第二十二話・11

 楓の良いところは、誰に対しても優しいところだ。

 でも、それが裏目に出ることもある。

 たぶん、奈緒ちゃんと接している時の楓は無防備、無警戒の隙だらけだ。

 本人にさえ、まったくわかっていないだろうと思えてしまうほどに。


「ホント、その優しさが仇になってるんだよなぁ……」


 私は、奈緒ちゃんと会話のやりとりをしている楓を見て、なんとも言えずため息を吐く。

 まぁ、だからといって冷たくあしらうっていうこともできないだろうから、そのくらいが妥当なのかな。

 奈緒ちゃんとの話の内容は、本当に他愛のないものだ。

 例えば──


「ねぇ、楓君。今度は、あたしと一緒にプリクラ撮ろうよ。いいでしょ?」


 そんな感じである。

 まぁ、プリクラくらいなら、許されることなんだろうな。


「え……。でも……」

「大丈夫だって。香奈も一緒に来てくれるから」

「え? ちょっと──」


 そんな勝手に言われても……。

 いきなりで困るんですけど。


「香奈姉ちゃんが一緒に来てくれるのなら……。安心かな」


 楓も、何を言っちゃってるのよ。


「そうだよね。安心だよね。だから今日は、あたしたちと一緒に帰ろうね」

「う、うん。奈緒さんがいいのなら」

「決まりだね。それじゃ、今日もいつもどおり、下校時間に香奈と一緒に校門前で待ってるね」

「う、うん。今度は遅れないように気をつけるよ」


 私の気持ちは尊重してくれないんだな。

 奈緒ちゃんったら、勝手にそんなことを決めちゃうだなんて……。

 よほど、楓のことを引っ張り回したい気持ちがあるんだろうな。

 そうじゃなかったら、私まで一緒に呼ばないと思うし。

 しばらくして、私は口を開く。


「それで? 今日は、どこのゲーセンに行くつもりなのかな?」


 ちなみに、私たちが行くゲーセンは、少なくとも何ヵ所かある。

 制服のままだとしたら、少し遠くにあるゲーセンかな。


「ん~。どこにしようかな。できるなら近場でって考えていたんだけど……。やっぱりダメかな?」

「それはダメだよ。学校帰りに寄るつもりなら、誰にも見られないようにしないと。ただでさえ、私たちが通っている女子校は、そういうことにはうるさいんだから──」

「わかってはいるんだけどさ。めんどくさくて……」


 奈緒ちゃんは、そう言って不満げな表情になる。

 普通のことかと思うんだけど、女子校の制服を着たままゲーセンなどに行くっていうのは、女子校にとって品位を落とす行為として見なされてしまい、後日に注意されてしまうのだ。

 私たちも、日々気をつけてはいるんだけど。


「何言ってるのよ。風紀の乱れは心の乱れって言うでしょ。私たちも気をつけないと」


 ちなみに奈緒ちゃんの家は、女子校からはそんなに距離はない。

 だから一度着替えに戻ってからでも問題はないかと思うんだが。


「ただプリクラを撮りに行くだけだよ。それだけなら、別に問題無いんじゃないかな」

「撮りに行くだけって言われてもなぁ。向かう先がゲーセンだと……。全然、説得力がないかも……」

「それなら、どうする? 少しだけ遠くにあるゲーセンにでも行ってみる? でも、あそこはなぁ……」


 奈緒ちゃんは、悩ましげな表情でそう言う。

 その気持ちは、よくわかる。

 別に面倒というわけじゃない。

 前にそのゲーセンに行って、何人かの男子からナンパをされた事があったから。

 その時の二の舞は、なんとしても避けたい。

 まぁ、楓がいるから大丈夫だとは思うんだけど。

 ていうか、どうして行くことが確定事項になっているんだろうか。


「とりあえずさ。この話の続きは、学校帰りでもいいんじゃないかな。その方が、行くかどうかも決めやすいし」


 私は、そう言ってみる。

 簡単に言えば、提案だ。

 しかし奈緒ちゃんは、即決で判断したみたいだ。


「それもそうだね。行くかどうかは、その時の判断にした方がいいよね」

「うんうん。できれば近場にしたいからね。またナンパされでもしたら、たまらないし……」

「まぁ、ね。ナンパは勘弁かな……」


 奈緒ちゃんも、思うところがあるのか、そう言った。

 奈緒ちゃんの考えはわからないが、私もそれに同調する。


「うん。ナンパはね……」

「香奈姉ちゃんたちは、ナンパされた事があったの?」

「まぁね。バンドメンバーで行った時にね。弟くんには、話してなかったっけ?」

「今、初めて知ったけど」

「そっか。私の説明不足だったね。ごめん……」

「香奈姉ちゃんが謝る必要はないよ。僕が知らなかったってだけだし」


 まぁ、弟くんが私たちのバンドに加入する前のことだったから、知らないのは当たり前か。

 ──とにかく。

 私たちのバンドには、楓の存在が不可欠なのだ。


「これからは、弟くんにちゃんと言うね」

「いや。無理をしなくても……」


 楓はそう言ったが、私としては納得できない。

 私は、楓の口元に指を添えて言う。


「弟くんの管理は、私の仕事。だから、安心してね」

「それって……」


 楓は、何も言えなくなってしまったようだった。


 本日も授業はいつもどおり終わり、帰り支度をしていた時、前の席にいた奈緒ちゃんが話しかけてくる。


「ねぇ、香奈」

「どうしたの、奈緒ちゃん?」

「今日はさ。やっぱり近場のゲーセンにしておこうか」

「やっぱり、行くんだね」

「うん。どうしても楓君と一緒にプリクラを撮っておきたくてさ」

「そっか」


 私は、仕方ないなと思いながらも相槌をうつ。

 奈緒ちゃんは、一度言い出すと絶対に引かないところがある。

 こうなると、誰が何を言っても聞かないだろう。

 私は、鞄を肩に担ぐと奈緒ちゃんの方に向き直る。


「それなら、しょうがないね。行こっか」

「いいの?」

「奈緒ちゃんが言い出したら聞かないのは、私も知ってるからね。今さらって感じだよ」

「ありがとう」


 別にお礼の言葉が聞きたかったわけじゃないんだけど……。

 美沙ちゃんや理恵ちゃんがいたら、さらにややこしい事になりかねないので、敢えて声をかけなかったのだが。


「なになに? どこへ行くの?」


 タイミングよく美沙ちゃんと理恵ちゃんがやってきて、私たちに声をかけてくる。

 特にも美沙ちゃんは、興味津々といった感じだ。

 理恵ちゃんの方も、多少は興味があるらしい。


「2人だけで行くなんてずるいよ。やっぱり、こういうのは全員が揃わないと」


 まさか理恵ちゃんまでそんな事を言うなんて……。

 彼女の言う『全員』って言うのが、楓も含まれてるんだよね。


「いや……。美沙ちゃんたちが気にするような場所には行かないから安心していいよ」

「それなら、どこへ行くつもりなのかわたしたちに言っても、問題ないよね?」


 そんな不満げな表情で理恵ちゃんに迫られると、なんとなく逆らえない。

 表情を見ても、まったくわからないから。

 表面上を見る限りでは無表情なのだ。

 そんな顔でそんなこと訊かれたら。


「それは、そうだけど……。近くのゲーセンだよ。いいの?」

「全然構わないよ。むしろ気分転換になって、嬉しいかも──」

「理恵ちゃん」


 わずかに見せる笑顔が、私に安心感を与える。


「ほら。そんな顔しないの。今ごろ、楓君が待ってるんじゃない?」

「う、うん。そうだね。理恵ちゃんたちがいいのなら、行こっか?」

「学校帰りに友達とゲーセンなんて、不良になったみたいな感じ……。ちょっと、いいかも──」

「決まりだね。そういうことだから、私たちも一緒に行くよ」


 美沙ちゃんは、行く気まんまんなのか、私の腕にしがみついてくる。

 こうなると、しょうがないか。

 奈緒ちゃんは、微笑を浮かべていた。

 ──さて。

 楓は、どんな表情をするだろうか。

 きっと、びっくりするに違いない。

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