第十七話・17
12月20日。
今日は、香奈姉ちゃんの誕生日だ。
忘れないように、スマホの中にあるカレンダーにはチェックしてある。
しかし部屋に掛けられたカレンダーには、敢えてチェックは入れていない。
なぜなら、香奈姉ちゃんには悟らせないようにしているからだ。
まぁ、もしかしたら本人は気づいているかもしれないけれど。
僕もそうなんだけど、基本、香奈姉ちゃんはサプライズとかいうものは嫌いである。
でも誕生日となれば話は別だから、多少のことは無礼講ということで許してくれるだろう。
「──よし。料理は出来上がったぞ。後は香奈姉ちゃんがやってくるのを待つだけだ」
僕は、出来上がった料理を見て頷くと、鍋に蓋をする。
香奈姉ちゃんの誕生日だから、腕によりをかけて作ったんだけど……。ホントに来るのかな。
そういえば、奈緒さんたちもまだ来ていないし。
ちょっとした間が、やきもきしてしまう事もある。
「どうせだから、もう一品作ってみようかな」
僕は、そう言って冷蔵庫を開けた。
最近、買い物に行ったので、食材についてはたくさんある。
だから、少しくらいなら料理に使っても構わない。
「何を作ってくれるの?」
と、女の子の声。
僕は、その声の正体について考えることなく冷蔵庫の中を漁っていた。
「何か付け合わせのものをね。考えているんだ」
「そうなんだ。楓の料理はとても美味しいから、何を作るのか楽しみだな」
女の子は、嬉しそうにそう言う。
そう言われると、俄然やる気になる。
「うん。楽しみにしていてよ。…て、香奈姉ちゃん⁉︎ いつからここにいたの⁉︎」
僕は、話しかけてきたのが香奈姉ちゃんだと知って、びっくりしてしまい、一歩後ずさってしまう。
てっきり、花音かと思っちゃったよ。
香奈姉ちゃんは、いつもと変わらぬ笑顔で言った。
「さっきからずっといたよ。楓が気づかなかっただけだよ」
「そっか。料理に夢中だったからなぁ。仕方ないか……」
僕は、自分自身に反省しつつそう言う。
料理に夢中になると、周りのことが目に入らなくなってしまうのは、なんとかしないといけないな。
そんなことよりも、いつものバンドメンバーはどうしたんだろうか。
「ところで、みんなは? 一緒じゃないの?」
「それがね。みんな、なぜか帰っちゃったのよ。用事があるからって言ってね」
「そっか。まぁ、さすがに今日はバンドの練習はできる状況じゃなさそうだしね」
「どうして?」
香奈姉ちゃんは、ここにきても思案げな表情で訊いてくる。
──いや。ホントはわかっているんだよね。
ただ惚けているだけだよね。
僕も、プレゼントを渡すまでは、香奈姉ちゃんには言えないんだけど。
「いや、今日は寒いからね。別室で練習するにしたって、無理があるし。それに──」
「それに?」
「それに今日は、香奈姉ちゃんに話があって、その……」
「私に話? それって、もしかしてセックスのお誘い?」
香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに頬を赤く染めてそう言ってくる。
「違うよ! なんでこんな大事な日に香奈姉ちゃんとセックスをしなきゃいけないの?」
「大事な日だからこそ、そういうことをするんじゃないの?」
「いや、それは……」
逆に聞き返されてしまい、僕は何も言えなくなってしまう。
たしかに大事な日だけど。さすがにそれは……。
香奈姉ちゃんの誕生日に、そんなことは絶対にしないよ。たぶん……。
香奈姉ちゃんは、微笑を浮かべ僕の体に手を添えてくる。
「楓は、もっと下心を出さないとダメだよ。ただでさえ、控えめなんだから──」
「香奈姉ちゃん……」
香奈姉ちゃんの上気した顔を見ていると、エッチなことをしたい気持ちになってしまうが、ここは我慢だ。
今日は、絶対に香奈姉ちゃんに誕生日プレゼントを渡すんだ。
夕飯とお風呂を済ませて僕の部屋に戻ると、香奈姉ちゃんはいつもどおりにベッドの上に座る。
いつものミニスカートなので、ここからでも純白の下着がチラリと覗く。
「どこ見てるのかな?」
「ん? 何のこと?」
「今、変なところ見てたでしょ?」
「変なところって?」
「そんなこと、お姉ちゃんの私に言わせる気なの?」
香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに頬を赤く染め、もぞもぞと脚を動かしながらそう言ってくる。
今日の香奈姉ちゃんは、なんだか雰囲気が違うような。
下着が見えたのは、この場合は不可抗力だし。僕には、どうにもできない。
「不可抗力だよ。見たくて見たわけじゃないよ」
「──やっぱりね。…楓なら、そう言うと思ったよ。素直に認めるんだ」
「はい。見ました。…すいません」
「まぁ、お姉ちゃんが穿いてるパンツを見たいっていう気持ちもわかるんだけどね。でも、正直すぎだよ」
そこまでジロジロと見てたわけじゃないんだけどな。
まぁ、怒っているわけではなさそうだからいいんだけど。
プレゼントを渡す前に、怒らせてしまったら意味がないから。
「それを言われると、返す言葉が……」
「別にいいよ。どうせ楓にあげるつもりだったから」
「僕にあげるつもりって……。そんなものを?」
「うん。ちょっと早いけど、私からのクリスマスプレゼントかな」
香奈姉ちゃんは、そう言ってミニスカートの中に手を入れる。
今から、脱ぐ気なのか。それはダメだ。
僕は、咄嗟に香奈姉ちゃんの腕を掴み、引き止める。
「そんなクリスマスプレゼントはいらないよ。もっと、マシなものにしてよ」
さすがに香奈姉ちゃんが穿いてる下着はね。
受け取れないよ。
香奈姉ちゃんは、さも残念そうな表情を浮かべる。
「え~。せっかく綺麗なものを穿いてきたのに……」
「綺麗なものでも、ダメなものはダメだよ。今日は、僕の方からプレゼントがあるんだから──」
「楓から? 何かな?」
「ちょっと待ってて──。すぐに出すから」
僕は、机の引き出しの中に入れていた奈緒さんのプレゼントと、タンスの中に入れていた僕のプレゼントをそれぞれ取り出した。
そして、香奈姉ちゃんのところに行って、それぞれのプレゼントを渡す。
「こっちの小さい方は、奈緒さんからで──。これは、僕からのプレゼントだよ。…誕生日おめでとう。香奈姉ちゃん」
「え……」
香奈姉ちゃんは、少しの間だけ呆然となるが、すぐに笑顔を浮かべた。
「ありがとう、楓。──そうだ。ちょっと、こっちに来てくれない?」
「ん? 何?」
僕は、急な香奈姉ちゃんのお願いに、つい思案げな表情になる。
「いいから、こっちに来て──」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕の手を掴み、そのまま引っ張った。
グイッと引っ張られたものだから、僕の体はそのまま香奈姉ちゃんの体に衝突する。
結果として、その勢いのまま、僕は香奈姉ちゃんを押し倒してしまう形となり、もう片方の空いた手が、香奈姉ちゃんの大きめな胸にいく。
「あ……。香奈姉ちゃん。これは……」
「うん。また一つお姉ちゃんになったから。エッチ…しよう」
「いや……。さすがに、お風呂から上がったばかりだから。…そんなことできないよ」
「楓は、お姉ちゃんの言うことが聞けないのかな?」
「聞けることと聞けないことがあるよ。さすがに、これは……」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんは、多少のエッチなことには、耐えられるから」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕の頭に手を添えて、そのままギュッと抱きしめてくる。
お姉ちゃんっていう表現は、間違っていない。
だけど、これは──
「ちょっ……。香奈姉ちゃん」
「少しだけジッとしていて。すぐに済ませるから──」
一体、何をするつもりなんだ?
僕の顔は、香奈姉ちゃんのその大きくて柔らかい胸元にいってるんだけど……。
「こんなこと言うのは今さらな気がするけど、私は楓のことを大事な弟だと思ってるよ。楓は、どうなの? 私のこと、ちゃんと想ってくれてる?」
この状態からだと香奈姉ちゃんの顔はわからなかったが、なんだか真剣な様子だった。
香奈姉ちゃんが僕を抱きしめた状態でそう訊いてくるってことは、僕の本心が聞きたいんだろう。
僕は、素直な気持ちで言った。
「僕も、香奈姉ちゃんのことは、大事なお姉ちゃんだと思っているよ。だから香奈姉ちゃんには、いつも笑顔でいてほしいなって──」
「恋人とは思ってないの?」
「もちろん、恋人とも思っているよ。でも、僕には勿体ないなって思う気持ちがあって──」
「そっか」
香奈姉ちゃんは、それだけ言うと大事そうにさらに抱きしめてくる。
「香奈姉ちゃん?」
「私も、楓が私の彼氏さんだなんて勿体ないなって思ってしまうんだよ。…でも、誰にも盗られたくなくて──」
「それは……。たぶん僕も同じだと思う。香奈姉ちゃんが、他の男と付き合っちゃったりしたら。やりきれない思いになると思う」
「それなら、何をするべきかわかっているよね?」
「うん」
僕は、香奈姉ちゃんのぬくもりの中で、そう返事をした。
香奈姉ちゃんを他の誰かに盗られないようにするには、エッチなことをするのが一番いいが、控えめにするとしたらキスくらいだろう。
僕は、改めて香奈姉ちゃんの顔を見る。
香奈姉ちゃんは、甘えたような表情で僕を見てきて、ゆっくりと目を閉じた。
まさにキス待ちの状態だ。
こんな時に、することをしないのは臆病者だけだろう。
僕は、ゆっくりと香奈姉ちゃんに近づいていってキスをした。
「んっ……」
香奈姉ちゃんの誕生日にキスをするのってどうなんだろう。嫌じゃないのかな。
当の香奈姉ちゃんは、僕からのキスを受け入れちゃっているし。
そんな態度だから、僕の想いはどんどん溢れてくる。
もっとしたいって、心が叫んでいる。
そんな気持ちを察したかのように、香奈姉ちゃんは僕の手を握ってくる。
香奈姉ちゃんも、僕と同じ気持ちなのかな。
もしそうだとしたら、これは最後までしちゃっていいってことだよね。
どちらにしても、もう抑えられそうにない。
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