第七話
第七話・1
今日は、女子校の文化祭だ。
男にはあまり関係のないことだけど、女子校の生徒と約束をしている場合はそうはいかない。
僕の場合、香奈姉ちゃんと奈緒さんからそれぞれ入場チケットを貰っているので、是が非でも行かないと後で何を言われるかわかったもんじゃない。
そういえば、入場チケットを二枚持ってるってことはどちらかを一枚提示しなきゃいけないんだけど、どちらのを提示すればいいんだろうか。
チケットに名前が書いてあるから、余計に悩む。
「忘れ物はない…よね」
僕は着替えを済ませると、近くに置いてあったベースが入ったケースを担いで部屋を見回した。
ベースを忘れてはいけない。
これを忘れてしまうとライブができなくなってしまう。
僕が女子校に行く用件といえば、香奈姉ちゃんたちとやるライブくらいしかない。
学校側には、香奈姉ちゃんたちが説明しているだろうと思うから、たぶん僕が私物(ベース)を持っていっても大丈夫だ。
ベースの他に忘れてはいけないものがあるとしたら、財布くらいだろう。
僕は、財布をズボンのポケットの中に入れると、部屋を後にした。
香奈姉ちゃんは『学校で待ってる』って言ってたし、とりあえず女子校に行こう。
香奈姉ちゃんが言ってた女子校にたどり着くと、校門前で女子生徒と教師らしき女性がチケットの確認をしていた。
チケット自体は二枚あるけど、どちらにするべきなんだろうか。
奈緒さんから渡されたチケットか、香奈姉ちゃんから渡されたチケットか。
もう面倒だから、二枚とも提示してしまおうかなって思ってしまう僕がいる。
「チケットを確認します」
「あ、はい。これなんだけど、どちらのを提示すればいいのかなって──」
女子生徒に話しかけられ、僕は香奈姉ちゃんと奈緒さんから渡されたチケットをそれぞれ提示した。
「確認させてもらいますね。えっと……。一枚目は北川奈緒さんで、二枚目は西田香奈さんから渡されたチケットみたいですね」
「はい。間違いないと思います」
「嘘でしょ。二人の女子から渡されてるなんて……」
近くにいたもう一人の女子生徒が、思わず声をもらす。
これって、なんかまずいことなのかな?
「あの……。何かまずいことでもあるんですか?」
僕は、不安そうな表情を浮かべて女子生徒に聞いていた。
女子生徒は、しばらくチケットと僕の顔を見合わせていたが、すぐに笑顔になる。
「まずいことなんて、何もないですよ。──どうぞ、お入りください」
「そうですか。よかった……」
僕は、ホッと胸を撫で下ろした。
別に二股をしているわけじゃない。
奈緒さんも香奈姉ちゃんも、この事は知っているはずだし。
女子生徒は、チケットの端の部分を切り落とすと、そのまま僕に返す。
「どうぞ楽しんでいってくださいね」
「ありがとう」
チケットを受け取ると、僕は学校内に入っていった。
学校の中に入ってスリッパに履き替えていると、すぐに二人から声をかけられる。
「弟くん」
「楓君」
呼び方は違うが、誰なのかはすぐにわかった。
奈緒さんと香奈姉ちゃんだ。
二人とも制服ではなく、何故かミニスカメイド服姿だった。
僕は、二人を見て微笑を浮かべる。
「香奈姉ちゃんに奈緒さん。約束どおり、来たよ」
「よく来てくれました。さすが弟くん」
「楓君なら、絶対に来ると思っていたよ」
そう言って香奈姉ちゃんが僕の手を握ってきた。
「早速で悪いんだけど、弟くんに手伝ってほしいことがあるんだ」
「何かな?」
「それは、着いてからのお楽しみだよ」
着いてからのお楽しみって、言われてもなぁ。
プレゼントじゃあるまいし。
きっと力仕事か何かだろうな。
さすがに女子校だけあって、歩いている人の大半が女の子ばっかりだ。
多少は男の人の姿はあるが、それも文化祭に呼ばれた人たちだろう。
ちなみに、こんなところを一人で歩く勇気はない。
香奈姉ちゃんたちが傍にいるから、まだ歩いていられるのだ。
文化祭だけあって、催しはたくさんあったが、中に入る気にならないのは僕だけだろうか。
僕が、女性恐怖症なんじゃないかって?
そのとおりです。
どちらかというと女性恐怖症の類です。
だから、知り合いの女の子とか友人くらいしか、まともに話はできません。
香奈姉ちゃんの場合は幼馴染だから、まだ話ができるレベルなのです。趣味も合うしね。
「弟くん、大丈夫?」
香奈姉ちゃんは、心配そうな表情を浮かべてそう聞いてきた。
ちなみに、今歩いているのは二階の廊下だ。目的の教室までは、もう少し先みたいだ。
「うん、大丈夫だよ」
僕は、微笑を浮かべそう言っていた。
香奈姉ちゃんは、安心したのか笑顔を浮かべる。
「それなら、よかった。ライブ前から緊張してたら、どうしようかと思っちゃったよ」
「ライブならいつでも準備オーケーだよ。そんなことより、手伝ってほしいことってなんなの?」
「う~ん……。今話しても、大丈夫かな?」
香奈姉ちゃんは、僕の質問には答えず、奈緒さんに聞いていた。
いつになく神妙な面持ちでだ。
奈緒さんは、そんな香奈姉ちゃんを見て微苦笑する。
「もう話しても大丈夫なんじゃないかな?」
「そうかな? ホントに大丈夫かな?」
「楓君なら、絶対にやってくれるよ。中性的な顔立ちだから、お客さんの前でも出れるって──」
え……。一体、何をさせるつもりなんだ?
「あの……。香奈姉ちゃん。手伝ってほしいことって?」
嫌な予感がしつつも、僕は再度聞いていた。
そうこうするうちに目的の教室にたどり着いたみたいで、香奈姉ちゃんと奈緒さんは教室の前で立ち止まる。
その教室での催し物は喫茶店のようだ。
「とりあえず、話は中に入ってからにしよう」
「う…うん……」
僕たちは、とりあえず教室の中に入る。
すると香奈姉ちゃんと同じミニスカメイド服を着た女子生徒がこちらを見て口を開いた。
「いらっしゃいませ~! …って、香奈と奈緒か。早くこっちに来て手伝いなさいよ!」
「わかってるって。それより、ヘルプを連れてきたよ」
「ホント? そういうことなら、はやく言いなさいよ」
メイド服を着た女子生徒は、そう言って興味津々に僕を見てくる。そして──
「…なるほどねぇ。たしかに中性的な顔立ちしてるわね。これなら、オーケーかな」
「あの……。僕は、何を手伝えば……」
なんか、先程からすごく嫌な予感がするんだけど……。
「ちょっと待ってて──」
メイド服を着た女子生徒は、そう言うと簡素に作った更衣室の方に入っていった。
そして、しばらくしないうちに一着の服を持ってきて、僕に手渡してくる。
「はい、これ」
確認すると、その服は他の女子生徒たちが着ているミニスカメイド服だった。
え……。これをどうしろと?
僕は、訝しげな表情を浮かべてメイド服を見る。
「これは?」
「あなたにも、手伝ってもらおうと思ってね」
「手伝うってまさか……。これを着て、接客しろっていうことかな?」
「うん、そうだよ。女の子に見えるように変装用のカツラと黒のストッキングもあるから安心して」
そう言うとメイド服を着た女子生徒は、ご丁寧にカツラと黒のストッキングも手渡してくる。
──なるほど。
このミニスカメイド服を着て、接客のお手伝いをしろってことか。
あまり気が進まないけど、香奈姉ちゃんからの頼みでもあるから断れないし。
「わかったよ。着替えてくるから、ちょっと待っててください」
「ありがとう、弟くん。女子校の喫茶店だから男物の服が無くて、それしかないの。ちょっとヒラヒラしてるかもしれないけれど、我慢してね」
「楓君の女装姿か。ちょっと楽しみかも──」
香奈姉ちゃんと奈緒さんは、ドキドキした様子で僕を見てそう言っていた。
ただ単に、僕のメイド服姿を見たかっただけなのでは……。しかも、みんなと同じミニスカメイド服って……。
そういえば、どこで着替えればいいんだろう。
「あの……。どこで着替えればいいのかな?」
「こっちだよ。…ついてきて」
そう言うとメイド服を着た女子生徒は、更衣室と書かれた場所へと向かって歩いていく。
女の子が着るようなメイド服に着替えるのには、かなりの抵抗はあるけど、この際仕方ないか。
僕は、メイド服を着た女子生徒の後をついていった。
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