第二十四話・10

 私に手を引かれて歩いていても、楓君は一言も文句は言ってこなかった。

 普通の男の人なら、何かしらの理由をつけて嫌がったりするくらいなのに。

 もしかして、誰かが見ているとか?

 だとしたら、それは──

 私は、楓君に悟られないように周囲を見やる。

 どこかで西田先輩が見てないか、とても不安だ。


「どうしたの?」


 楓君は、なぜか心配そうな表情でそう訊いてくる。

 いきなりの事だったので、私は少しだけ唖然となってしまったが、すぐに微笑を浮かべていた。


「なんでもないよ。ちょっとね」

「そっか。なんでもない、か。もしかして、僕たちのことを誰かが見ていたりしたのかなって」

「それは……。うん。ちょっとね」


 やっぱり気づいていたのか。

 楓君の場合、結構心当たりがありそうな気もするんだけど。

 そこは敢えて口には出さないのが優しさなんだと思う。

 ちなみに周囲を見やっても、それらしき人は見当たらなかった。

 これは、やはり──


「やっぱり千聖さんのことが可愛いから、色んな人が見てるんだね。デートが終わって1人になったら、気をつけないと──」

「そんなことはないと思うんだけど……」


 むしろ楓君のことを監視しているようにも見えるんだけど。

 そんなことをはっきりとは言えない。

 楓君に言っても無意味な感じがするのだ。

 それに、今は楓君とデート中だから、西田先輩のことは忘れないと。

 私は、意を決したかのように楓君の頬を優しく抓る。


「楓君、そんなことよりもデート中は『千聖』でしょ! いい加減、慣れてよね!」

「ごめん。でも、さすがにその呼びかたは……」

「ひょっとして、私に気を遣ってる?」

「う、うん。なんとなく……」


 そんなもじもじとした態度を見ていると、よけいに腹が立ってしまう。

 もっと男らしく振る舞ってもいいだろうに。


「楓君が気にする必要なんてないのにな。どうして、そんな申し訳なさそうな顔をするんだか……」


 そう言って、私はさらに楓君の頬をギュッと抓った。

 他の人たちに見られたって、全然恥ずかしくない。


「ごめん……」


 楓君は、気まずそうな表情で私を見てくる。

 どうしても、私のことをそんな風には呼べないってことだろうか。だけど──


「謝ったってダメなんだからね。私のことをちゃんと呼んでくれるまで離さないんだから!」

「うぅ……。そんなことを言われてもなぁ……。『千聖』は充分に可愛いんだし」

「っ……」


 あまりにも自然にそう呼ばれたものだから、私自身、呆然となってしまった。

 不意打ち、とでも言った方がいいだろうか。


「もう……。楓君は。そんな不意打ち気味に私のことを呼ばなくてもいいじゃない……」


 私は、急に恥ずかしくなり楓君の顔から視線を逸らす。

 たぶん、赤面していると思う。

 今はデート中だから、そんな顔をしてもしょうがないんだけど。


「と、とりあえずデートの続きもあるし…行こっか」

「うん」


 楓君は、なぜか諦めた様子で頷いていた。

 西田先輩がどこかで見ていようと、今、楓君とデートをしているのは私だ。

 だからこそ、邪魔さえ入ってこなければ大丈夫。たぶん。


 楓君って、なにが好きなんだろう。

 どんな趣味とか持ってるんだろう。

 そんなことを知りたかったんだけど……。

 当たり前だが、一緒に歩いていても、なにもわからない。

 楓君のことは、ある程度は調べていたつもりなんだけど、基本的に西田先輩と一緒にいるところしか把握していないのだ。

 今回のデートで、なにかしらわかる気がしたんだけど……。


「ねぇ、楓君」

「なに? 千聖さん」

「また『さん』付けかぁ。まったく……。律儀というかなんというか……。まぁ、いいか。ところで楓君にとって西田先輩は、どんな存在なの?」

「香奈姉ちゃんか……。そうだなぁ」


 改めて考えたことがないのか、楓君はその場で考え込んでしまう。

 あれだけ『千聖さん』はやめてほしいって言ってるのに、やめてくれないところを見ると、これはもう、常日頃の習慣みたいになっているんだろうな。

 もう怒る気力が失せてしまった。

 そういえば、楓君の口から西田先輩のことを聞き出すのは初めてだったような気がするんだけど、どうだったかな。

 楓君は、懐かしげな表情で微笑を浮かべ語りだす。


「優しくて聡明なお姉ちゃん的な存在、かな。普段は聡明さなんて感じさせないくらいフランクな感じだけど、見てるところはしっかりと見てるっていうか……。さすがはバンドチームのリーダーをやってるだけのことはあるかなって──」

「そっか」


 私は、微笑を浮かべて相槌をうつ。

 やはり、ただ楓君を見守ってるだけの人じゃないな。

 潜在的に楓君のことを信じてるんだ。

 そこまでの人だったら、楓君を1人になんて絶対にしないし。


「楓君は、西田先輩のことを信じてるんだね」

「うん。なんて言ったって、僕のお姉ちゃん的な存在だからね。信じているよ」


 これは普通の恋人同士とは、ちょっと違う。

 楓君と西田先輩は、体の関係があるかないか以上になにかを感じてしまう。

 なんだろう。

 これはデート終わりのキスとかって、やったらダメなやつかな。

 私としては、どうしてもしたいんだけど……。

 そんなことを思い、もじもじしながら楓君のことを見ていると、楓君は思案げな様子で訊いてくる。


「どうしたの? 僕の顔になにかついてる?」

「ううん。別に……。ちょっとね」


 私は、誤魔化すように笑みを浮かべていた。

 デート中になにかの期待を匂わせるようなことしたらいけないのはわかっているんだけど、どうしても意識してしまう。

 西田先輩のことを訊いてしまったからかな。

 とにかく。

 デートの続きをしなくちゃ。


「そんなことよりも、ほら。デートの続き…行こっか?」


 私は、楓君の前でスカートの両端を指で摘み、少しだけたくし上げる。

 ミニスカートだから、あまり上げすぎると中の下着が見えてしまう危険性があるが、大丈夫だと思う。

 スカートの中は、見えてはいないはずだ。

 ちなみに今日の下着は、楓君とのデートに合わせて、それなりの勝負下着を着用している。

 見られてしまったら、それこそ恥ずかしいものだ。


「うん」


 楓君は、素直に頷いていた。

 西田先輩がどこかで見ているんだろうけど、もう気にしない方がいいだろうな。

 私は、楓君の手をギュッと掴み、そのまま歩きだす。

 たぶん、次に行く場所で楓君とのデートは終わりだ。

 どこにしようかな。

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