第十四話・6

「ねぇ、楓君。この服は、どうかな? 似合っているかな?」


 ちょっと考え事をしていると、奈緒さんから声をかけられた。

 今いる場所は、香奈姉ちゃんとも行ってる洋服店だ。

 奈緒さんは、気に入った洋服を見つけてさっそく試着したみたいだった。

 僕に見せてきた服装は、女の子らしさを強調したものだ。

 特にも、ミニスカートの下から覗く綺麗な脚が目を引いている。


「うん。よく似合っているよ」


 僕は、そう言って微笑を浮かべた。

 試着とはいえ、奈緒さんがスカートを履くことって学校の制服以外であんまりないんじゃ……。

 奈緒さんがミニスカートを履いてるのは貴重だけど、あんまりジロジロと見ないでおこうかな。

 僕のその本心が奈緒さんに伝わったんだろう。

 奈緒さんは、不満そうな表情を浮かべて言った。


「あんまりよく見ていないよね。ちゃんと見てくれないと、後で香奈に言っちゃうよ。あたしとのデートを台無しにしたってね──」

「あ、はい。すいません……」


 僕は素直に謝り、奈緒さんを見る。

 奈緒さんの場合、クールな表情をしているためミニスカートを履くと、印象がガラリと変わってしまうな。

 他の女の子にはない可愛さがあるっていうか。


「やっぱりあたしがミニスカートを履くのって、変なのかな……」


 奈緒さんは、俯いてボソリとそう言った。

 独り言のようにそう言ったので、聞き逃すところだったが。

 そんなことはない。

 奈緒さんだって、一人の女の子だ。

 だからスカートを履きたいと思う気持ちは、あるんだろう。


「ちっとも変じゃないよ。とても似合ってて可愛いよ」


 僕の言葉に、奈緒さんの顔が赤くなる。


「もう。…そんなこと言ったって、何も出ないんだからね」


 ──よかった。

 怒ってはいないようだ。

 てっきり、僕が褒めてしまったことで、奈緒さんが怒ってしまったのかと思ったよ。


「それじゃ、今回はコレにしようかな」


 奈緒さんは、試着している服を自分で見て言う。

 気に入らなかったのかと思ったけど、まんざらでもないようだ。

 奈緒さんもちゃんとした女の子だってことがわかって、よかったような気がする。

 個人的にだけど。


「気に入ったものがあって良かったね。そういうことなら、僕は店の出入り口で待ってるね」

「ちょっと待って」


 店の出入り口に行こうとした僕を、奈緒さんは僕の腕を掴んで引きとめた。


「どうしたの?」


 僕は思案げな表情になる。

 まだ何かあるんだろうか。


「今回はさ、この服を買おうと思うんだけど、その……。楓君も一緒に選んだってことにしてほしいんだ」

「え……。どうして?」

「その方がさ。デートとしても、成立すると思うから。…ダメかな?」


 そんな、何かをねだるような表情で見てきてもな。

 これじゃ、香奈姉ちゃんとデートする時と同じじゃん。

 デートの終わりにはキスをするっていう確定事項も含めた上でも、断りきれない空気が流れているよ。

 まぁ、断る理由もないんだけどさ。


「僕は、別に構わないよ。奈緒さんがそうしたいのなら」

「ありがとう。それじゃ、そういうことにするね」


 奈緒さんはそう言うと、試着室のカーテンを閉める。

 奈緒さんなりに、その服が気に入ったらしい。

 しばらくして、奈緒さんは試着した服を手に持って出てくる。


「ちょっと待ってて。…買い物を済ませてくるから」

「もし良かったら、僕がそれを買ってくるかい?」


 僕は、自然とそんなことを言っていた。

 何故かはわからないけど、僕の口からそんな言葉が出ていたのだ。

 奈緒さんは、めずらしく思案げな表情で訊いてくる。


「いいの?」

「せっかくの奈緒さんとのデートだし。全然いいよ」


 きっと香奈姉ちゃんが一緒にいたら、僕にこうしろって言うに違いないし。

 なにより、香奈姉ちゃんの親友だから、僕にとっても大事な人だ。悪いようにはできない。


「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えようかな」


 奈緒さんは、頬を赤く染めて試着した服を僕に手渡してくる。

 そんな姿も可愛く思えてしまうのは、僕だけだろうか。


「それじゃ、ちょっと行ってくるね」


 僕は、奈緒さんが試着した服を持って、レジに向かう。

 どこで香奈姉ちゃんが見ているか、わかったもんじゃない。

 こういうことは、僕がしっかりしないと。


 洋服店を出てしばらく歩いていると、奈緒さんは改まった様子で僕にお礼を言ってくる。


「ホントにありがとうね。あたしの我儘なのに……」

「気にしなくていいよ。僕がそうしたかっただけだから」


 僕は、笑顔でそう言った。

 嘘は言ってないと思う。大事な人にそうしてあげたいっていう気持ちに間違いはないのだから。

 お財布の中身は少しスースーするけど、後悔はない。


「それじゃ、この服は次の楓君とのデートの時に着てくるよ」

「え……」


 奈緒さんとのデートは、次もあるのか。

 僕は、唖然となってしまう。


「何? あたしとのデートは嫌なの?」


 奈緒さんは、寂しそうな表情でそう訊いてくる。

 そんな顔をされても……。

 僕は、戸惑いながらもこう答えていた。


「え、いや……。嫌では…ないです。ないですけど……」

「そっか。あたしとのデートは、楓君にとっては退屈なんだね。それなら、退屈しないようにスキンシップをとることも大事だね」


 奈緒さんは勝手にそう言うと、僕に近づいてきてそのまま僕の唇にキスをしてきた。

 ちょっと待って。強引すぎだよ。

 僕には、香奈姉ちゃんという恋人がいるのに……。

 そんなことを言える状況ではなく、奈緒さんは、さらに僕の身体を優しく抱きしめてくる。

 これは、僕も抱きしめ返してあげないとダメなやつだ。

 ──仕方ない。

 僕は流れのままに奈緒さんのことを優しく抱きしめてあげた。


「ん……。楓君」


 奈緒さんは、もう一度キスをしてくる。

 ホントは、香奈姉ちゃんとこういうことしたかったのに。

 香奈姉ちゃんが、あんなことを言わなければ、こんなことにはならなかったと思う。

 それにしても。

 ここが人どおりの少ない場所で助かった……。

 もし知り合いにでも見られてしまったら、大変な事になってしまいそうだ。


 次に奈緒さんと行ったのは、楽器店だった。

 こんな場所をデートコースにするっていうところが、奈緒さんらしい。


「デートコースとしては、ちょっと間違っているかもしれないけど、どうしても欲しいものがあって……。別にいいよね?」


 奈緒さんは、そう言って不安そうな表情になる。

 もしかして、他の男の人とは自分の趣味を共有できなかったのかな。

 もしそうだとしたら、奈緒さんの彼氏なんて務まらないかと思う。

 それにしても。

 奈緒さんって、意外と人に気を遣うタイプだったんだな。

 全然、知らなかったよ。

 まぁ、僕も欲しいものがあったので、ちょうど良かったんだけど。


「うん、全然構わないよ。僕も楽器店で買い物があったから、ちょうど良かったよ」

「そうなんだ。…それなら、良かった」


 奈緒さんは、ほっとした表情を浮かべた。

 そんな表情を見ていても、やっぱり可愛いな。

 奈緒さんの魅力は、きっと香奈姉ちゃんと僕にしかわからないと思う。

 僕と奈緒さんは、それぞれ欲しかった物を見つけて購入した。

 やっぱり、デートの終わりに楽器店に寄ってしまうのは、いかにも奈緒さんらしいな。

 さすが香奈姉ちゃんが組んでるバンドの、大事なギター担当だ。

 僕も、ベース担当としてそこは見習わなきゃいけないな。

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