言っていながら、途中から『用事を思い出した』と言い出して別れてしまったんだよな。

 だから、ある人物というのが香奈姉ちゃんとは考えにくい。

 しかし、念には念を入れておくことにする。


「ちょっ……。いきなり腕にしがみつくのは……。少し離れて歩かないかい?」


 僕は、慌てて千聖から離れた。

 千聖は、ムッとした表情になり、僕に近づいてくる。


「何言ってるのよ。今日は私とのデートなんだから、そのくらい別にいいでしょ」

「でも……」

「それとも、西田先輩じゃないとダメなの?」

「ごめん……。できるなら、香奈姉ちゃんに誤解されないようにしたいんだ」

「もしかして、西田先輩も来てるの?」


 そう言うと千聖は、周囲を見やる。

 周囲を見やったところで、香奈姉ちゃんの姿を確認できるわけがないんだけどな。

 バレないように、物陰に隠れちゃっているし。


「いや……。来てはいないけど……」

「だったら、別に構わないよね」


 千聖は、パァッと笑顔になり、強引に僕の腕にしがみついてきた。

 こんな可愛い女の子にギュッとされたら、嬉しくないわけがない。

 だけど、どこかから香奈姉ちゃんが見てるんだと思うと、素直に喜べない僕がいる。

 これは、さっさと千聖とのデートを終わらせて、香奈姉ちゃんのところに戻ったほうが良さそうだ。

 そう思ったところに、千聖が嬉しそうに言う。


「今日は、とことん付き合ってもらうからね。覚悟してよね」

「う、うん……」


 どうやら、僕の考えは千聖にはバレてるみたいだ。


 千聖と歩き回った場所は、洋服店やゲームセンター、喫茶店など、デートとしては定番の場所ばかりだった。

 特にこれといって目立つようなことはない。

 千聖は、楽しそうな表情で僕のことをあちらこちらと連れ回す。


「ねえ、楓君。私とのデートはどう? 楽しい?」


 唐突にそう訊かれたら、僕はこう答えるしかない。


「うん。楽しいよ」


 そう答えた時、僕はできる限りの笑顔を浮かべていた。

 すると千聖は、何を思ったのか微苦笑を浮かべて僕の手をギュッと握る。


「うそ」

「え……」

「楓君は、私とのデート中でも西田先輩のことを考えてるでしょ」

「そんなことはないよ。僕は──」

「いいよ、無理しなくても。──私には、わかってるんだ。楓君には西田先輩がいるから、私とのデートは重要なことじゃないってことくらいはね」


 千聖は、そう言って俯く。

 なんで千聖さんとのデートに、香奈姉ちゃんのことが出てくるんだろう。

 今は、千聖とのデートなんだから、そんなこと考えなくてもいいと思うんだけど。


「このデートの主役は、香奈姉ちゃんじゃなくて、千聖さんだよ。僕は、良かれと思って千聖さんとデートをしてるんだから、千聖さんが行きたいと思ったところに行くといいよ」


 誘ったのは千聖さんなんだし。

 と、言おうと思ったが、この言葉は出てこなかった。


「いいの? 私とのデートに付き合ってくれるの?」


 千聖は、顔を上げてそう訊いてくる。

 その今にも泣きそうな顔を見れば、断れるはずがない。

 僕は、仕方ないといった風に肩をすくめ、言った。


「一方的にではあるけど、一応約束したからね。最後まで付き合うよ」

「そっか。ありがとね」


 千聖は、嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 とりあえずは、これでいいのかな。

 どこかから香奈姉ちゃんが見ているだろうと思うから、千聖さんを泣かせないようにしたけど。

 香奈姉ちゃんは、『女の子を泣かせる男は最低な奴』という持論を持っている。

 だから、こういった状況でも女の子を泣かせたりしたら、問答無用で香奈姉ちゃんに怒られてしまう。

 そうならないためにも、こうするしかない。

 僕は、千聖の手を優しく握る。


「そういうことだから。次、行こうか」

「うん」


 千聖は、嬉しそうに頬を染めて頷いた。

 とりあえず、僕はこのデートを成功させないといけない。

 後で香奈姉ちゃんに何を言われるかわからないけど、一人の女の子を泣かせるよりはマシだ。

 僕は、千聖の手を引いてショッピングモールを歩いていった。


 ショッピングモールのある場所まで歩いていくと、千聖はいきなり立ち止まった。


「…ちょっと待って」

「ん? どうしたの?」


 僕は、思案げな表情で千聖を見る。

 一体、なんだろうか。

 もしかして、僕がエスコートするのはよくなかったとか。

 いや……。だとしたら、千聖が先に歩いてエスコートしているはずだしなぁ。それはないか。

 そうした僕の内心などお構いなしに、千聖は笑顔で言う。


「この辺りに原稿用紙を取り扱う文房具屋さんがあるんだよね」

「原稿用紙って? 何か書いてるの?」

「うん。実は私、漫画描いてるんだよね」

「漫画を? それってまさか──」

「そうだよ。私の趣味なんだ」

「そうなんだ。主に、どんなジャンルの漫画を描いてるの?」


 僕は、興味津々に訊いていた。

 漫画と言ったって、さまざまなジャンルがある。

 千聖さんは、どんなジャンルの漫画を描いてるんだろう。

 すると千聖は、得意げな表情になり口を開いた。


「よくぞ聞いてくださいました。私が描いている漫画のジャンルはね。『恋愛』だよ」

「『恋愛』? それって……」

「やっぱり、女の子が読む漫画のジャンルは、『恋愛』しかないでしょ」


 まぁ、女の子がよく読む漫画のジャンルは、その辺りだよね。


「だから、描く漫画のジャンルも『恋愛』なの?」

「そうだよ。もちろんモデルもすでに決まってるんだよね」

「それはすごいな」

「今回、その漫画を描こうとしてるんだけど、ちょうど原稿用紙が足りなくてね。今日のデートで買いに行く予定だったんだ。もちろん、付き合ってくれるよね?」

「それは、別に構わないけど。…いいの?」

「楓君だったら、別にいいよ。せっかくモデルになってもらって──」

「え? なんだって?」


 最後の方はよく聞こえなかったので、聞き返す。

 千聖は、慌てた様子で言う。


「ううん、何でもないよ。こっちのこと」

「そう……」

「とりあえず、文房具屋さんに行こう」

「う、うん」


 僕は千聖に手を引っ張られ、そのまま文房具屋に向かっていった。

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