第二十九話・2

 楓はどちらかといえば消極的な性格をしている。

 私と2人っきりでのひと時でもなかなか話しかけてこないから、私のほうから楓に話しかけているくらいだ。


「やっぱり、弟くんにとって私は近くにいる幼馴染のお姉ちゃんとしか思ってないのかな?」


 私と楓との関係はといえば、もう彼女彼氏の間柄だろう。

 それのどこに不満があるんだろうか。

 そろそろ楓が帰ってくるだろうと思って楓の部屋にいるんだが、なかなか帰ってこない。

 私は、時間を確認するために部屋に置かれている時計を見やる。

 スマホを見れば早い話だが、ここはあえて楓の部屋にある時計で確認する。

 スマホだと、ついでに連絡とかもしそうで怖かったからだ。

 ちなみに時間は21時半。

 バイトの時間はとっくに終わっているはずだ。

 どこでなにをしてるんだろう?

 楓のことだから心配するだけ無駄だと思うし。

 もしかして、例の千聖とかいう女の子と一緒にいるとか?

 ──まさかね。

 わかってはいても、なんとなくソワソワしてしまう。

 仮に一緒にいたとしても夜中にデートっていうことはないから、そこは安心はしてるんだけど。


「まぁ、バイト仲間だしね。夜道を1人で歩かせるわけにはいかないよね」


 楓の場合、単純に人がいいから頼まれたら嫌とは言えない性格をしているし。

 それはなんとなくあり得そうだ。

 浮気とかではなく、単純に女の子の一人歩きというのは危険だから、途中まで送ってあげてるんだろう。

 この時間だから、私が楓の立場だったとしても同じことをしてる。好き嫌いとか関係無しに──


「仕方ない。とりあえず、帰ってくるまで待ってあげようかな……」


 私は、そう言って楓の部屋を見回していた。

 部屋の中をガサ入れしても、私が期待しているようなものは出てこないだろうし。

 ──しかしだ。

 楓には悪いけど、エッチな本とかは回収させてもらおう。

 変なことをされても困るし……。

 回収してどうする?

 参考にしてみるとか……。そもそも、そんなことを楓は期待するだろうか。

 いや。楓に限ってそれはないか。


「確認するくらいなら別に構わないよね。どんなのが好きなのか気になるし……」


 そう独り言を言って私はベッドの下に手を入れる。

 大抵の場合、人に見られて困るものはそういうところに入れるのは定番だ。

 正解だった。

 それは確かな手触りとして認識できる。

 そのままそれを掴み引っ張るとそれは出てきた。

 出てきたものは、私と同世代くらいの女の子が表紙に載った雑誌だ。しかも下着姿である。

 間違いない。

 楓が私に隠してるエロ本だ。


「私に内緒でこんなものを買うなんて……。──けしからんですよ。弟くん」


 まったくもう……。

 言葉が出てこない。

 本の中身を確認すると、出るわ出るわ『けしからん』と表現できるほどの女の子の姿が写ったものがたくさん……。

 どれもこれも下着姿で……。中には、素っ裸っていうのもあった。

 もしかして、私にもそれを求めていたり…するのかな?

 そうだったりしたら、ちょっと恥ずかしいかも……。


「エッチなことじゃなくても、さすがにこれは……。でも弟くんの目線からだと、私もこんな風に映っているのかな?」


 そう言った後でつい想像してしまう。

 私も、この雑誌に写った女の子と同じなんじゃないかと──

 そんなことを考えてしまうと、今の私の格好を見てしまう。

 普段着なんだけど、どちらかと言えば楓や隆一さんを意識した服装になっているかもしれない。


「別に雑誌のモデルさんを意識してるわけじゃないし……。どんな服装でもいいじゃない、別に──」


 そう言っても不安は拭いきれない。

 私だって1人の女の子だ。どうしても、まわりの男の子の目は気にしてしまう。

 ダメだ。

 これ以上この本を見ていると自信を失ってしまう。


「参考にしちゃダメ…だよね」


 自分に言い聞かせる。

 これは男の本能を呼び覚ます一種の娯楽みたいなものだ。

 本気にしてはいけない。

 よし。

 今日は、弟くんが帰ってくるまで待っていよう。

 その方がいい気がする。


 しばらくして楓が帰ってきた。

 一階の玄関のほうで物音がしているので間違いはないだろう。

 私は、すぐにエロ本を元の位置に戻して、何事もなかったかのようにベッドの上に座る。

 回収しておこうかと思っていたが、もし楓のものじゃなかったらそれこそなんともいえない気持ちになる。


「ただいま…って、あれ? 香奈姉ちゃん? なんで僕の部屋に?」


 楓は、私を見て不思議そうな顔をしている。

 別に変なことでもないのに……。

 私が楓の部屋にいるのは、それなりに理由があってのことだ。

 やましいことはなにもない。


「今日はね。弟くんのお世話をしようと思って──」

「別に必要ないんだけど……」

「そんなこと言わないで…ね。今日は、私にとって特別な日なんだから、一回くらいは……」

「エッチな行為じゃないのなら…別にいいけど」

「私はそんなことをする人間じゃないよ。もしそんなことをするとしても好きな人のためにしかしないもん!」


 楓に変なことを言われて、そう返してしまった。

 そもそもエッチな行為っていうのは、その場の雰囲気ですることだと思うから、楓の部屋でするよりも浴室や私の部屋でやった方が盛り上がるというものだ。

 残念ながら今の私にそのつもりはない。


「そうなんだ。ちょっと安心したかも……」


 楓は、なぜかホッと息を吐いていた。

 そこで安心されてもな。

 私には、もう女の子としての魅力を感じないのかな?

 そう考えるとちょっと傷つくかも……。


「これからシャワーを浴びにいくんだよね?」

「うん。まぁ、そのつもりだけど。…どうかしたの?」

「ううん。なんでもないよ。ちょっと聞いてみただけ……」

「香奈姉ちゃんも一緒に入るかい? …って冗談を言ってみたり──」

「一緒に入っていいの?」


 冗談には聞こえなかったので、改めてそう訊いてみる。


「え……」


 楓は、半ば呆然としたような表情になっていた。

 まさに『本気なの?』と言わんばかりに──

 残念だけど冗談を言うくらいの余裕はない。

 逆にこれはチャンスだ。

 裸の付き合いっていうのは、私たち男女間では必要なことである。

 楓からそう言ってきてくれるのはありがたい。


「冗談だよね?」

「なんで冗談なんて言う必要があるの? むしろ弟くんがそう言ってくれるなら、ホントに一緒にシャワーを浴びよっか?」

「えええ……」


 楓は、あきらかに戸惑ったような表情を見せる。

 あんなことを言っておきながらその表情はないだろう。


「なによ? 嫌なの?」

「いや……。そんなことはないけど……」

「だったらいいじゃない。一緒にシャワーを浴びようよ」

「うん」


 楓のその返事からは渋々といったようなことはないから安心した。

 冗談でもそんなことは口にしないほうがいいのだよ。弟くん──


「弟くんとのシャワー。なんだか楽しみだな。…なんてね」


 私は、笑みを浮かべてそう言っていた。

 楓とは、付き合いはじめてから何度も一緒に入っているのだが、楽しみなのは変わらない。

 こんなことができるのは、幼馴染だからこそである。


「僕が入っている最中に何度も入ってくる癖に、よく言うよ……」

「何か言った?」

「ううん……。なんでもない……」


 楓は、そう言ってなぜかがっくりと肩を落としていた。

 そんなに落胆するようなことなのかな?

 私と一緒にシャワーを浴びることができるんだから、嬉しいはずなのに。

 実は恥ずかしかったり…するのかな──

 どうなんだろう。

 私にはわからない。

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