第十七話・19

 今日は、クリスマスだ。

 私は、予約していたクリスマスケーキを買いに行くために、先にショッピングモールへとやってきていた。

 クリスマスパーティーは楓の家で催されるので、本来なら楓のことを待った方がいいんだろうけど、クリスマスムード一色に染まった街並みを見てみたくて、先にやってきていたのだ。


「キラキラしていて綺麗だなぁ。やっぱり、楓と一緒に来るべきだったかな」


 私は、そう言って一人でショッピングモールの中を歩いていた。

 一人でショッピングモールを歩いていると『不用心だよ』って奈緒ちゃんあたりからよく言われるけど、この日に限っては本当にそうかもしれない。

 現に、向こうから数人の男性たちがやってくる。


「ねぇ、君。一人なの? よかったら、俺たちと一緒に遊びに行かない?」


 数人の男性たちの一人が、フレンドリーな笑顔を浮かべてそう言ってきた。

 私も一度だけ立ち止まってしまったのがいけなかったんだろう。

 悪いけど、彼らと一緒に遊びに行く暇はない。


「あ……。あんなところにクレープ屋さんができたんだ。さっそく買ってみようっと──」


 私は、毅然とした態度で彼らから視線を外し、歩き出す。

 あくまでも無視を決めこめば、相手も諦めてくれるだろうと思ったのだ。

 しかし彼らは諦めることなく、今度は目立つように私の前に立ちはだかった。


「無視しないでよ。俺たちは、君に話しかけているんだよ」

「すいません。急いでいるので──」


 私は、事務的にそう言ってかき分けるようにして彼らを掻い潜ると、まっすぐにクレープ屋さんに向かう。


「ダメみたいだ……。もう行こうぜ」


 一人は、もう諦めた様子だ。

 私に声をかけてきた男性にそう言っていた。

 しかし、男性は諦めたくないのか声を荒げる。


「あんな可愛い女の子を見て素通りなんてできるかよ! 俺は諦めないぜ」

「だけどよ。俺たちのことなんか見てないって感じだぜ。そんな子をナンパなんてできないぞ」

「いいから、見てろって──。あのさ。よかったら、俺たちと一緒に──」


 と、再び駆け寄ってきて声をかけようとしてきた。

 しかし、ある人物の登場でそれは遮られてしまう。


「こんにちは、西田先輩」

「ん?」


 私は、声をかけてきたその人物に視線を向ける。

 言うまでもなく、その人物は楓じゃない。

 彼は、たしか楓の友達の風見慎吾だ。


「今日は、一人ですか? 周防は一緒じゃないんですか?」

「風見君じゃない。今日は、一体どうしたの?」

「ちょっとね。クリスマスケーキを買いに……」


 私が聞き返すと、風見君はバツが悪そうにそう答える。

 男がクリスマスケーキを買いにいくっていうのは、やっぱり恥ずかしいみたいだ。


「ちっ! 彼氏と待ち合わせだったのかよ! めんどくせえ……」


 なんにせよ、ナンパしてきた男性たちは、風見君の姿を見て都合が悪くなったのか、諦めてこの場から去っていった。どうやら、私の彼氏と思ったらしい。

 私は、内心でホッと一息吐き、笑顔で風見君を見る。


「そっか。実は、私も同じなんだ。クリスマスケーキを買いに…ね」

「もしかして、周防に頼まれたとか?」

「うん。まぁ、それもあるんだけど。クリスマス当日の街並みを見てみたくなってね。なんとなく来ちゃったんだ」

「そうなんですか。できたら俺も、西田先輩に付き合ってあげたいですけど、家にいる妹に急かされてるもんだから……。この辺で失礼しますね」

「うん。気をつけてね」

「それじゃ。周防によろしく伝えておいてください」


 そう言うと風見君は、そそくさとケーキ屋の方へと向かっていった。

 やっぱり、妹さんを待たせるわけにはいかないんだろうな。

 こればかりは、仕方がない。

 とにかく、ナンパしてきた男性たちを追い払ってくれたことに対しては、感謝しておこう。

 私は、どうしようかな。もう少し、この辺りを歩いてみようかな。

 そういえば、ショッピングモールに一人で来るなんて事はなかったから、ちょうどいいかもしれない。

 そう思って、歩き出した矢先──


「香奈姉ちゃん」


 と、後ろから聞き覚えのある人物から声をかけられて、私は足を止める。

 声がした方を振り返ると、そこには楓がいた。

 楓は、いつもの優しそうな表情を浮かべて私のところにやってくる。


「よかった。…なんとか間に合った」

「楓。…それで、花音に何を頼まれたの?」


 私は、楓の顔を見てそう訊いていた。

 楓の顔を見る限りだと、何かを頼まれたっぽい感じなのだけど……。どうだろう。

 その通りだったのか、楓は苦笑いをして言った。


「うん。ケーキを買いに行くついでに、ジュースを買ってきてって頼まれてさ……」

「何よそれ? ジュースなら、用意してるはずだよね」

「うん。まぁ、そうなんだけど。お気に入りのジュースが無かったみたい。…とりあえずケーキを買う前に、コンビニ辺りにでも行ってみようか?」

「うん。そうだね」


 私は、楓の腕にしがみつくように腕を絡める。

 こうすれば、ナンパされることはないだろう。たぶん……。

 しかし楓は、あまりに急な事に驚いていたみたいだ。


「ちょっ……⁉︎ 香奈姉ちゃん」

「このくらい。クリスマスなんだし、いいじゃない」

「え、でも……」

「楓は、お姉ちゃんのこと嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど……」

「だったら、いいよね?」

「う、うん」


 私の言葉に、楓はなんとか頷いてみせた。

 本当は『お姉ちゃん』じゃなくて、『恋人』として私のことを見てほしいんだけど。

 これ以上は、私のわがままになるので言わないでおく。

 ──それにしても。

 花音ったら、楓にそんな頼み事をしたのか。

 まったく。横着なんだから。


 その後、楓の家でのクリスマスパーティーは、滞りなく催された。

 楓と一緒に帰ったので、花音から色々と言われたが、やましいことは何もない。

 私と楓の仲は、誰になんて言われようとも、いつまでも変わらないんだから。

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