第六話・5

 お風呂に入った後、僕は二階にある自分の部屋に戻ってきていた。

 時間も時間だし、居間にいても特にすることがないからだ。


「さぁ、楓。今日は、何しようか?」


 一緒に来ていた香奈姉ちゃんは、いつもどおりの笑顔を浮かべそう聞いてくる。

 香奈姉ちゃん自身、文化祭の準備で忙しくて、本来なら僕の相手をする暇なんてないはずなのに、よくそんなことができるなと感心してしまう。


「何しようかって言われても……。後は寝るだけなんだけど……」


 僕は、部屋にある置き時計を見て、そう言った。

 時間は既に、22時を過ぎている。

 普通の家庭なら、もう寝る時間だろう。

 僕はまだ寝間着に着替えてはいないが、これから着替えるつもりだ。

 香奈姉ちゃんは、置き時計を見て何かを察したのか笑顔でこう言ってくる。


「それじゃ、また一緒に寝ようよ」

「え……。一緒に寝るの?」

「私は、楓を抱きしめて寝たいんだけど。…ダメかな?」

「それは……」


 僕は、もじもじしてる香奈姉ちゃんを見て、言葉を詰まらせてしまう。

 香奈姉ちゃんの寝間着姿を見れば、今日も泊まっていくつもりなのは一目瞭然だ。僕の部屋のドア付近を見れば、鞄や制服が置いてあるし……。明日のための準備は、もう済ませてあるようだ。

 いくら付き合っているって言っても、抱きしめ合って寝るのには抵抗がある。

 ベッドの上でのそういう付き合いはご遠慮願いたい。


「ごめん……。さすがに一緒に寝るのは……」

「そっか……。それなら仕方ないね」


 香奈姉ちゃんは、微苦笑してそう言う。

 そんな悲しそうな顔をしないでほしいな。

 僕は寝間着に着替えると、すぐに部屋の押し入れから予備の布団を敷き始める。


「その代わりに僕のベッドは貸してあげるから、それで我慢して──」

「わかった。ありがとう」


 香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言った。


 それから約一時間後。

 部屋の電気を消して布団の中で寝ていたら、それは突然起こった。

 ゴソゴソという物音が香奈姉ちゃんが寝ているはずのベッドの方からして、次に僕が寝ていた布団がモゾモゾと動き出す。

 モゾモゾと動き出した時点で、僕は咄嗟に目を開ける。

 何が起きたのかは、布団の中から顔を出した香奈姉ちゃんを見ればすぐにわかることだった。


「…ヤッホー。来ちゃった」

「香奈姉ちゃん⁉︎」

「大きな声出さないの。みんなに聞こえちゃうでしょ」

「みんなって言われても……。家にいるのは僕と香奈姉ちゃんだけだと思うんだけど……」

「とにかく、落ち着いてよ。安心して寝れないでしょ」

「そうだけど……。どうしたの? いきなり」

「やっぱり一緒に寝たくなっちゃってね。寂しくてここに来ちゃったの……」


 いや……。ちょっと待ってよ。

 この敷布団も一人用なんだけど……。

 それに寂しいって言われても……。僕は近くで寝ていたから寂しくはないはずなんだけど。

 以前から思っていることだが、僕には抵抗があるようなことを、平然としてくる香奈姉ちゃんって一体何なんだろう。


「寂しくって……。僕は、近くで寝てたでしょ。わざわざこんなところに来る必要なんて──」

「無いと思う? 悪いけど、私はチャンスを逃すような人間じゃないの。だから、楓と一緒に寝るためなら、何だってするよ。…こんなことだって」


 そう言って香奈姉ちゃんは、僕に抱きついて唇を押し付けてくる。


「っ……⁉︎」

「…これでわかったでしょ? なんて言われようと、今日は楓から離れる気はないからね」


 トイレはどうするつもりなんだろう。

 そう思ったが、敢えて言わなかった。

 なぜなら、僕がトイレに行きたくなってきたからだ。


「あの……。どうでもいいんだけどさ。僕、トイレに行きたいんだけど」

「え、トイレ? …ちょっと待って」

「ごめん。待てそうにない。…すぐに離れてくれるかな?」


 ヤバイ。ホントに漏れそう。

 はやく離れてほしいんだけど……。


「あ、うん。すぐに離れるね」


 香奈姉ちゃんは、そう言ってすぐに僕から離れる。

 僕は、すぐに起き上がり部屋を後にした。

 トイレは一階にあるので、焦らなくても大丈夫だ。

 僕は、トイレに入るとすぐに用を足した。

 その後、すぐにトイレのドアをノックしてくる。


「はい」

「──私。香奈だよ」

「え? 香奈姉ちゃん? いったいどうしたの?」

「私もトイレに行きたくなっちゃって……」


 あいにくとトイレに入る時に鍵をかけたから、香奈姉ちゃんが入ってくることはない。


「わかった。すぐに出るから、ちょっと待ってね」


 僕は、ドアの鍵をあけてトイレのドアを開ける。

 すると、すぐに香奈姉ちゃんがトイレに入ってきた。

 僕は、すれ違い様にトイレから出ようとしたんだけど、香奈姉ちゃんがすぐに僕の腕を掴んできたため、出るに出られなかった。

 そして、香奈姉ちゃんは、そのままトイレのドアを閉める。


「ちょっと……。香奈姉ちゃん? 何を──」


 僕は、すっかり動揺してしまい、香奈姉ちゃんを見た。

 トイレの中に二人っきりだ。

 何をするつもりなんだろう。


「私も、用を足したいの。…だから、楓はそこで見守っていて」


 香奈姉ちゃんは、躊躇うことなくその場で寝間着の下を脱ぎ出す。


「ちょっ……⁉︎ なんで躊躇いもなく脱いでるの⁉︎」

「…脱がないと用を足せないじゃない。私に我慢しろって言うの?」

「そうは言ってないけど……。僕がここに居残る理由がないじゃないか」

「理由ならあるよ」


 香奈姉ちゃんは、真顔で言う。


「どんな理由なの?」

「楓は、私とエッチなことをしたことある?」

「それは、さすがに無いけど……。それが、香奈姉ちゃんの言う『理由』となんの関係があるの?」

「ここなら多少のことをしても大丈夫だから、楓が好きなことをすればいいよ」

「いや……。僕は、そんなことよりも理由を聞きたいんだけど……」

「理由は、私に対する楓の態度だよ。楓ったら、私に対してエッチなことを要求したりしないじゃない。…せっかく二人っきりになっているのに楓は、全然私に興味ないみたいだし」

「興味はあるよ。だけど香奈姉ちゃんは、僕の姉的な存在でもあるし。そんな失礼なことはできないよ」

「楓は、昔からそうだよね。何かに向かって物事を進める意志力は強いくせに、好きな女の子に対するアプローチはひどく消極的なんだもん」

「それは……」

「わかってるよ。楓は優しい性格だから、私に対しても気を遣ってるんだよね。…でも、今の状況では、そんなものは必要ないよ。楓のお母さんにも言ったけど、私は楓に決めたんだから、そんなかしこまらなくてもいいんだよ。今だって──」


 そう言うと、香奈姉ちゃんは便座に座り、用を足し始める。

 目の前で女の子がトイレで用を足す姿を見るのは、生まれて初めてだ。

 用を足し終えると、香奈姉ちゃんは頬を染めて僕を見る。


「ふぅ……。ねぇ、楓。お願いがあるんだけど──」

「その後の処理は、自分でやってね」


 香奈姉ちゃんが何かを言う前に、僕は言った。

 何をしてほしいかなんて、見ればわかる。


「それだと、楓をトイレの中に入れた理由にならないじゃない」

「そんなことだろうなって思っていたよ。香奈姉ちゃんは理由もなく、こんなことをしたりしないからね」

「そんなこと言っちゃっていいのかな? 私の大事な箇所に触れる機会なんて、そう簡単にはないんだからね」


 香奈姉ちゃんは、そう言って近くにあるトイレットペーパーに手を伸ばす。

 要するに、僕に香奈姉ちゃんの大事な箇所をトイレットペーパーでやさしく拭き取ってほしいってことなんだと思う。

 そんなことは、さすがにできないし。するつもりもない。


「そんな大事なところ、無断で触るわけにはいかないし」


 そこを触ってしまったら、もう後には引けないような気がする。

 香奈姉ちゃんは、立ち上がると僕が見てる前で寝間着の下を引き上げた。

 しかも、恥ずかしげな様子もなくだ。


「無断じゃないでしょ。私が『いいよ』って言ってるんだから、楓は気にする必要はないんだよ」

「でも……」

「あーもう! 楓ったら、臆病なんだから!」


 そう言うと、香奈姉ちゃんは僕の手を取り、トイレットペーパーを握らせる。

 まさか、これで香奈姉ちゃんの大事な箇所をやさしく拭き取れって言うのか⁉︎


「香奈姉ちゃん……。まさか……」

「ほら。私の大事な箇所は、まだ拭き取っていないよ。このままだとかぶれちゃうかもね」


 香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに頬を染めて僕を見上げてくる。


「…仕方ないなぁ。拭き取るだけだよ」


 僕は、ため息を吐いてそう言った。

 香奈姉ちゃんは、僕が香奈姉ちゃんの大事な箇所を拭き取るまでずっと待つつもりだったんだろう。

 こんなこと、したくないのに……。

 僕は、敢えて香奈姉ちゃんから視線を逸らし、香奈姉ちゃんの大事な箇所をやさしく拭き取った。

 なんで僕が、香奈姉ちゃんが用を足した後の処理をしなきゃいけないんだよ。


「あ……」


 香奈姉ちゃんは、何かを感じたかのように声を漏らしていたが、僕はわざと聞こえないフリをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る