第二十二話・5

 最近、楓とデートができなくてやきもきしている自分がいる。

 バンドの練習にはいつもどおり参加してくれるんだけど、バイトがあるせいかあまり積極的にはデートに誘ってくれない。

 それは奈緒ちゃんも、同じみたいだ。

 あきらかに不満そうな表情を浮かべている。

 いつもどおりのクールな表情を浮かべているが、すぐにわかってしまう。

 楓はというと、そんな事とはお構いなしに帰宅準備をしている。


「お疲れ様でした。それじゃ、お先に失礼します」

「あ、うん。お疲れ様」


 私は、部屋を後にする楓の背に向かってそう言った。

 見た感じ、別に不機嫌というわけじゃない。

 いつもどおりといった感じだ。

 この場合って、やっぱり私の方からデートにお誘いした方がいいのかな。

 楓と正式に付き合ってから一年経つくらいの仲だけど、どうしたらいいのかわからない。

 楓の方からは、絶対に言ってこないし。


「ねぇ。楓君って、意外と冷めやすい性格なの?」


 奈緒ちゃんは、いかにも深刻そうな表情でそう訊いてきた。


「いきなり、どうしたの?」

「いや……。どうもこうも……。最近、ずいぶんと忙しそうでさ。なにかあるんじゃないかなって」

「ん~。別に何もなさそうだけど」


 私は、思案げに首を傾げてそう言った。

 楓の場合は、いつものことだし。

 多少、スキンシップが薄くなっても、バンドの練習には付き合ってくれているから、問題はないかと思うけど。

 でも、楓の方から何かを言ってくることはないから、その事が不安って言えば不安だ。


「何もない、か。それなら、今回もあたしの方から誘っても問題ないかな」


 奈緒ちゃんは、意味ありげにそう言った。

 今度は、何をするつもりなんだか。


「ちょっと、奈緒ちゃん。弟くんに変なことしたらダメだからね」


 私は、そう言って奈緒ちゃんにクギをさす。

 すると奈緒ちゃんは、面白そうに笑みを浮かべる。


「変なことって、例えば何かな?」

「例えばその……。エッチなこととか……」


 こんなことしか浮かばない私って、実はエッチな女の子なのかな。

 そんなことを見透かしたかのように、奈緒ちゃんは言う。


「大丈夫だよ。あたしは、香奈よりはスキンシップは激しくないから。それに──」

「それに? なによ?」

「ん~。なんでもない。これを言ったら、確実に怒ると思うから」

「私が怒る? 一体、何のことを──」

「もしかして、アレのことじゃない?」


 心当たりがあるのか、美沙ちゃんが口を開く。


「アレって?」

「う~ん……。はっきりとは言えないんだけど、香奈ちゃんがいつも楓君にやってるアレのことだよ」

「アレか……」


 私自身、無自覚でやってることだと思うけど、いざ『アレ』と言われても、まったく心当たりがない。

 しかし奈緒ちゃんは、それを否定する。


「残念だけど美沙が考えてるようなことじゃないよ」

「え~。違うの? ちょっと残念……」


 美沙ちゃんは、シュンとした表情でそう言った。

 そこでホントに残念そうにしないでほしい。

 きっと変なことを想像していたんだろう。

 美沙ちゃんの思ってたことと違っていたようだから、安心してるけど。


「あたしが思うに、楓君は今、すごく欲求不満なんだと思うな。だから、あんなに──」

「弟くんが、欲求不満? そんな、まさか……」


 欲求不満って言われても、楓とは何度もスキンシップを繰り返している。

 何かのズレがない限り、私と別れるという判断にはならないはずだ。

 ていうか、楓は奈緒ちゃんに何をしたんだろうか。


「もしかしたら、香奈の身体に飽きちゃったのかもね」

「私の身体って……。そんなに貧相な身体してるのかな……」

「どうだろうね。あたしには、わからないかな」


 奈緒ちゃんは、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。

 自分で言うのもなんだが、発育に関しては比較的良い方だと思う。

 不満なところなんて、何一つないと思うんだけど。

 私としては、逆に楓の態度に辟易としてしまう部分がある。

 お互い裸で寝ている時なんて、特に……。


「そっか。奈緒ちゃんには、わからないか……」


 最近、楓とは遊べていないっていうか、距離をとられてるような感じがするだけに、もしかしたら嫌われているのかなって思い、不安な気持ちになる。


「ほら。そんな顔しないの。香奈は、うちのバンドのリーダーなんだから、もっとしっかりしないと──」

「うん。わかってはいるんだけどね……。最近、弟くんが相手をしてくれないから寂しくて……」

「まぁ、香奈の気持ちもなんとなくわかるよ。こういう時だからこそ、気分転換にカラオケとか──」

「カラオケか。まぁ、悪くはないかもね」


 ボーカルを普段からやっている私にとってカラオケは結構得意だ。

 だけど1人でカラオケに行くっていうのは、さすがに……。


「でも1人カラオケっていうのもねぇ。それは、それでシュールな光景かも……」


 と、美沙ちゃん。

 さすがにその事に気づいたのか、ツッコまずにはいられなかったっていう感じだろう。

 思わず奈緒ちゃんも、口を開く。


「まぁ、たしかに1人でカラオケはね……」

「なんで1人でカラオケに行くことが確定みたいなことになってるのよ?」

「いや。香奈のことだから、1人でも入りかねないなって思って……」

「さすがに1人では入らないよ。そういう奈緒ちゃんこそ、どうなの? 弟くんを誘ってどこに行くつもりなのかな?」

「べ、別にどこにも……。ちょっとね」


 奈緒ちゃんは、そう言葉を濁す。

 その赤らめた表情を見るのも、新鮮で可愛いかも。

 どこへ行くのかちょっと気になるけど、ここは奈緒ちゃんに任せた方がいいのかな。


「むぅ~。なんか気になるなぁ」


 だけど、どうしても気になってしまうのも事実。


「そ、そんなの、気にしなくていいよ。香奈は、楓君のことになると、すぐにそうやって不機嫌そうになるんだから」

「だって~。私の大事な弟くんが、私以外の女の子とデートに行くんだよ? 気にならない方がおかしいでしょ」

「大丈夫だって。楓君のことは、あたしが責任を持って大事にしてあげるから」

「大事にするって──。やっぱり、する気まんまんなんじゃない!」

「あ。やっぱり、わかっちゃう?」

「わかるわよ! 奈緒ちゃんの仕草を見れば」

「だって、ねぇ。楓君は他の男の人よりかなり控えめで、可愛く映るんだもん。誰でもしたくなっちゃうよ。香奈は、そうならないの?」

「そんなことは……。弟くんにだって、男らしいところはあるもん!」


 私は、意地を張ってそう言ってしまう。

 奈緒ちゃんにはわからないかもしれないが、楓にも男らしいところはある。


「そっか。やっぱり幼馴染なんだね。あたしには、わからないや……」


 そう言った奈緒ちゃんは、どこか寂しそうだった。

 私、変なこと言ったかな?

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