第十七話・6

 やっぱり素足だと寒いな。

 ここまで寒いと、我慢しないでストッキングくらい履けばよかったかなって思う。

 幸いにして雪は降っていないけど、吹いてくる風がすごく冷たい。


「うぅ……。やっぱり寒いなぁ」


 私は、寒さのあまり身を震わせる。

 防寒用にマフラーと手袋は身につけているけど、それだけだと限界もある。

 やっぱりコートとかも羽織ってくればよかったな。

 私の隣を歩いている楓も同じみたいで、私と同様に身を震わせていた。


「そうだね。僕も寒さには強くないから、ちょっと……」

「それならさ。手を繋いで歩こうよ。そうすれば、きっと温かいよ」

「そうかな……。あんまり意味はなさそうだけど」

「そっか。楓は、私と手を繋ぐのは嫌なんだ。なるほどね」


 私は、楓の言い草にちょっとだけムッとなり、わざと拗ねてみせる。

 案の定、楓は取り乱した様子で言った。


「え、いや……。そんなことないよ。香奈姉ちゃんと手を繋ぐのは嫌じゃないよ」

「ホントに?」

「うん。香奈姉ちゃんと手を繋ぐのは、ちょっとだけ恥ずかしいかなって思うくらいで、全然嫌なんかじゃ──」

「恥ずかしい…か。そんなのは、手を繋いでしまえば大丈夫だよ。恥ずかしさもなくなるから──」


 そう言うと私は、楓の手を握る。

 ただ握ったんじゃ意味がない。だから、男女のカップルがやっている『恋人繋ぎ』っていうのをやってみた。

 あまり意識しすぎると楓に悟られてしまうから、自然な流れで繋ぐことにしたんだけど……。

 楓は、気づいてくれたかな。

 楓はすぐに私の方を見てきたが、私がいつもどおりの笑顔を見せていると、楓も笑顔で返してきた。

 なんだか照れ臭いかも。


「香奈姉ちゃん」

「ん? 何?」

「香奈姉ちゃんの手…温かいね」

「そうかな? 楓の手も、充分温かいよ」

「ありがとう、香奈姉ちゃん。僕のことを好きでいてくれて──」


 私の言葉に反応してかはわからないけど、楓はギュッと握り返してくる。

 そんなことを言ってくるなんて、楓らしくない。


「そんなの……。お礼を言うことじゃないよ」

「だけど……」

「いいんだよ。私たちは幼馴染なんだから、変に気を遣う必要なんてないんだから」

「わかってはいるんだけど。なんとなくお礼を言っておかないとなって……」

「お姉ちゃんに向かってお礼を言うなんて。…やっぱり、私のことが好きなんだね」

「嫌いなわけがないよ。香奈姉ちゃんは、僕の大切な人なんだから──」


 恥ずかしげもなくそう言うってことは、楓にも自覚が出てきたって事かな。

 今までは、私からセックスなりしていったのだから、今度は楓からの誘いも期待していいんだよね。


「その言葉。絶対に忘れちゃダメだよ」


 私は、笑みを浮かべてそう言った。


 ──放課後。いつもの学校帰り。

 やっぱりこの季節に校門前で待つのは、気合がいるな。

 この時間帯なら、すぐに楓がやって来るものかと思っていたんだが、なかなかやって来ない。

 夏や秋なら気長に待てるんだけど……。

 まさか、先に帰ってしまったとか──。

 頼むから、そんな事だけはないようにしてほしい。

 しばらく待っていると、またしても知らない男子生徒から声をかけられる。


「西田さんだよね? もしよかったら、俺と一緒に帰らない?」


 いわゆる見た目が陽キャなイケメンっていう感じの男子生徒だ。

 ナンパのつもりなんだろうか。

 どうして私のことを放っておいてくれないんだろう。

 こんな事があるから、一人で待っていたくないんだけど。

 だからといって、奈緒ちゃんが一緒だと、余計にややこしくなるだろうし。

 私は、あくまでも笑顔で応対する。


「ごめんなさい。今、人を待ってるの。だから、あなたとは一緒に帰れません」

「そんなこと言わないでさ。俺と一緒に帰ろうよ。きっと楽しいよ」


 男子生徒は、そう言って私の手を掴もうとしてきた。

 掴もうとしてきたっていうのは、もちろん未遂で終わったっていう事である。

 タイミングよく楓がやってきたのだ。


「お待たせ、香奈姉ちゃん。掃除当番だったから、遅れちゃって……」

「くそっ! 彼氏待ちだったのかよっ!」


 男子生徒は、楓の姿を見るや否やものすごく不機嫌そうな表情になり、その場から去っていった。

 あの男子生徒が何がしたかったのかはわからないけど、私には関係ない。

 私にとっては、楓がきちんとやってきた事が単純に嬉しいことだから。

 楓は、あの男子生徒の事を気にかけるよりも私の事が心配だったのか、私の顔を見て心配そうに声をかけてくる。


「どうしたの、香奈姉ちゃん? 僕の顔に何かついてる?」

「ううん。何もついていないよ。そんな事よりも、一緒に帰ろう」

「うん」


 私の言葉を聞いて安心したのか、楓は素直に頷いていた。

 やっぱり楓は、そこまで積極的な性格はしていない。

 次の楓の態度を見ていればわかることだ。

 楓が私の手を握ってくるよりも早く、私が楓の手を掴んで歩きだす。


「うん。40点かな」

「なんの話?」

「私をエスコートするのに躊躇しているみたいだから、その点数が妥当かなって」

「それはまた……。100点には、程遠い話だね」

「100点じゃなくてもいいよ。楓なら、80点くらいで満足できるから」

「そっか。それなら、頑張って香奈姉ちゃんが満足できるような男にならないとな」

「うん。楓なら、絶対になれるよ」


 私は、満面の笑顔を浮かべてそう言っていた。

 もう、とっくに私が満足できるような男の子には、なってるんだけど……。

 いい加減、私の『恋人』としての自覚を持ってほしいな。

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