第十七話・7
ある日の休日。
あたしは、香奈には内緒で彼にメールを送り、この場所で会う約束をしていた。
果たして来てくれるだろうか。
あたしは、ドキドキしながら彼がやって来るのを待ってみる。
やっぱり、いつもの公園を待ち合わせ場所にするのは、軽率だったかな。
香奈はある意味鋭いので、あたしがこっそりメールを送ったことも、おそらくわかっているだろうと思う。
彼が何も言わなくても、香奈にはお見通しみたいだから。
「お待たせ、奈緒さん」
少し考え事をしている最中に彼がやってきた。
しかも、約束した時間の10分前だ。
この寒い季節だし、あたしを長い時間待たせるわけにはいかなかったんだろう。
あたしは、つい笑いが込み上げてくる。
「ちっとも待ってないよ。むしろ、来るのが早すぎるくらいだよ」
「そうかな? 僕的には、普通かと思うんだけど……」
彼は、そう言って頬をぽりぽりと掻く。
まぁ、時間にルーズな人間よりかはずっとマシだけど。
「そっか。ところで、香奈にはこの事を言ったの?」
「ううん。言ってないよ。内容が内容だけに、さすがに香奈姉ちゃんには言えないかな」
「そう。それを聞いて安心したよ。もうすぐだしね」
「うん。香奈姉ちゃんをびっくりさせたいし」
彼も、今回のことには賛同してくれている。
断っておくけど、別にサプライズを仕掛けたいわけじゃない。
基本的に、香奈はサプライズとかは嫌いな方だから。
「そういう事なら、はやく行こうか」
「うん。そうだね」
彼は、そう言ってあたしの隣を歩く。
このまま手を繋いで歩こうかとか考えたけど、やっぱりやめておいた。
チャンスと言えばチャンスだったんだけど。
あたしたちは、いつものショッピングモールにやってきていた。
やっぱり香奈の特別な日に渡すプレゼントを考えるには、ショッピングモールの中にある物がいいと思ったのだ。
「香奈に渡すプレゼント。楓君は、何がいいと思う?」
「う~ん。そうだなぁ……」
彼は、まわりにある物を見て、悩み始める。
あたしたちがやって来た場所は、女の子の間で有名な小物店だ。
主に手作りの雑貨や香水などが置いてある。
香奈とは、長い付き合いだと思っていたから、何をプレゼントすればいいのかすぐにわかると思っていたんだけど……。
どうやら、彼にもわからないみたいだ。
ちなみにあたしの候補としては、香水か化粧品とかを考えていたが。どうなんだろう。
「悩んだってしょうがないよ。香奈にプレゼントを渡すのは楓君なんだから、ここは堂々としてないと──」
あたしは、目の前にあった可愛い形をした瓶を手に取る。
中に液体が入っているから、これは香水だろう。
なんの香りかまではわからないが。
香奈へのプレゼントは、これでいいかな。
「え……。僕が、香奈姉ちゃんに渡すの?」
「そうだよ。楓君が一番、香奈と仲が良いんだから、プレゼントを渡す役はあなたしかいないでしょ」
「別に気にしなくてもいいのに」
「気になんかしてないよ。あたしはただ、香奈とは色んな意味で良いライバルでありたいだけだから──」
「ライバル?」
彼は、思案げに首を傾げる。
何のことか、わからないみたいだ。
あたしも、彼のことを狙っているっていうのに。
だからといって本能のまま行動したら、彼を困らせてしまいかねない。
「なんでもないよ。こっちのこと……。とりあえず、プレゼントはこれでいいよね?」
あたしは、彼に可愛い形の瓶を見せる。
さすがに香水に詳しいわけではないだろうから、彼の返答はアテにならなそうだけど。
「いいんじゃないかな」
彼は、微笑を浮かべてそう答えていた。
なんかテキトーに答えたっぽいな。
あたしは、思わず眉を顰める。
「テキトーに答えてない?」
「そんなことないよ。奈緒さんが選んだ物だし、それで間違いないと思ったから……」
「それなら、いいんだけど……。楓君も、何か良い物があったら遠慮なく言ってよ。あたしだけで選ぶのは、気が引けるから──」
「うん。何か良い物があったら、奈緒さんに言うね」
「頼むよ。ホントに──」
どちらかというと、彼は控えめな性格をしているからな。
もうちょっと、強引なところがあってもいいと思うんだけど。
とりあえず、この香水は買っておくとしよう。
一品物みたいなので早々に買っておかないとと思い、あたしはレジに向かっていった。
彼は、香奈へのプレゼント選びに大いに悩んでいるみたいだった。
そんな簡単に選べるものじゃないのはわかっているが、もう少し肩の力を抜いて選んでもいいんじゃないかなって思ってしまう。
「う~ん……。何にしようかな」
「ゆっくり選ぶといいよ。どれを選んでも、香奈は怒らないと思うから」
あたしは、そう言って微笑を浮かべる。
こんな事を言うのは失礼かもしれないが、真剣にプレゼントを選んでいる彼の姿を見ていると安心してしまう。
彼が、どれだけ香奈の事が好きなのかがよくわかってしまうからだ。
「さすがにぬいぐるみとかは……。『ない』だろうなぁ」
彼は、目の前に置いてあるクマのぬいぐるみを見て、そう言っていた。
彼が見てるクマのぬいぐるみも一品物なのか、一つしかない。
何が『ない』のかはわからないけど、女の子だったら喜ばないはずはないと思うけど。
彼は、何を思ったのかあたしの方を見て訊いてくる。
「奈緒さんは、どう思いますか?」
「ん? どうって?」
「ぬいぐるみとかって、素直に喜んでくれると思いますか?」
「男の子からのプレゼントなら、喜ばない人はいないと思うけど。それにしても……。香奈に、ぬいぐるみか……。コンセプトとしては、抜群に良いと思うよ」
あたしは、彼が見ているクマのぬいぐるみに香奈の姿を思い浮かべ、そう言っていた。
意外と可愛いかもしれない。
イメージとしては、バッチリだ。
「奈緒さんは、どうですか? ぬいぐるみ…好きですか?」
「あたし? う~ん……。可愛いものは、さすがにね……」
あたしにぬいぐるみの話をされてもね。
嫌いではないけど、あたしのイメージに合わないような気がするんだけど。
「そんなことないですよ。奈緒さんだって充分に可愛いんですから、ぬいぐるみの一つくらい──」
「煽てても何もでないよ。あたしが可愛いだなんて言ったって、香奈には敵わないんだからさ」
「奈緒さんは、香奈姉ちゃんとは違う可愛さを持ってますよ。比べたって、どうしようもないと思います」
「そうかな?」
「うん。僕が言うんだから、間違いはないよ。…そういうことだから、ちょっと待っててくださいね」
彼は、そう言うとクマのぬいぐるみを手に取って、そのままレジに向かっていった。
どうやら香奈に渡すプレゼントは、それにしたみたいだ。
そして、そのまま買い物を済ませると、さっそく購入したぬいぐるみをあたしに渡してくる。
「はい。これ──」
「え……。これは?」
あたしは、あまりのことに呆然となってしまう。
あたしにクマのぬいぐるみを渡してきたけど、何のつもりだろうか。
彼は、微笑を浮かべて言った。
「僕の気持ちだよ。このぬいぐるみは、奈緒さんにあげます」
「え……。でも、それじゃ、香奈に渡すプレゼントは?」
「それはまた、別のものを考えてるので問題ないです」
「ホントにいいの? あたしなんかに──」
あたしは、彼の返答に戸惑ってしまう。
香奈へのプレゼントは別のものって、何か良いものがあるんだろうか。
彼は、とても恥ずかしそうな表情を浮かべてあたしから視線を逸らして言った。
「奈緒さんには、いつもお世話になっているから……。そのお礼ってことで──」
「そっか。そういうことなら、遠慮なく貰っておくね。ありがとう」
あたしは、嬉しくなってしまいギュッとプレゼントを抱きしめる。
たぶん、頬も赤くなっているだろう。
「──さてと。これからどうしようか? 家に帰るには、まだ早い気もするけど……」
彼は、周りを見ながらそう言っていた。
たしかに彼の言うとおり、このまま家に帰るにはまだ早いかも。
せっかくの彼とのデートを、香奈のプレゼント選びだけで終わらせるのは勿体ない。
「そうだね。とりあえず、近くの喫茶店にでも入る?」
「いいね、それ。…ちょうど喉も渇いてきたところだし」
「そういうことなら、早く行こう。あ…香奈には、内緒だからね。いい?」
あたしは、そう言って彼の腕に手を絡ませた。
このくらいなら別にいいよね。
香奈も怒らないよね。
あたしだって、香奈と同じくらい彼のことが好きなのだ。
「うん。わかった」
彼は、緊張してるのかそう答えていた。
どこかで香奈が見ているかもしれないと思うと、落ち着かないんだろう。
あたしと香奈の仲は、そう簡単に壊れるものじゃないから、安心していいのに……。
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