第二十六話・2
気がつけば、さっきから美沙先輩がチラチラとこちらを見ている。
まるで僕の様子を伺っているかのように。
なにかあったのかな?
もしかして、不相応な格好だったとか?
デート用とはいかないけれど、美沙先輩と買い物に行くためにそれなりの服装で来たんだけどな。
だからといって僕から訊くのは、ちょっと気が引けるし……。
そんなことを考えていると、美沙先輩の方から口を開いた。
「ねぇ、楓君」
「なに?」
この瞬間、ドキリとしてしまう。
美沙先輩になにか失礼なことをしてしまったんじゃないかという気持ちになったからだ。
もしかしてこの服装は不相応だったとか。
「今日のことなんだけど……。香奈ちゃんから何か言われなかった?」
美沙先輩は、なぜか恐る恐るといった感じでそう訊いてきた。
途端、僕が抱いていた緊張が解れる。
僕の服装のことじゃなかったのかという安堵感でいっぱいになった。
それにしても香奈姉ちゃんから何か言われたりって……。
特になにもなかったような。
僕は平静を装い、微笑を浮かべて言う。
「別に何も言われてないけど」
「そっか。それならいいんだ」
美沙先輩は、努めて笑顔でそう返す。
これは、あきらかに何かあった顔だ。
「美沙先輩は? 何か言われたりしたの?」
もしかしてメールで何かのやりとりでもやったのかな。
「別に何も…て、言っても、絶対信じないよね?」
「美沙先輩のその顔を見たら……。何もなかったようには……」
正直、美沙先輩のその何かを誤魔化すような笑顔を見たら、とても何もなかったようには見えない。
香奈姉ちゃんのことだ。メールで美沙先輩に何か言ったに違いない。
こんな極端な美沙先輩を見るのは初めてだ。
これじゃ、いつもの美沙先輩じゃない。
「やっぱり楓君には、わかっちゃうか……。ダメだな。私って──」
「香奈姉ちゃんは、なんて言ってたの?」
「う~ん。大した事は言われてないような気がするけど…なんとなく手を出すな的なことが書かれていたような」
そう言って美沙先輩は、自身のスマホを見せてくる。
内容を見るつもりはなかったが、見せてくる以上、見なきゃいけないだろう。
香奈姉ちゃんが美沙先輩に送ったメールは、どんな内容なのかな。
人様のスマホを見るのは、かなり気が引けるけど……。
『デートだからって、弟くんに変なことをしたらダメだよ』
内容を確認するに、なんとなく察してしまう。
これはあきらかに美沙先輩に対して注意をしている。
読まなきゃよかったかな。これって──
でも美沙先輩が見せてきたのだから、どうにもならないか。
「うん……。これはあきらかにそうだよね」
さすがの僕もそう解釈するしかなかった。
美沙先輩が、僕に対してなにかをするようには見えないんだけど。
「そうだよね? 香奈ちゃんだけ楓君とイチャイチャしまくっててずるいっていうか……。少しは私のことも考えてほしいよね!」
「あー、うん。そうだね。でも美沙先輩なら安心かな」
「安心なんだ? そっか。それならこうしても許してくれるよね」
美沙先輩は、そう言うと僕の腕を掴み、そのまま引っ張って歩いていく。
その顔を見る限りでは、上機嫌な様子だ。
「あ……。ちょっと……」
さすがに強引かなって思い、僕はそう言ってしまう。
別に嫌というわけではない。きっと──
やはりと言うべきか、美沙先輩は不服そうな表情になる。
「なに? 私だって1人の女の子なんだから、このくらいは良いでしょ?」
「うん。いいけど……」
僕は、不承不承そう答える。
それを不思議に思ったのか、美沙先輩は思案げな顔をしていた。
「なにかあったの?」
「ううん。別に……。いきなりだったから、ちょっとびっくりしただけ……。もう大丈夫だよ」
僕がそう言うと、美沙先輩はギュッと僕の腕にしがみついてくる。
「それならいいけど……。遠慮なんかしちゃダメだからね。今日は私とのデートなんだから、たくさん楽しもうよ」
そうしてくるあたり、なんだかとても嬉しそうだ。
「デートなの? 僕はてっきり、普通に買い物に行くもんだと思って普段着で来たんだけど──」
僕自身、ホントにデートだと思ってなかったので普段着よりもちょっとお洒落なくらいの服装で来たのだが……。
美沙先輩の態度を見る限りでは、僕の服装などはまったく気にならないみたいだ。
「なによそれ? 私とのデートはお断りって言いたいの?」
「そんなことは……。美沙先輩はいいのかなって……。僕なんかとデートっていうのは──」
「大丈夫だよ。むしろ楓君とのデートは嬉しいくらいだよ。楓君は、とってもかっこいいから──」
そこでフォローを入れられてもな。
美沙先輩の服装を見たら、普段とはあきらかに違うもので来ているのに気付かされる。
いつもの活発な印象の服装とは違い、女の子らしい服装だった。
美沙先輩がミニスカートを穿いているのは、ちょっとレアだ。しかし──
「そうなのかな。僕には全然わからないや」
僕は、いかにも困った様子を面に出してそう言った。
あまり、そんなところをジロジロ見るのはマナー違反だろう。
しかし微風で揺らいでいるスカートは、もう少しで中が見えてしまいそうだ。
「だから女の子に声をかけられちゃうんだぞ。そこは、気をつけないと」
「う、うん。気をつけてはいるんだけど……。女の人って、よくわからなくて」
そういえば、前に女性たちから声をかけられたことがあったな。
その時は香奈姉ちゃんがその場にいたからスルーできたんだけど。
いなかったら、さらに言い寄られていたかもしれない。
たぶん断ってはいたと思うけど。やっぱり女の人って怖いな。
僕の場合は、このままの方がいいんだろうか。
「わからなくていいよ。楓君は、そのままが一番だから」
美沙先輩はそう言って、僕のことをグイグイと引っ張っていく。
今は美沙先輩がいるから、なんの心配もしてないが。
これじゃ、1人で街を歩くなんてことはできそうもない。
とりあえず今は、美沙先輩の買い物に付き合ってあげよう。
約束してた事とはいえ、やっぱりこうして一緒に歩いていると、デートに見えなくもない。
僕的には、香奈姉ちゃんの友達の買い物に付き合ってあげてるだけなんだけど。
こうして見ると、美沙先輩も充分に可愛い。
だからこそなのか遠巻きにして見てる男の人たちの視線が痛いわけで──
「どうしたの? 私の顔になにかついてる?」
美沙先輩は、思案げな様子でそう訊いてくる。
どうやら僕は美沙先輩の顔をガン見してたみたいだ。
僕は、慌てて美沙先輩から視線を逸らす。
「ううん、なんでもない」
「ふ~ん。そっか。まぁ、そういうことにしといてあげるよ」
美沙先輩はなにかを察したのかそう言った。
でも僕の腕にはしがみついたままだ。
離すつもりはないらしい。
香奈姉ちゃんが見たら、絶対に怒るようなシチュエーションだ。
どこかで見ていませんように──って、祈るばかりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます