第二十三話・14

 公園のベンチで休憩するにも美沙先輩は無防備だった。

 ベンチに座ったのはいいんだけど、いつもの癖なのかベンチの端に片足を預けて座りだしたのだ。


「あの……。美沙先輩。その姿勢はさすがに……」

「ん? なに?」


 周囲の男性たちの視線にも気を留めることはなく、まさに我関せずの姿勢を貫いている。

 今、穿いているのがスパッツなら、僕も何も言わないんだけど、そうじゃないからよけいに神経をすり減らしてしまう。


「スカートの中がその……。丸見えに……」

「別にいいわよ。どうせスパッツだし……。見られたって」


 やっぱりいつもの癖が出てるんだな。

 いつもどおりの反応だ。

 どうやらいつもの癖が出てしまうと、自身が今、穿いてるものさえ忘れてしまうらしい。

 はたまた気づいていないのか。

 僕は、美沙先輩の耳元で囁く。


「美沙先輩。今露わになっているのは、スパッツじゃなくてパンツですよ」

「え……」


 美沙先輩は、ふと思い出したかのように下半身を見やる。

 そして、スカートの中を見て。


「あ……」


 言うまでもなく、ゆっくりと上げていた片足を元に戻す。

 今さら遅い気もするが、スカートを正して下着を見えないようにもした。

 再び僕を見てくる時、いつもの表情よりも増して赤面していた。

 その顔はまさに。


『どうして教えてくれなかったのよ!』


 と、言いたげな表情だった。

 そんな顔をされてもな……。

 美沙先輩がやり始めたことだし。

 まさか自身で穿いてきたのを忘れてしまうだなんて、誰も思わないでしょ。


「もしかして、知ってたの?」


 美沙先輩は、涙混じりに訊いてくる。

 僕は、美沙先輩から視線を逸らして言う。


「なんとなく…だったけど……」

「いつからなのよ?」


 問題なのは、そこじゃない気がするんだけど……。

 しっかりと答えないと、後で面倒なことになりそうだ。


「少し前から…かな。ゲームセンター内でプリクラコーナーに行った時。美沙先輩が駆け足で僕と向かっていった時にチラッと見えてしまって……」

「そ、そうなんだ……。私自身、すっかり忘れてしまって……」


 美沙先輩は、そう言ってスカートの裾をギュッと掴む。


「どうするんですか? スパッツ…持ってきてるんでしょ?」

「それは……。いつもどおり穿いてきたと思っていたから、持ってきてないわよ……」


 という事は、今日一日はスパッツ無しで過ごすのか。

 まぁ、美沙先輩だって女の子なんだから、スパッツ無しでも大丈夫だと思うけど。

 美沙先輩は、羞恥に顔を赤くして僕を見てくる。


「楓君はどうしたい? やっぱり、スパッツがあった方がいいかな?」

「どうって聞かれても……。どの美沙先輩でも、僕は気にしないっていうか……」

「それじゃ、今日はパンツのままでも……。大丈夫だよね? きっと……」

「うん。むしろスパッツが無い方が自然かも」

「そっか。そういうものなんだ」


 ドラム担当だから、どうしてもスパッツを穿く癖が出てしまうんだろうな。美沙先輩の場合。

 本来なら、スパッツを穿くのは、激しい運動をする時だから。

 スカートの中にスパッツを穿くっていう組み合わせって、ありといえばありなんだろうけど。

 普通の女の子は、そんなのは穿かないよね。


「一応、買っておこうか?」

「ううん、大丈夫。楓君が心配するようなことじゃないよ。それに……」

「それに?」

「そんなのを楓君に買わせてしまったら、香奈ちゃんに何を言われるかわかったもんじゃないし……」


 美沙先輩は、恥ずかしさを押し殺したかのような表情になりそう言った。

 美沙先輩にも、体裁はあるみたいだ。

 気にしなくてもいいのに……。

 僕も、そんな事をいちいち言うわけじゃないし。


「わかった。…でも、必要になったらいつでも言ってね」

「ありがとう。楓君」


 お礼を言う場面ではないんだけどな。

 この場合は。


 やっぱり、どこかから香奈姉ちゃんが見てるのかな?

 そんな風に思えてしまうのは、美沙先輩と一緒にいるからだろう。

 ここで奈緒さんか理恵先輩がいれば、少しは違ったのかもしれないが。

 いない人の事を言ってもしょうがない。


「ねぇ、楓君。膝枕、してあげよっか?」


 美沙先輩は、いきなりそんな事を言ってきた。

 ホントにいきなりだったので、僕はどう反応していいのかわからない。


「どうしたの? いきなり」

「別に……。ただなんとなく、ね」


 言い出したはいいものの、やっぱり美沙先輩自身も思いつきだったみたいだ。

 恥ずかしそうな表情でそう言って、スカートの裾を手早く直している。

 直す必要があるのかなって思うくらいなんだけど。


「美沙先輩がいいのなら」


 だからといって断る理由にはならない。

 逆に断ってよそよそしい雰囲気になるのもね。問題だと思うし……。


「じゃ、じゃあ来なさいよね」

「う、うん。そういう事なら、お言葉に甘えて」


 僕は、ゆっくりと美沙先輩の膝の上に頭を乗せる。

 当然の事だけど、このアングルだとスカートの中の下着が見えてしまうわけで……。

 見たくて見てるわけじゃなくて、自然に見えちゃってたりするのだ。ピンク色の下着がしっかりと……。


「感想は?」

「太もも、柔らかいです」

「それだけ? 他にはないの?」

「えっと……。特には……」


 まさか『パンツが見えてます』だなんて言えるわけがない。

 僕がたじろいでいると、美沙先輩はムッとした表情で言う。


「私のパンツは見えてないの? 一応、見せてるつもりなんだけど……」

「さすがにガン見はまずいかと思って……。あまり見ないようにしてたんだけど……」

「やっぱり見てたんじゃない。楓君のえっち……」

「そんなつもりは……。僕は、ただ……」


 何かを言ったところで、それは言い訳でしかない。

 わかってはいるんだけど……。


「冗談だよ。楓君は、真面目だなぁ」


 美沙先輩は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 やっぱり、美沙先輩はこんな感じが自然なんだよな。

 スパッツを穿き忘れてきたのは本人の過失だけど、美沙先輩らしさは変わらない。

 でも、だからといって見せびらかすのはやめてほしい。

 恥ずかしくはないんだろうか。


「あの……。美沙先輩?」

「なに?」

「もういいかな? その……」


 僕は、いい加減に起き上がりたくて体を動かす。

 しかし、美沙先輩は。


「ダメ。もう少しだけ……。いいでしょ?」


 そう言って僕の頭をしっかりと押さえてくる。

 それこそ、美沙先輩の大事なあそこに押し付けるようにして……。

 これはさすがに……。

 我慢はできるけど、香奈姉ちゃんが近くにいたら、なんて言うかわからないかも。

 でも、抵抗できるはずもなく。


「う、うん。少しくらいなら……」


 そう言うしかなかった。

 一体、何がしたいんだろう?

 美沙先輩は……。


「もしかして、私の匂いを嗅いじゃったりしてる?」


 匂いって……。

 美沙先輩のは、花の石鹸の香りがするんだけど、それ以外としては……。


「いや……。不可抗力というべきか……」

「そっか。不可抗力か……。私のは、見てもそんなに感じないのか……。残念……」


 なにやら残念そうな顔でそう言っていた。

 もしかして、美沙先輩なりにアプローチしてるのかな。

 一体、何で?

 たしかに美沙先輩は、尊敬できる先輩だけど、さすがに好意までは……。

 そんな気持ちを持ってしまったら、香奈姉ちゃんに怒られてしまう。

 でも美沙先輩も、意外と可愛い下着を穿くんだな。

 もう少し派手なものを好むのかなって思っていたんだけど。

 本人に言ったら、絶対に怒りそうなので、言わないでおこう。


「そんな事ないよ。いつもスパッツだったから、新鮮かも」

「っ……!」


 僕がそう言うと、美沙先輩は途端に顔を赤くしていた。

 美沙先輩にも、恥じらいはあるみたいだ。


「そっちの事じゃなくて……。私の……」

「美沙先輩の?」

「な、なんでもないわ。こっちの事。楓君が気にする必要はないよ」


 美沙先輩は、そう言って僕の頭を撫で始める。

 奈緒さんにしても美沙先輩にしても、僕のことは『弟』のようにしか見てないんだな。

 なんとなくだけど、そんな風に感じる。

 初めから『男』として見ていたら、こんな事はできないと思うし……。

 まぁ、どっちでもいい。

 いつもどおりに接してくれれば、何でも……。

 僕は、そう思いつつ美沙先輩のスカートから少しだけ覗く可愛い下着を見やっていた。

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