第二十八話・5

 みんなが帰った後、私はあえて楓の部屋に戻り、そのまま楓のベッドで横になっていた。

 なにかしてほしいという期待感があってそうしているのだが、楓の性格上、なにもしない確率の方が高い。

 だったら、私の方から引き寄せればいい。


「ねぇ、弟くん。これから買い物に行くんだけど、良かったら一緒に行かない?」

「買い物…か。別にいいけど。何を買いに行くの?」

「それは…まぁ、行ってからのお楽しみかな」


 私がそう言うと、楓は一瞬だが嫌そうな顔をする。

 しかし、私からの誘いということもあるんだろう。すぐに微笑をこちらに向けた。


「そっか。なんか嫌な予感がするけど、香奈姉ちゃんがそう言うなら──」

「私ならいいんだ……」


 なんか無理に誘ったみたいで楓に悪い気がする。

 とりあえず、楓からの返事はオッケーだったので、一旦着替えをしに家に帰るとしよう。

 私が楓の部屋を出ようとすると、楓はふいに訊いてくる。


「あの……。どこへ?」

「一旦、自分の家に帰ってお出かけ用の服に着替えてこようかなって思って。ダメだった?」

「ダメってことはないけど……。それなら僕も着替えようかな」


 楓が着替える必要はないかと思うんだけど……。

 もしかして、今の服装は外出用の服じゃなかったりするのかな?

 どちらにしても、それなりにこだわりがあるみたいだ。


「うん。それがいいと思う。…とりあえず、着替えてくるね」

「わかった。それじゃ、後で──」


 楓のその言葉を聞いて、私は楓の部屋を後にした。


 楓と一緒にお出かけするのは、お姉ちゃんとしての威厳を出せるから、ちょうどよかったりする。

 夕飯のための些細な買い物だとしても、一緒に行動するだけで安心感がある。


「今日のご飯は、何にする予定なの?」


 私は、興味本意に楓に訊いてみた。

 何気ない質問だが、楓の今日の夕飯の献立を聞くことには、それなりに意味があるかと思ったのだ。

 もしかしたら、私にも手伝う事ができるかもしれない。


「これといって特別なものは作らないよ。比較的簡単なものかな」

「なるほど」


 楓の言う『簡単なもの』ほど、結構難しかったりする。

 たとえば唐揚げとかでも私が作るのと、楓が作るのとでは味が異なったりするのだ。

 地味に楓が作った唐揚げの方が美味かったりするから、油断はできない。


「今日はね。時間もないし……」

「みんなが来たからね。仕方ないよね」

「うん」


 私が言った『買い物』が夕飯のものと知って安心したんだろう。

 いつもよりリラックスしている。

 隆一さんの分も作る都合上、それでもなにか作るつもりなんだろうけど。

 どうやら手間のかからない出来合いのものを買うという選択肢は楓にはないらしい。

 そこのあたりは、男のくせに女子力というのが高かったりする。

 そこは私も見習わないと──


「香奈姉ちゃんは、何にするの?」

「私もね。楓と同じで、適当に済ませようと思ってるよ」

「花音は何も言わないの?」

「花音は、私の料理に文句を言ったことはないよ。料理下手だし」

「そうなの?」

「うん。手伝ってくれることはあるんだけどね。なかなか上達しなくて……」

「兄貴と同じか……。あまりにも不器用で、キッチンに立つこと自体がめずらしいっていう」

「隆一さんは、学校の成績は優秀なんだけどね。そのあたりは苦手なのか……」

「人には得意分野があるから──。文句を言ったことはないかな」


 楓自身も、割り切ってはいるみたいだ。

 楓も、学校の成績のことを言われると、そこまで良いとはいえないみたいだし。

 平均値はキープしてはいるみたいだけど。


「よし! それなら、ご飯食べた後にでも私が勉強を見てあげるよ」

「それはさすがに……」

「嫌だった?」

「嫌ってことはないけど……。香奈姉ちゃんも、そろそろ自分のことでいっぱいなんじゃないかと」

「まぁ、弟くんのお世話をするくらいなら…まだできるよ」


 たしかに進路のために勉強はしてるけど、まだそれなりに余裕はある。

 だから楓にとっては、損な話ではないはず。


「無理をしなくても……。僕なら、大丈夫だし」

「弟くんが大丈夫でも、私が大丈夫じゃないんだよ。色々とね──。そのくらいはわかってほしいな……」


 私が思わせぶりな表情をすると、楓はあたふたし始める。


「わ、わかったよ。だからそんな顔をするのはやめてくれ」

「そんな顔?」


 私は、自分がどんな顔をしてるのか思案していると、楓はさらに誤魔化すように言った。


「と、とにかく! 勉強は家に帰って夕飯を食べてから…それでいいよね?」

「うん。そうだね」


 お店の中であれこれと言い合っていても始まらない。

 とりあえず、今日の料理の食材を選んで買って帰ろう。

 楓も選んでいるみたいだし、家で一緒に作れたらって考えてしまうが、そこまで図々しくはない。

 いや、逆にそれは名案かも──


 買い物を済ませて家に帰る途中で、私は口を開く。


「ねぇ、今日の夕飯…一緒に作らない?」

「ん? 別にいいけど……。なにを作るの?」


 楓は、自分の買い物袋を見やりながらそう訊いてくる。

 きっと自身が作る献立と照らし合わせながら、聞き返してきたんだろう。

 私自身も、楓の今日の料理の献立と被らないように買い物をした…と思うのだが、自信がない。


「とりあえず、これから私の家に来れる?」

「うん。行くことはできるけど……。どうするの?」

「それは来てからのお楽しみってことで──」


 私は、そう言って楓の手を握っていた。


 楓と一緒に料理を作るのは、とても有意義でなにかと勉強になる。

 そんなに手の込んだものではなかったけど、一緒に作ること自体に意味がある。


「私の手料理…どうだった?」


 先に夕飯を食べ終えて、私の部屋でゆっくりしている楓に、私はそう訊いていた。

 一緒に作ったのだから、この質問はちょっと意地悪だったかもしれない。


「香奈姉ちゃんは、なにを作ったんだっけ?」

「う~ん……。なんだっけ?」

「香奈姉ちゃんも覚えてないの?」


 楓は驚いた様子で聞き返してくる。

 そんな顔をされてもな……。

 実は私自身もあんまり覚えていない。…というのも、役割を分担して作ったので、どれが自分が作ったものなのか把握していないのだ。


「『も』…てことは弟くんも?」

「うん。実は……。一緒に作っていたから、自分が作ったものって言われても把握できないっていうか……」


 さすがの楓も、自信がなさそうな返答だった。

 まぁ、一緒に作るっていうことは、そういうことだよね。

 そこは、理解しないと──


「普通はそうなるよね。…ふふ。なんだか嬉しいような、悔しいような……。複雑な気持ちかも」

「悔しいって……。一緒に作ったのに……」

「そういう意味じゃないよ。弟くんと一緒に作ったのに、あまり褒めてもらえなかったじゃない? こういうのって次のモチベーションにつながるから、大事なことだと思うのよ」

「まぁ、不味いってはっきり言われてしまうよりはマシかなって思うけど……」

「不味かったの?」


 私は、心配そうな表情でそう訊いてしまっていた。

 味見をしたから、そんなはずはないのはわかってはいるのだが……。


「もちろん美味しかったよ。不味いっていうのは、たとえばの話で──」

「たとえば…か。まぁ、そう言われるとたしかに凹んじゃうかも……」

「香奈姉ちゃんに限って、そんなことは万が一にも起こらないから、安心はしてるよ」

「おだてたってなにも出ないよ」

「わかってるって──」


 楓は、なにかが起こることを期待しているみたいな目で私を見てくる。

 そんな目で見られてしまったら……。

 何もしないのが逆に申し訳ないじゃない。


「その目はなにかしてほしいのかな? 弟くん」


 私は、そう言って楓に寄り添っていく。

 近づいていくと、バツがわるかったのかなんなのかわからないが楓は恥ずかしそうな顔をして私から視線をそらす。


「いや……。そういうわけじゃ……。ただ──」

「なにかな?」


 私は、さらに顔を近づける。

 たぶん今の私の姿は、無防備に映っていると思う。

 私自身、多少の自覚はある。

 しかし──

 楓のためにそうしているのだから、多少の我慢はしている。

 楓自身は、そうでもないみたいだ。


「なんでもない……」


 楓は、私の胸元のあたりをチラリと見て、すぐに視線を逸らしていた。

 その時にどんな顔をしていたのか、私にはよくわからない。


「ちゃんと言ってくれないと、わからないよ。こういうのは大事なことなんだから──」

「うん。わかっているんだけど……。なんとなく──」

「なんとなく? なんなのかな? はっきり言ってくれないと──」


 私は、誘うように胸元を見せつける。

 さすがの楓も、そのことに気づいたみたいで指摘してきた。顔を赤くして──


「それなら言わせてもらうけど、おっぱいが丸見えになっちゃってるよ」

「わかってる。あえて弟くんに見せてるんだよ。…どうかな?」

「どうって訊かれても……。大きくて魅力的としか言いようがないっていうか……」

「揉みたいとかって思わないの?」

「それは……。時と場所を考えたら、安易にはできないかな……」


 楓は遠慮がちにそう言って、私の胸を触ることをやめる。

 私と楓の仲なんだから、そんなに遠慮する必要はないのに……。

 なんだか残念な気持ちになってしまう。


「そっか。弟くんなりに、私に気を遣っているんだね。…ありがとう」


 私は、無理矢理に笑みをつくり、そう言っていた。

 楓にその気がないのなら仕方がない。

 今日は、やめておこう。

 私の体は、楓を求めているんだけど……。

 ──仕方ないよね。

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