第十三話・15

 目を開けると、隣には香奈姉ちゃんがいた。

 僕は、ゆっくりとベッドから起き上がる。

 お互いに寝間着などは、着ていない。

 全裸だ。

 ここは香奈姉ちゃんの部屋だから、昨日の夜にやったことは夢じゃない。

 どうやら、香奈姉ちゃんとセックスして、そのまま寝てしまったみたいだ。

 香奈姉ちゃんは、胸を全開に解放してスースーと寝息を立てている。


 ──うん。

 香奈姉ちゃんのおっぱい。

 大きくて、形もとても良い。

 目の保養にはなるかな。


 だけどいつまでも見てるわけにはいかない。

 僕は、先にベッドから出て、すぐにタオルケットを掛けてあげる。

 これで香奈姉ちゃんの胸をちらちら見ないで済む。

 僕は急いで、近くにあった自分の服を着る。

 香奈姉ちゃんが起きる前には、着ておかないと。

 しかし、上の服を着たタイミングで香奈姉ちゃんが目を覚ます。


「あ……」


 僕は、思わず声を漏らした。

 香奈姉ちゃんは、すぐ傍に僕がいることに気がつくと、そのまま起き上がり、笑顔を浮かべる。


「おはよう、楓」


 そう挨拶してくる時にも、胸は晒したままだ。

 これだと、僕に見せても平気って言ってるようなものだ。


「お、おはよう。香奈姉ちゃん」


 僕は、わずかに視線を逸らして挨拶をする。

 香奈姉ちゃんは、それが気に入らないのか、不満そうな表情を浮かべて僕に訊いてきた。


「何で視線を逸らすの?」

「え……。それは……」


 そんなのハッキリ言えるわけがないよ。

『胸が丸見えになってる』なんて──。


「私の身体は、そんなに魅力がないってことなのかな?」


 わかってて、裸体を晒しているのか。


「香奈姉ちゃん身体は、魅力的だよ。だけど朝っぱらから、香奈姉ちゃんの胸を見るのは申し訳ないっていうか……」


 おそらく、僕は羞恥に顔を真っ赤にしているだろう。

 自分では確認できないから、わからないけど。

 香奈姉ちゃんは、嬉しそうな笑みを浮かべて言った。


「そっか。楓なりに気を遣ってるんだね。ありがとう」

「お礼はいいから……。とにかく、胸を隠してよ」

「ふふ。わかってるって」


 もう何度目だろうか。このやりとり。

 わかっていることだけど、香奈姉ちゃんのこの露出癖はどうにかして治してもらわないと。

 治るのかな、これって……。

 僕は、ため息を吐いていた。


 午前の十時くらい。

 僕は、自分の家に帰ってきた。

 掃除は必要なさそうだ。

 居間のソファーに腰掛けていた兄は、僕の姿に気がつくと不機嫌そうな顔になる。


「楓か。香奈の家から帰ってきたのか」

「あ、うん。ただいま」


 僕は、緊張した面持ちでそう言った。

 やっぱり、香奈姉ちゃんとのやりとりとの後で兄に会うと、なんか気まずい。


「香奈の家には、何の用事で行ってたんだよ」

「あー。ちょっとね……」

「説明しづらいことなのかよ」

「うん。まぁ……。色々とね」


 僕は表情を引きつらせ、頬をポリポリと掻く。

 僕のそうした態度が気に入らないのか、兄は舌打ちする。


「くそっ! 何でお前みたいな奴が──」


 何に苛立っているのかは、僕にもわかる。

 兄は、香奈姉ちゃんの事で苛立っているのだ。

 何でって言われてもな。

 それは僕にもわからないんだけど。

 香奈姉ちゃんの気持ちは、香奈姉ちゃんにしかわからないからなぁ。

 僕は、改めて兄に向き直り、訊いていた。


「兄貴は、香奈姉ちゃんのことをちゃんと理解してあげれるかな?」

「そんなの……。当たり前じゃん。俺は香奈のことを理解してるつもりだ」

「もし香奈姉ちゃんが、自分のバンドの手伝いをしてって言われたら、兄貴は手伝える?」

「それは……。俺のバンドのこともあるし……」


 兄は、狼狽えた様子でそう言う。

 要するに『無理』って言いたいのだろう。

 そんな感じでは、香奈姉ちゃんに好意を持ってたとしても、付き合うのは無理だ。

 それに香奈姉ちゃん自身、兄には素っ気ない態度をとっているし。


「そっか。たぶん、兄貴じゃ、香奈姉ちゃんは無理だよ」

「それは、どういう──」


 兄は僕を睨んでくるが、僕が浮かべている微苦笑を見て言うのをやめる。

 たぶん、兄にもわかっているのかもしれない。

 香奈姉ちゃんは、兄に好意を向けることはないってことに……。

 僕は、自分の部屋に戻ろうと思い、踵を返す。

 しかし、そのタイミングで香奈姉ちゃんが僕の家にやってきた。


「ねぇ、楓はいる? いるよね? ちょっといいかな?」


 香奈姉ちゃんは、当たり前のように居間の方までやってくる。

 わざわざお出かけ用の服を着て僕の家にやって来るあたり、何かのお誘いかな。

 香奈姉ちゃんは、僕の姿を確認すると、真っ直ぐに僕のところに向かってきた。

 兄と一緒にいるのに、兄のことは歯牙にも掛けてない様子である。


「どうしたの、香奈姉ちゃん?」

「買い物に行きたいんだけど、楓は暇だよね? 暇でしょ。暇だって言いなさい」


 またでたよ。

 香奈姉ちゃんの押し問答。

 僕に、他のことを言わせないつもりなんだろう。


「う、うん。たしかに暇だけど……。買い物に行く予定は……」

「暇なら、私と買い物に行こうよ。…ううん。私と買い物に行くよ」


 香奈姉ちゃんは、そう言うと僕の腕をギュッと掴んでくる。

 なんだか香奈姉ちゃんらしくなく、強引だなぁ。

 兄がいるからだろうか。

 これは、とてもじゃないが断れる雰囲気じゃない。


「…わかった。準備してくるから、ちょっと待ってて」


 僕は、香奈姉ちゃんにそう言うと居間を出て、自分の部屋に向かう。


「うん。待ってるね」


 香奈姉ちゃんは、屈託のない笑顔でそう言っていた。

 こうなるとしょうがないか。

 せっかくだから、今日は香奈姉ちゃんの買い物に付き合ってあげようかな。

 兄は黙って僕と香奈姉ちゃんのやりとりを見ていた。


 香奈姉ちゃんは、僕と腕を組み、上機嫌で街を歩いていた。

 休みの日ということだけあって、街の中は男女のカップルが多い。

 中には、男の人が女の子をナンパしている姿も見受けられたが、男の人がこっちに来る気配はなさそうだ。

 香奈姉ちゃんが、周囲に見せつけるようにして僕と腕を組んで歩いているので、まずナンパされるってことはないのである。

 だけど、なるべく香奈姉ちゃんを一人にはしないようにしないとな。


「ところで香奈姉ちゃんは、何を買いにきたの?」

「それを先に聞いちゃうかな……」


 香奈姉ちゃんは、いかにも不満そうな顔をする。


「え……。聞いちゃまずかった?」


 僕は、気まずそうな表情でそう訊いていた。

 香奈姉ちゃんは、怒っているのかムッとした表情を浮かべる。


「当たり前でしょ。せっかくのデートなんだし、いきなり買い物の話はダメだよ。…ここは、『これからどこへいくの?』が正解だよ」

「そうなんだ」

「──もう。楓ったら、何もわかってないんだから! …少しは私のことを考えてよね」

「う、うん。わかったよ。今度から、香奈姉ちゃんのことを考えるようにするよ」


 香奈姉ちゃんの言うとおり、僕は香奈姉ちゃんの買い物のことしか考えてなかったな。

 ちゃんとしないとダメだな。僕も……。

 香奈姉ちゃんは、僕の言葉に安心したのか笑顔を浮かべて言う。


「わかったのなら、よろしい。…そういうことだから、デートを楽しもう」

「うん」


 僕は、香奈姉ちゃんに手を引かれ、街の中を歩いて行く。

 なんだかんだ言って、僕は香奈姉ちゃんにリードされていくんだよな。

 なんだか情けない気持ちになるが、特に行きたい場所が思いつかない僕にとっては、ありがたいことでもある。

 香奈姉ちゃんは、ぐいぐい僕のことを引っ張っていく。

 せっかくだから、デートついでに香奈姉ちゃんの好きそうな物をプレゼントしてあげようかな。

 誕生日には少し早いけど、香奈姉ちゃんなら喜ぶはずだ。

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