第十四話・2

「何もないけど、上がっていってよ」


 奈緒さんの家の玄関先にて。

 先に中に入っていった奈緒さんにそう言われたので、僕は


「うん。お邪魔します」


 と言って、家の中に入った。

 ホントは玄関先で待っていようかと思っていたんだけど、さすがに『上がっていって』と言われたら、入るしかないだろう。

 遠慮する方が、逆に相手に失礼だ。

 僕が居間に着くと、奈緒さんは、なにやら探し物をしているみたいだった。

 いつの間にやら制服を脱いでいて、下着姿である。


「えっと……。ギターは…っと……」


 奈緒さんは、ごく自然な姿で居間を歩きまわっていた。

 どうやら、自分のギターを探しているようだ。


「おかしいな……。この部屋に置いていたはずなのに……」


 奈緒さんは、困った様子で頭をポリポリと掻いていた。

 ──いや。

 普通に見たら、下着姿で居間を歩きまわるのは、変なことだからね。

 なにより、僕が目の前にいるのに、そんな下着姿で堂々とできるなんて、何かがおかしいよ。


「奈緒さん。ギターを探す前に、その……。服を着ようよ」

「え? 服?」


 奈緒さんは、キョトンとした表情を浮かべる。

 そして、自身が下着姿だったことに気がついたのか、僕を見て頬を赤く染めた。


「あ……。そっか……。楓君がいたんだったね。すっかり忘れていたよ」


 その顔は、絶対にわざとだな。

 僕に見せたいがために、わざと下着姿で居間を彷徨いていたんだよね。

 奈緒さんのスタイルは、なかなかのものだ。

 香奈姉ちゃんほどではないけど、出るところはきちんと出ている。

 奈緒さんは、悪戯っぽく舌を出し、僕に言った。


「服は、あたしの部屋にいかないと無いんだよね。…だから楓君は、あたしの部屋に行って取ってきてもらえるかな?」

「それは、さすがに……」

「そっか。無理か……。それなら、仕方ないね。…しばらくこの格好でいさせてもらうよ」

「あ、うん……」


 僕は、そう返事をする。

 まぁ、奈緒さんの家だから、どんな格好してようと自由だし。

 ただ、目のやり場に困るのは事実だけど。


 奈緒さんの部屋にやってくると、奈緒さんはギターを適当なところに立て掛けて、真っ先にベッドにダイブする。


「やっぱり自分の部屋が一番落ち着くなぁ」


 奈緒さんは、ベッドに置かれている抱き枕に抱きついてそう言った。

 緊張感も何も感じられないその緩んだ表情は、いつもよりも可愛く見える。

 いつものクールな奈緒さんとはまったく違う。

 しかし、下着姿っていうのはなぁ。

 恥ずかしくないんだろうか。

 男である僕が見てるんだけど……。


「あの……。練習するんじゃないの?」

「うん。練習するよ。…その前に、ちょっと充電中かな」

「そっか。…それじゃ、僕は部屋を出ていた方がいいかな」


 僕は、気まずそうに頬をポリポリと掻いてそう言った。

 この場合、しばらく一人にしたほうがいいと思ったのだ。

 そう思い、僕は奈緒さんの部屋を出ようとする。

 しかし奈緒さんは、抱き枕に抱きついたままの格好で言う。


「行かないで」

「え……」


 奈緒さんの言葉に、僕は立ち止まる。

 奈緒さんは、僕の方を見ないままさらに言った。


「ここにいて」

「でも……。奈緒さん」


 男にとって、女の子の部屋にいるっていう事が、どれだけ緊張してしまうものなのか、奈緒さんにはわからないんだろうな。


「楓君の言いたいことは、だいたいわかるよ。…でも、なるべくあたしの近くにいてほしいんだ」

「そこまで言うのなら……」


 奈緒さんがそう言うのなら、仕方ないか。

 僕は、奈緒さんの傍にいることにした。

 しばらくして、奈緒さんは僕の手を握ってくる。


「楓君の手。…あったかいね」

「そうかな?」

「そうだよ。香奈が選んだ男の子に間違いはなかったって、わかってしまうよ」

「それは……」


 僕は、何も言えなかった。

 香奈姉ちゃんが僕を選んだ理由ってなんだろうなって、改めて考えさせられてしまうからだ。

 奈緒さんには、その理由がわかったんだろうか。

 奈緒さんは、突然むくりと起き上がる。


「よし! 充電完了! …さぁ、楓君。さっそくプレゼントを渡したいと思うんだけど。いいかな?」

「え……。プレゼント⁉︎ ちょっと待って。まだ心の準備が……」


 僕は、つい奈緒さんのことを意識して見てしまう。

 奈緒さんは、さっきから下着姿である。

 今履いてるパンツを渡すってことは、この場でパンツを脱ぐってことだ。

 そんなことしたら、ノーパンになって、その……。


「心配しなくても大丈夫だよ。香奈には、もう了承済みだから──」


 え……。香奈姉ちゃんに了承を得ているの?


「それって……」

「さっき香奈に連絡したんだよね。『あたしの家にいます』ってね」

「それじゃ、香奈姉ちゃんも来るの?」

「さぁ、どうだろう。…返信がないからね。来るかどうかは、わからないな」

「そっか」

「それよりも、あたしからのプレゼントは欲しいでしょ?」


 奈緒さんは、履いてるパンツの辺りに手を添えてそう訊いてきた。

 まさか、今ここで脱ぐつもりなのか⁉︎

 僕は、羞恥に顔を赤くして奈緒さんから視線を逸らす。


「そんなプレゼントなら、いらないですよ。そもそも僕は、奈緒さんに連れて来られてここにいるんだから」

「そんなこと言っていいのかな? 香奈も、了承してることなんだよ」

「それは……。香奈姉ちゃんが了承してるなら、別にいいとは思うんだけど……」

「だったら、別にいいじゃない。…どうして、躊躇うのかな?」


 奈緒さんは、困った様子でそう言ってくる。

 そんなこと言われてもなぁ。

 いくら香奈姉ちゃんが了承したことでも、許容範囲ってものがある。


「それは、相手が奈緒さんだからだよ」

「え……。あたしだから? それって……」


 奈緒さんは、頬を赤く染めて僕のことを見つめてくる。

 そんな顔をして見つめられても。

 僕は、香奈姉ちゃん以外の女の子には手を出さないよ。


「奈緒さんは香奈姉ちゃんの大事な親友だから、無下にはできないっていうか。その……。僕も奈緒さんを大事にしないといけないなって思うんだ。だから──」


 難しいことは言えないけれど、奈緒さんとはそんな関係にはなれない。

 奈緒さんは、どう思ってるんだろうか。

 僕が奈緒さんの返事を待つ。

 しかし、そのタイミングで家の呼び鈴が鳴った。


「誰だろう?」


 僕は、思案げな表情でそう言っていた。

 奈緒さんの家にいるのは、僕と奈緒さんだけみたいだ。

 だから、呼び鈴が鳴っても奈緒さんが出ない限りは、どうしようもない。

 奈緒さんはすぐに動こうとはせず、なぜか近くにあったスマホを確認し、そして残念そうな表情を浮かべる。


「あーあ……。思った以上に早かったみたい」

「え……」


 どうやら、誰が来たのかわかったみたいだ。

 奈緒さんは、面倒くさそうに大きめのシャツを着て、部屋を後にする。

 たぶん玄関に向かったんだと思う。

 僕自身も、ここにいてもどうしようもないので、奈緒さんの後を追いかけていく。

 再度、呼び鈴が鳴る。

 同じ人なんだろうけど、なんだか焦っているみたいだ。


「はいはい……。ちょっと待ってね」


 奈緒さんは、そう言いながら玄関のドアを開ける。

 まず僕が確認できたのは、女子校の制服を着た女の子の姿だ。顔まではわからない。

 この位置からでは……。


「思った以上に早かったね」


 奈緒さんは、その女の子を見て微笑を浮かべ、そう言っていた。


「…『早かったね』じゃないわよ。楓と一緒に帰ろうと思ってたのに……。奈緒ちゃんったら、とんでもないことをしてくれたわね……」


 どうやらその女の子は、僕と一緒に帰るつもりだったようだ。…ていうか僕が知る限りでは、そんな女の子は、一人しかいないんだけど。


「香奈姉ちゃん?」


 僕は、恐る恐る玄関の方に行き声をかける。

 そんな女の子は、香奈姉ちゃん以外に思いつかなかったので、そう呼んでいたのだ。

 正解だった。

 そこにいたのは、はぁはぁと息を切らし、前屈みの状態で立っていた香奈姉ちゃんだった。

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