第十四話

第十四話・1

 ──放課後。

 今日の授業を終え、僕はいつもどおり帰宅準備をする。

 僕は部活等に所属していないので、まっすぐに下駄箱に向かう。

 たぶん、今日も校門前である人が待っているはずだ。

 その人を待たせるわけにはいかない。

 その人っていうのは、言うまでもなく香奈姉ちゃんのことだ。

 いつもどおりに校門前まで行くと、そこには香奈姉ちゃんではなく、別の女の子が立っていた。

 間違いない。

 その女の子は、香奈姉ちゃんの親友の北川奈緒だ。

 男の子みたいに髪をショートカットにしているから見間違えるはずはない。

 普段から表情は凛としているがどこか冷たげで、クールな印象を受ける。

 奈緒さんは、誰に話しかけるでもなく、ただ黙って校門前で佇んでいる。

 奈緒さん自身、男子校の生徒たちに人気がないってわけじゃない。

 冷めたイメージがあるので、話しかけにくいってだけだ。

 今も、男子生徒たちの何人かが話しかけようとしている。

 こうして見ると、一人の可愛い女の子だ。

 とても先輩だとは思えない。

 それにしても、何で奈緒さんがここに?

 香奈姉ちゃんは、どうしたんだろう。

 奈緒さんはこちらに気づくと、笑顔を浮かべる。


「待ってたよ、楓君。一緒に帰ろう」

「どうして奈緒さんが? 香奈姉ちゃんは?」


 僕は、思案げに首を傾げる。

 普段なら、香奈姉ちゃんがそこで待っているはずなのに……。

 奈緒さんは、なぜか言いにくさそうな表情を浮かべて答えた。


「あー。香奈は、委員会の仕事があってね。今日は、楓君と一緒に帰るのは無理みたいなんだ。…だから、あたしが代わりに来たってわけなんだ」

「そっか。それなら仕方ないか」


 あれ?

 香奈姉ちゃんって、委員会に所属してたっけ?

 それとも、委員会に所属している友達に、何かを頼まれたのかな。

 まぁ、どっちでもいいんだけど……。


「あたしは、香奈の代わりにはならないかもしれないけど……。よろしくね」

「なに言ってるの。奈緒さんが一緒ってだけでも、十分に嬉しいよ」


 僕は、笑顔でそう言う。

 まぁ、一人で帰るよりはマシだからね。


「こらこら。香奈がいないからって、あたしをナンパしちゃダメだよ。本気にしちゃうじゃない」


 奈緒さんは、フッと笑みを浮かべて腕を組んでくる。

 そんなことされたら、勘違いしてしまうよ。


「ナンパのつもりで言ったわけじゃないんだけど……」


 僕は、呟くようにそう言った。


「ん? 何か言った?」


 どうやら、奈緒さんには聞こえなかったようだ。笑顔で僕を見てくる。

 そんな屈託のない笑顔を見せられたら、何も言えなくなってしまうよ。


「いえ……。何でもないです」

「そう。それなら、いいけど……」


 奈緒さんは、釈然としない表情を浮かべる。

 ひょっとして、ナンパしてほしかったりするのかな。

 奈緒さんは、グイッと僕の腕を引っ張っていく。


「今日は、あたしと付き合ってほしくてね。あそこで待ってたんだよ」

「付き合うって、どこに行くつもりなの?」

「あたしの家だよ。楓君にはぜひ、あたしからのプレゼントを受け取ってほしくて」

「プレゼントって?」


 プレゼントと聞いても、嫌な予感しかしないんだけど……。


「それは、家に着いてからのお楽しみかな」

「まさか奈緒さんが履いてるパンツとかじゃないよね。それだけは、勘弁してよ」


 僕は、苦笑混じりにそう言っていた。

 僕は、あくまでも冗談のつもりで言っただけだ。

 奈緒さんは、なぜかそこで神妙な表情を浮かべる。


「何で、わかるの?」

「え……。冗談のつもりで言っただけなんだけど。本気だったの?」

「うん。楓君なら、喜んでくれるかと思って──」

「本気でそんなこと考えてたんだ……」


 僕は、思わず唖然となってしまう。

 奈緒さんがプレゼントしたいのは、今履いているパンツっていうのはあまりにも……。

 他のものは、考えられなかったんだろうか。


「だって、好きでしょ? 女の子のパンツ」


 奈緒さんは、魅惑的な笑みを浮かべてスカートの端を摘む。


「いや……。特には……」

「楓君。嘘はいけないよ」

「え……。僕は、嘘は言ってないよ」

「男の子はね。女の子のパンツは大好きなはずなんだ。だから、嘘をついたって無駄だよ」


 奈緒さんは、そう言ってスカートをたくし上げる。

 その拍子で、中の下着が丸見えになった。今日は、白だ。

 それにしても。

 何を根拠に、そんなことを言うのかまったくわからないんだけど……。


「たしかにそんな風に見せられたら、つい見てしまうけど……。だからと言って、パンツが欲しいって気持ちはないよ」

「いらないの?」


 奈緒さんは、なぜか哀しそうな表情になる。

 どうしてそんな顔をするのか、不思議なんだけど。

 僕は、毅然とした表情で言った。


「いらないよ」

「そっか。まぁ、そうだよね……。楓君は、香奈の裸をたくさん見てるからね。あたしのパンツなんて、いらないよね」

「は? え⁉︎」


 奈緒さんの言葉に、僕は声を上げる。

 いきなり何を言いだすんだ。奈緒さんは──。

 事実だけど、なんで奈緒さんがそのことを知ってるんだろう。


「あたしが何も知らないと思うの?」

「え……。あの……」

「あたしは、知ってるんだよ。楓君は、香奈と付き合っているだけじゃなくて、エッチなことまでしてるってことに……」

「それは……。香奈姉ちゃんとの流れでそうなっちゃった感じで……」

「それじゃ、あたしとの流れでもエッチなことをしてくれるのかな?」

「さすがに、それは……」


 僕は、それ以上言葉にできなかった。

 奈緒さんとエッチなことをしろって言われても、無理な話だ。

 それだけ香奈姉ちゃんとのエッチは、僕にとっても大切なものだったらしい。


「できないよね。…だから、あたしからのプレゼントは、今履いているパンツにしようかなって思って……」

「いやいや。なんでパンツになるの? そこは、せめてキスくらいじゃないのかな?」

「キスだけじゃ、あたしの気持ちは伝わらないと思うし」

「奈緒さんのキスなら、十分に伝わると思うよ」

「そうかな? 楓君がそう言うのなら、さっそく試してみようかな」

「え……」


 奈緒さんの言葉に、僕は呆然となってしまう。

 奈緒さんは微笑を浮かべ、僕に寄り添ってくる。

 ダメだよ。こんなところで……。

 僕は、周囲に視線を見やる。

 ところが、周りには人がいなかった。

 いつの間にか、僕は人気のない場所まで連れてこられたみたいだ。

 奈緒さんは、人のいないところに誘導するのがうまいな。


「あの……。奈緒さん」

「ん? 何?」

「僕にそんなことしても、奈緒さんのことを恋人として見ることはないと思うんだけど……。どう思いますか?」

「あたしのことは、嫌い?」

「奈緒さんのことは、好きです」


 僕は、はっきりとそう言った。

 香奈姉ちゃんの親友ということで、邪険にはできないし。

 なにより、香奈姉ちゃんが組んでるバンドの大切なバンドメンバーだから、僕も大事にしたいって思えるから。


「だったら、別にいいじゃない」


 奈緒さんは、そう言うとゆっくりと僕を抱きしめてきて、そのままキスをしてきた。


 ──ちょっと待ってよ。


 それって、奈緒さんの家でやることなんじゃないの?

 奈緒さんは、さらに手を絡めてくる。

 これだと、完全に動けない。

 まさに奈緒さんに、なされるがままだ。

 僕は、ただ黙って奈緒さんがしてくる行為に耐えるしかなかった。

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