第二十九話
第二十九話・1
楓をデートに誘う時って、なぜか緊張してしまう。
いつもどおりにすればいいのだけど、なかなかうまくいかない。
緊張のあまり声を出すのも大変だ。
「ねぇ、弟くん」
「ん? どうしたの?」
「今日、暇かな?」
私は、いつになくどきどきしながら楓に訊いてみる。
彼はそれに対してどう返してくるだろうか。
内心ハラハラもしている。
「さすがに暇ってことはないかな……。これから夕飯の準備もあるし、バイトもあるしで──」
「そっか……」
これ以上は私はなにも言えなかった。
夕飯はともかく、バイトに関しては仕方がないと思っているからだ。
ちょっとした時間でバンド活動とかを一緒にしてもらっているから、本来なら暇ってことはないんだろうけど。
「ごめんね」
「弟くんが謝る必要はないよ。なんとなく聞いてみただけだから……。だから気にしなくてもいいよ」
「うん……」
とにかく。暇ではないことは理解したので、楓のことをデートに誘うのはやめることにする。
楓は、いかにもっていったようなくらい申し訳なさそうな顔をしていた。
「ほら。そんな顔しないの。私にだって、そういう時はあるんだから──。弟くんは、やりたいと思ったことをやるのが一番だと思うよ」
「香奈姉ちゃんは、やりたいこととかってないの?」
「そうだなぁ……。これといっては特にないかな。強いてあげれば弟くんのお世話くらい…かな?」
恥ずかしげもなくそんなことを言えてしまうのは、きっと楓のことでいっぱいだからだと思う。
もちろん自身の勉強は、もう終わらせている。
後は試験に挑むだけだ。
しかし楓は、そのことが心配なのか訊いてきた。
「試験勉強とかはもういいの?」
「うん。大体のところはもうやり終えたから、後は試験当日に受けるだけかな」
「自信のほどは?」
「半々…かな」
「そっか。さすが香奈姉ちゃんだね」
楓は、私にそう言ってくる。
実際はどうなんだろう。
半々なんだろうか?
できるだけのことをするしかないのだが、それでも不安は残る。
だからこそ私は、楓が尊敬する『私』じゃないとダメなのかもしれないが。
「弟くんは? わからないところとかってない?」
「今のところは……。特にないかな」
「そっか」
そんなことを言われて落ち込まないわけがない。
どうして楓は、素直に聞いてくれないんだろうか。
それを私が口に出しても、建前とかで押し隠してしまうのが楓の悪い癖だ。
私は、思いついたかのように楓に抱きつく。
もちろん安心させるためだ。お互いにだが──
「ちょっ。香奈姉ちゃん? なにを──」
「もう少しだけ……。このままでいさせて」
「でも……。ちょっと恥ずかしいよ」
「ちっとも恥ずかしくなんてないよ。弟くんは、私の大切なバンドメンバーなんだから。それだけはこれからも変わらないの」
これだけはやっておかないときっと後悔する。
そんな風に思ってしまった。
なぜかはわからないが……。
なんとなくっていうのは、かえって恐いものだ。
まぁ、私たち以外には誰もいないのだから、恥ずかしいもなにもない。
「だけど……」
「問答無用だよ。弟くんは、もう少しだけ私に甘えちゃいなさい」
「もしかして不安だったりするの?」
「そりゃあね。私だって1人の女の子なんだし。…不安になったりもするよ」
「だからって、甘えたりするのはちょっと違うような……」
「そこは、ほら。弟くんの気持ち次第だよ。私のことをちゃんと見ていてくれてるかどうか……」
「それはもちろん! 香奈姉ちゃんのことは、それはもうしっかりと見てるよ。たぶん……」
最後のその不安そうな一言は一体……。
いつでもとは言わないから、そういうことは自信をもって言ってほしいな。
「弟くんだしね。まぁ、大目に見ておくことにしようかな」
私は、そう言って楓から離れる。
甘えたりするっていうのは、なかなかに難しいものだ。
我ながらにして──
楓が帰ってくるまでの間というのは、なんとなく暇になったりする。
そういう時は、恋愛小説などを読んでおく。
あくまでも空想なので参考になる部分はほぼ無しに近いが、それでも興味本位で読んでいる。
エッチなシーンも多少は出ているので、楓に試してみようという気持ちは…まぁ、無いとも言えないが実際はどうだろうか。
楓は喜ぶかな?
あくまでも空想だから、やめておいたほうがいいのかな。
もしかすると理想のシチュエーションがあったりするかもしれない。
「まぁ、弟くんに限ってそんなことはないよね……。あくまでも上手くいっている男女の空想的な話だろうし……」
そんなことを1人で言いながら小説を読んでいく。
そういえば、こうして落ち着いた気持ちで本を読むのは、久しぶりな気がする。
勉強以外では、こんなことは無かったかも。
「やっぱり、適度な距離感で付き合う方がいいのかな……」
そう言ってみるものの、答えてくれる人はいない。
お姉ちゃんとしての自分と、彼女としての自分。
楓にとって、どの私が一番好きなんだろう。
この小説を読んでいると、私の普段の立ち振る舞いについて悩んでしまうことがある。
どこか積極的なところがないような気もしないでもないからだ。
もしかして私だけかな?
そんなことを思ってしまうのは──
恋愛って難しいな……。
「理恵ちゃんに勧められて読んでるけど、これは……」
面白いから読み進められるが、個人的には好きになれない女の子が多い印象だ。
恋愛小説って、こんなものだろうと思えばまだ割り切れるんだが……。
いきなりエッチな行為に及ぶのも、ちょっとどうかとも思えてしまう。誰かとは言わないけれど。
でも、何もしないというこのもどかしさが逆に面白さをだしているのかもしれない。
──楓も似たようなものだから。
「弟くんって、どんなのが好みなのかな?」
私は、ふとそう言っていた。呟くように──
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