第十四話・5

 奈緒さんと約束した日曜日。

 僕は、自分の部屋で勉強をしていた。

 なぜ勉強をしているかと言われたら、他にすることがないからだ。

 たしかにデートの約束はした。

 でも、いつどこで待ち合わせするかまでは決めてないから、この後どうするのか全然わからないし、僕にはどうにもならない。

 とりあえず、奈緒さんと連絡した方がいいのかな。

 僕は、おもむろにズボンのポケットの中からスマホを取り出した。

 そのまま奈緒さんに連絡をしようとしたんだけど。…やっぱりやめておこう。

 いきなりで相手に失礼だし。

 しかしそのタイミングで、メールの着信が入ってくる。

 相手は、言うまでもなく奈緒さんだった。


『今日のデートなんだけど……。待ち合わせ場所は、いつもの公園なんかどうかな?』


 そんな内容に、僕はすぐに返信する。


『全然構わないよ。…それで、待ち合わせ時間は?』

『10時くらいならどうかな?』


 奈緒さんの返信に対して、僕は咄嗟に部屋の置き時計を見る。

 現在の時間は、8時半だ。

 僕の家からいつもの公園に着く時間は約10分くらいだから、待ち合わせ場所としては問題はないだろう。

 奈緒さんが、他の男性からナンパされてなかったらの話だけど。

 僕は、メールを送る。


『オッケー。それじゃ、10時に公園に行くね』

『うん、ありがとう。楽しみにしてるよ』


 この返信から奈緒さんの表情は見えないが、すごく楽しみにしているのが伝わってくる。

 これは、奈緒さんを幻滅させないように気をつけなきゃいけないな。


 公園には、約束した時間の10分前にたどり着いた。

 僕は、周囲を見回してみる。

 奈緒さんの姿はない。

 どうやら、まだ来ていないみたいだ。

 もしかして、ここじゃなくて、もう少し先に行ったところにあるベンチで座って待っているとか…かな。

 それなら、あり得る話ではあるけど。

 でも、まだ10時になる10分前だ。

 約束の時間までは、ここで待ってみよう。


 しばらく待っていると、ピンクのチュニックに白のショートパンツという可愛い格好をした奈緒さんがやってきた。


「やぁ、楓君。…待たせてしまったかな?」


 そう言ってくる奈緒さんは、頬を赤く染めなぜか緊張した面持ちで僕のことを見ている。

 ひょっとして、デートに行くのは初めてなのかな?

 それとも、服装を褒めてほしいのかな。

 とても似合っているから、その辺りは言うことでもないんだけど。


「僕も、今来たところだよ」


 僕は、笑顔でそう答える。

 まさか『10分前に来てました』なんて、口が裂けても言えない。

 僕は、約束した時間の10分前に行動する癖があるから、何かしらの理由がないかぎり遅刻するってことは絶対にない。


「そっか。それじゃ行こっか?」

「うん」


 僕が頷くと、奈緒さんはさっそく腕を組んできて、そのまま歩き出した。

 その時の奈緒さんの嬉しそうな表情は、忘れることができないと思う。

 奈緒さんは、僕とのデート中に何を求めてくるんだろうか。

 さすがに、キスしてくるってことはないよね。

 たぶん──。


 最初にやってきたのは、喫茶店だった。

 喫茶店に入って席に着くなり、奈緒さんはさっそくフルーツパフェを注文した。


「ここのフルーツパフェは美味しいんだよね」

「そうなんだ」


 普段、見せることのない奈緒さんの女の子らしい笑顔を見て、僕は微笑を浮かべる。

 奈緒さんの笑顔って、こんなにも可愛いなんて……。

 以外っていうか、驚きっていうか。

 何とも言いがたい気持ちだ。

 他の男子が告白したって言うのも頷ける。

 一応、僕もコーヒーを頼んだ。

 それにしても、フルーツパフェを頼むなんてホントにめずらしい。

 クールな奈緒さんが、喫茶店に入って注文するものっていったら、大抵は紅茶だ。

 今回は、あきらかに一人の女の子として、僕に接している。

 普段は絶対に見せることのない女の子の表情をしているから、今日は僕とのデートを楽しみたいんだろう。

 注文したものがやってきた時、奈緒さんが口を開いた。


「意外だったかな?」

「え……。何が?」

「あたしがフルーツパフェを頼むのって、やっぱり意外だったかな?」


 奈緒さんは、なにやら神妙な面持ちだ。

 別に変ってわけでもないし、普通だと思うけど。

 たぶん、僕が注文したコーヒーが原因だと思う。


「ううん、全然。女の子らしくて、いいんじゃないかな」

「それってつまり、あたしは女の子らしくないってことかな?」


 奈緒さんは、そう言って苦笑いをする。

 どうして、そうなるのかな。


「そんなことはないよ。奈緒さんは、十分に可愛くて魅力的だよ」


 僕の言葉に、奈緒さんの顔が赤くなった。

 奈緒さんは、むずがゆいと言った表情を浮かべて僕から視線を逸らす。


「む、無理しなくていいよ。どうせ香奈にそう言われたんでしょ」

「香奈姉ちゃんは、奈緒さんのことは何も言ってないよ。僕がそう思ったんだ」


 僕は、恥ずかしいと思いながらもそう言っていた。

 香奈姉ちゃんのバンドのためなら、仕方ないよね。


「そっか。ありがとう、楓君」


 奈緒さんは、微笑を浮かべてそう言うと、スプーンでフルーツパフェをすくい、そのまま食べた。

 実のところ、こんな奈緒さんの姿を見るのも新鮮だ。


「うん。美味しい」


 とても美味しそうに食べる奈緒さんを見て、やっぱり女の子なんだなって思ってしまう。

 僕は、そんな奈緒さんを見て、つい微笑を浮かべてしまった。

 こうして見たら、奈緒さんもかなりの美少女だ。

 他の男子から告白されるというのも、わかるような気がする。

 奈緒さんは、その事をどう思っているんだろうか。


 喫茶店を出てしばらく歩くと、僕たちはいつものショッピングモールにたどり着いた。


「あの……。奈緒さん」

「何かな? 楓君」

「いつまで腕を組んで歩くつもりなのかな?」


 僕は、すごくドキドキしていた。

 香奈姉ちゃん以外の女の子と、こうして腕を組んで歩くのってなかなかない事だから、余計に緊張してしまっているのだ。

 奈緒さんは、いかにも不満そうな表情を浮かべて言ってくる。


「楓君は、嫌なの? あたしと腕を組んで歩くのって──」

「嫌ではないんだけど、その……。奈緒さんは、いいのかなって──」

「あたしは、全然構わないよ。むしろ楓君と一緒に歩けて、すごく嬉しいかな」

「それなら、いいんだけど……」


 僕は、そう言って微笑を浮かべる。

 微笑を浮かべて誤魔化しただけなんだけど。

 香奈姉ちゃんに言われたとおり、奈緒さんの要求には応えるようにしているが、これはもう僕にはどうにもできない。

 奈緒さんは、ギュッと僕の腕にしがみついてきて、言った。


「楓君はあたしの彼氏なんだから、最後まで付き合ってもらうからね」

「え、ちょっ……⁉︎」


 これだと、僕の言葉なんて聞きそうにはない。

 まず僕と一緒だから、ナンパなんてしてくる輩はいないだろうし。

 ──それにしても。

 こんなに長く感じるデートは初めてだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る