第二十二話・6

 1人で勉強をしている時というのは、一番集中力が働いている時だと思うんだけど……。

 いかんせん、どうにも落ち着かない。

 三年生になったのだから、進路のために勉強しなきゃとは思うのだけど、どうしても楓の顔がチラついてしまう。

 以前は、こんなことはなかったのに……。


「どうしたんだろう。弟くんのことが気になる……。大丈夫なんだろうか」


 私は、シャーペンの手を止めて独り言のようにそう言っていた。

 今ごろは、奈緒ちゃんと一緒のはずだ。

 きっと奈緒ちゃんの家にいるんだろう。

 カラオケに行こうかとも思ったけど、やっぱり1人で入るのには、どうにも……。


「ちょっと連絡してみようかな。変なことしてなきゃいいんだけど……」


 私は、そう言いながら近くに置いてあるスマホを手に取り、楓の連絡先にラインを送ってみる。


 香奈『今、何してるの?』


 そのラインは、すぐに既読がついた。

 そして、すぐに返しのラインが送られてくる。


 楓『今、奈緒さんの家で練習中』

 香奈『練習って、今日の練習は終わったはずだけど。なにか足りない部分でもあった? 流れの部分はやったんだけどな』

 楓『そうなんだけど……。納得がいかない部分があったらしくて……。僕も付き合ってあげてるんだ』


 奈緒ちゃんが、そんなことを言うなんてめずらしい。

 納得のいかない部分って、どこの辺りなんだろう。


 香奈『そうなんだ。とりあえずは、頑張ってって言いたいところだけど。変な事はしちゃダメだからね』


 こんなの送っておいて『変な事』というのは、どうにも不自然か。

 でも、ほかに言いようがないし。


 楓『わかってるよ。気をつけるね』


 楓から返ってきたラインは、これだった。

 やっぱり奈緒ちゃんが、楓に何かやってるんだな。

 いくら欲求不満だからって、楓に無理な要求をしてるんだ。


「やっぱり、弟くんと奈緒ちゃんを2人っきりにするのはダメなんだ……。なるべく私と一緒の時間を作らないと」


 私は、スマホの画面を見ながら、1人そう言っていた。

 これだとかえって、独占欲の強い女の子扱いされてしまいかねないが、仕方ないのかな……。

 直接、奈緒ちゃんのスマホに連絡を入れるという手段もあるけど、楓とのラインのやりとりで大体のことは理解できた。

 とりあえず、エッチなことはしていないから安心だ。

 まったくもう……。

 勘違いさせるような事は、控えてほしいな。


 楓が帰ってきたのは、夜になってからだった。

 私のことが気になってしょうがないのか、帰ってきたであろうタイミングで、楓からラインが入ってくる。


 楓『今、帰ってきたよ。香奈姉ちゃんは、何をしていたの?』


 これに対する返信を、どうしようか迷ってしまったのは言うまでもない。

 今から、楓の家に行ってみようかな。


 香奈『おかえりなさい。今から、弟くんの家に行こうと思うんだけど。…いいかな?』


 楓からの質問には答えず、そのまま楓の家に行くという旨を伝える事にした。

 楓は、なんて言ってくるだろうか。


 楓『もちろん、いいよ。着替えをして待ってるよ』

 香奈『それじゃ、今から行くね』


 そう返信すると、私はスマホを机の上に置いて、ラフな格好に着替えをした。

 下着は、いつもの可愛いものにしておこう。

 何かを期待しているわけでもない。

 一番大切なのは、楓の気持ちだ。

 無理矢理エッチなことをしようとしたら、楓に嫌がられてしまうから、慎重にいかないと。


 いつもどおりに楓の家に行くと、楓がキッチンで料理を作っていた。

 隆一さんがいないところを見ると、一人分の料理を作っているんだろう。

 私は、やや緊張気味に声をかける。


「やぁ、弟くん」

「あ、香奈姉ちゃん。こんばんは」


 楓は、いつもと変わらない笑みを浮かべてそう返してきた。

 その笑みを見せるってことは、今日は何もなかったみたいだ。


「料理作ってるんだね。良ければ、何か手伝おうか?」

「いや、大丈夫だよ。すぐに終わるから」

「そっか」


 私は、それだけ言って居間の方で待つことにした。

 やっぱり奈緒ちゃんのことを訊くのは、やめておいた方がいいかな。

 私は、緊張した面持ちで楓に視線を向ける。

 なんで緊張してしまうんだろう。

 今までだったら、そんなことはなかったのに……。


「ねぇ、弟くん。奈緒ちゃんと2人っきりで、何をしていたの?」

「ん? 奈緒さんのギターの練習かな」

「そっか。ベースの方はどうなの? 練習とか必要なかった?」

「僕の方は、なんとか大丈夫だよ。香奈姉ちゃんたちとの練習でなんとかなる感じだから」

「そうなんだ」


 私は、ぎこちない表情でそう言っていた。

 う~ん……。会話が続かない。

 こんな時は、何を言えばいいんだろう。

 そんなことを思っていると、楓の方から質問が飛んできた。


「香奈姉ちゃんは、何をしていたの? もしかして、勉強とか──」

「そうだけど。何か悪いことでもあったかな?」


 私は、ムッとした表情でそう言った。

 楓に対してムッとしたわけじゃない。

 なんか見透かされた感じがして、なんとなくっていう感じなのだ。


「そんなことは……。香奈姉ちゃんの場合は、進路のこともあるしね」

「弟くんは、進路のことは何か決めてあるの?」

「それは……。まだ決めてないっていうか……」

「私たちと一緒の大学に行くんだよね? そうだよね?」

「え、あ、うん。一応は……」

「同じ大学だよね?」


 私は、あくまでもにこやかな笑顔でそう訊いてみる。

 まさか違うところに行くだなんてことを決めていたら、承知しないんだから。

 私の笑顔を見て、楓は素直に頷いた。


「う、うん。同じ大学、かな」


 ちなみに私の進路は、男子と女子が一緒に通っている共学の大学だ。

 ほどほどにランクも高い。

 高校は流れとはいえ女子校を選んでしまったけれど、大学だけは失敗したくはない。


「それでいいんだよ。弟くん」


 私は、納得したように楓にそう言っていた。

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