第二十五話・2

 放課後。

 いつもどおりの帰りの時間。

 今日の授業が終わり、いつもどおりに校門前まで行くと、そこにはめずらしく1人で佇んでいる女子生徒がいた。

 香奈姉ちゃんと同じ女子校の制服を着ていたから、女子校の生徒には違いない。

 それがめずらしいことだというのは、男子生徒たちの反応ですぐにわかる。

 なんとかして、その子と一緒に帰ろうと誘っている姿を見て、頑張っているなと思えてしまう。

 遠巻きにして見ていただけだったので初めのうちは誰かわからなかったが、その顔はあきらかに僕の知り合いのものだった。

 夏の制服姿だったのが、よけいにわかりにくくしていたが間違いない。美沙先輩だ。

 美沙先輩は、他の男子生徒たちに話しかけられても、すげなくスルーしている。

 美沙先輩も、普通にしていれば充分に可愛いから。

 これは、そのまま無視して行ってしまった方がいいかな。

 そうは思ったんだが……。

 僕の顔を見るなり、美沙先輩は嬉しそうな表情を浮かべて駆け寄ってきた。


「待ってたよ、楓君。一緒に帰ろ?」

「う、うん。美沙先輩がいいのなら」


 あまりにグイッと迫ってくるものだから、僕はなんとも言えなくなってしまう。

 つい、いつもの微苦笑を浮かべてそう返す。


「なによ、それ? 私は、楓君と一緒に帰りたいんだよ。それ以外に、ここに来る理由なんてないんだからね」


 美沙先輩は、屈託のない笑顔を浮かべてそう言っていた。

 きっとそれが本音なんだろう。

 美沙先輩には、裏表がないから。

 逆を言わせれば、陰口だとか悪口などを極端に嫌っていたりする。


「ちっ! また周防かよ。あんな奴のどこがいいんだよ」

「女子校の生徒と知り合いとか、うらやましい奴だよ。どうやったら──」


 他の男子生徒たちは、悔しそうにそう言っていた。

 そのことに対して、美沙先輩はあきらかに不満そうな表情でなにかを言おうとしていたのだが──


「それじゃ、美沙先輩。一緒に帰りましょう」


 僕は、咄嗟に美沙先輩の手を握りそう言った。

 とりあえず、美沙先輩のご機嫌を損なわないようにしてやれば、何とかなるはず。


「あ、うん。そうだね」


 美沙先輩は、なにか思うところがあるのか、そう言って僕の後をついてくる。

 普段なら、絶対に文句を言っているところだ。

 それを言わないでおいているのは、何かの心境の変化だろうか。

 それにこんな事を気にするのも変だが、スカートの下から伸びてるスパッツの姿がない。

 またスパッツを穿き忘れたのかな?

 たしかに制服も夏のものになり、スパッツを穿くのも暑苦しくなってしまったのかもしれないけど……。

 それにしたって、穿き忘れるのはちょっと違う気もする。

 そんな疑問を、悪戯な風が解決してくれた。

 それは一瞬の事だ。

 しばらく一緒に歩道を歩いていると、ちょっとだけ強めの風が吹いた。

 その瞬間、ただでさえ短いスカートが捲れ上がり、中のものが露わになる。

 そこにあったのは、スパッツではなく水色の下着だ。

 ほんの一瞬だったから、よく確認できなかったが、これはこれで新鮮だったりする。


「きゃっ」


 美沙先輩は、少しだけ怯んで捲れ上がってしまったスカートを抑えていた。

 普段の美沙先輩なら、そんな恥じらう姿を見せる事はしないだろう。

 見なかったことにしよう。そう思ったのだが……。


「楓君」

「なに?」

「今の……。ひょっとしなくても、『見た』よね?」

「なんのこと?」


 僕は、わざとそう言ってのける。

 はっきりと『見た』だなんて言ったら、なにをされるかわかったもんじゃない。

 しかし美沙先輩にはわかっているのか、意味ありげにグッと拳を握りしめている。

 なんだか悔しそうだ。


「そうだよね。はっきり『見た』だなんて言えないよね。私が望んでそうしてしまっただけに、これはなんとも言えないかも……」

「だから、その……。僕が何を『見た』って……」

「楓君。君が間違って見てしまったものは、後でたくさん見せてあげるからね。心配しなくても大丈夫だから」


 美沙先輩は、あくまでも笑顔を浮かべてそう言っていた。

 その笑顔が逆に怖いんだけど……。

 一体、何を見せるっていうんだろうか。


「あー、うん……。美沙先輩の下着は、あんまり見たくないかも……」

「遠慮しなくてもいいんだよ。私の場合は、楓君のために特別なものを選んで穿いてるわけだし──」

「それって、今もそうなの?」


 僕は、ちょっとだけ興味が向いてしまい、そんな事を訊いてしまっていた。

 さっき見えてしまった水色の下着が、美沙先輩の言う特別なものだったら。

 そんなはずはないとは思うけど、男としてはぜひ聞いてみたい。

 やはり美沙先輩からは、当然の答えが返ってきた。


「今はね。ちょっと違うよ。今のは、この制服に合わせたものになるかな。楓君に見せられるような下着ではないかも……」

「そうなんだ」

「でも可愛さなら、それなりに自信はあるかな」


 可愛さなら…か。

 それを聞いて、なんとなく納得してしまう僕がいる。

 わざわざスパッツを脱いできてるのだから、今穿いている下着もそれなりに良いものなんだろう。

 まぁ、スカートの中から覗く下着なんて、チラッと見えればそれで充分なんだが。

 ──いや。それはそれで背徳感がある。


「夏の制服姿も、割といい感じでしょ? 楓君はどう思う?」


 美沙先輩は、僕に見せつけるようにして前に出てきてその場に立った。

 やっぱり、女子校の制服ってどこか近寄りがたい雰囲気を出してるんだよなぁ。

 夏服だと特にも露出部分がなんとも──

 可愛いことには変わりはないけど……。


「うん。とてもよく似合っているよ」


 僕には、そう答えることしかできない。

 それが一番妥当な答えなんじゃないかと思う。

 そんな返答を許さないのが香奈姉ちゃんだったり、美沙先輩だったりする。


「なんかさ。テキトーに答えてない?」


 やはりというべきか、美沙先輩はムッとした表情でそう言ってきた。

 一番妥当だと思えるような答えを『テキトー』だなんて言われてしまったら、他になんて言えばいいんだろう。

 これはきっと香奈姉ちゃんにも、同じことを言われてしまいそうだ。


「あ、いや……。えっと……。それは美沙先輩が可愛いから、その……。他に言葉が見つからなくて……」

「それはウソだね。香奈ちゃんや理恵ちゃんに比べたら、私は全然可愛くないよ。私なんか、ガサツだし、全然女の子っぽくないし……」


 たしかに美沙先輩からは、普通の女の子っぽさは感じられないかもしれない。

 でもそれは、個性の問題だ。

 美沙先輩のせいではない。

 美沙先輩は、もしかしたら普通の女の子よりも可愛いかもしれないのだ。


「そのことなら大丈夫だよ。うちのバンドメンバーの中には、もっと女の子らしくない女の子がいるんだし」

「それって、ひょっとして奈緒ちゃんのこと?」

「いや、誰なのかはハッキリ言えないけど……」

「いや、もうそれ、奈緒ちゃん以外ありえないでしょ」


 美沙先輩は、ズバリといった様子でそう言っていた。

 別に奈緒さんのことを言ったわけじゃないんだけどな……。

 たしかに一瞬だけ、奈緒さんの顔が思い浮かんでしまったのは事実だが。


「奈緒さんは、その……。恥じらう姿なんかは女の子らしくて可愛いと思うけど……」

「う~ん。それじゃ、誰だろ?」

「まぁ、誰でもいいんじゃないかな。美沙先輩も、充分に可愛いんだし」

「そっか。誰でもいい…か。まぁ、そうかもね」


 美沙先輩は、そう言って僕に笑みを見せる。

 何か言いたげなのは、見たらすぐにわかる。

 きっと、それに対する答えが知りたいんだろう。

 女の子らしくない女の子のことを言ったって、しょうがない気がする。

 それは、該当している女の子をバカにしているような発言になりかねない。

 僕も、誰なのかは言うつもりはない。

 だから、その辺りは想像に任せようと思う。

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