第十七話・8

 最近、楓の態度がよそよそしい。

 お風呂に一緒に入ろうって言っても、なかなか応じてもらえないのだ。

 今までは、そんなことはなかったのに……。

 なんとなく避けられてるような気がするのは、私だけかな。

 私、何か悪い事でもしてしまったんだろうか。

 う~ん……。わからない。


「考えても、仕方ないよね……」


 私は、一人でそう呟いていた。

 楓に嫌われてしまうのは、正直言って、かなりキツいから、あまり考えないようにしておく。

 それにしても、楓ったら、どこに行ったんだろうか。

 スマホを見て、どこかに出かけたみたいだけど……。

 もしかして、私に秘密で誰かと会う約束をしているとか。

 今まで、楓が私に秘密でどこかに行くなんて事、あったかな。しかも誰かと一緒に…である。

 この際、どっちでもいいか。

 ──とにかく。

 私に隠し事をするなんて、いい度胸をしているな。


「楓が帰ってきたら、絶対に問い詰めないといけないな」


 誰と何をしていたのかをね。

 それまでは、勉強でもしていようかな。


 今日に限って、楓からの連絡はなかった。

 ある程度の予習復習を終えて暇になった私は、気になって楓の部屋にやってきたのだが、肝心の楓はいない。


「もう! どこに行ったのよ。楓ったら──」


 私は、不機嫌になりそう言っていた。

 この時間になっても帰ってこないのだから、余計に気になって仕方がない。

 ちなみに、今の時間は午後の15時だ。

 お昼はとっくに過ぎている。

 てことは、誰かと一緒に出かけているのは確実だ。

 もしかして、私以外の女の子とデートとか……。

 そんなこと考えたくはないけど、朝に出かけていって、この時間まで帰ってこない事を考えると、友達か他の女の子と一緒に遊び歩いているって事になるから、私としては気持ちが落ち着かない。

 私は、何気なく楓のベッドの上に座り込む。

 楓が普段から使っているベッド──。

 なんだか心地良い。

 しばらくベッドの上で座り込んでいると、下の階の方で物音が聞こえてきた。

 もしかして、楓が帰ってきたのかな。

 だからといって、ここから動く気はなかった。

 楓が帰ってきたのなら、真っ直ぐにここに来ると思うからだ。


「私がここにいたら、楓はびっくりするだろうな」


 私は、微笑を浮かべてそう言っていた。

 すると案の定というべきか、階段を登ってくる足音が聞こえてくる。

 誰なのかは、私にはわからない。

 もしかしたら、隆一さんかもしれないし。

 固唾を呑んで待っていると、足音がどんどん近づいてくる。

 そして、しばらくしないうちにこの部屋のドアが開く。

 開けたのは、言うまでもなく楓だった。

 私は、呟くように彼の名を呼んだ。


「楓……」

「香奈姉ちゃん」


 ベッドの上に座り込んでいる私を見て、楓はホッとしたように息を吐いた。

 私は、楓の安心しきったような表情を見ていてムッとなり、口を開く。


「おかえりなさい。今日のデートは、どうだった?」

「デ、デートって、何のこと?」


 楓は、焦り気味にそう言う。

 これはあきらかに図星を突かれてしまったような態度だ。

 あからさまなんだよね。


「やっぱりデートだったんだね」


 私は、ゆっくりとベッドにあった枕を手に取って、そのまま楓に向かって投げつけた。

 投げつけた枕は、見事に楓の顔に直撃する。


「うわっ! どうしたの、香奈姉ちゃん⁉︎」

「うるさい! 私以外の人を好きになったらダメって言ったのに……。この浮気者!」

「浮気者って……。僕はただ──」

「言い訳なんか、聞きたくないよ!」

「言い訳って……。そんなこと言われたら、何も言えないじゃないか」

「だったら、誰とどこで何をしていたって言うのよ! そのくらいは、聞いてあげるよ」


 冷静に考えたら、楓にも言い分というものがある。

 まったく聞かないのも、どうかと思う。

 それだと、私が心の狭い人間みたいじゃない。

 そう思われてしまうのも、なんだか癪だ。


「えっと……。今日は、友達と遊びに行ってて、その……」

「そっか。あくまでもウソをつくんだね」

「ウソって……。僕は、そんなことは──」

「今日ね。楓と奈緒ちゃんに連絡したんだけど、どういうわけか連絡が取れなかったんだよね」


 私は、スカートのポケットからスマホを取り出して、楓にそう言っていた。

 楓は、案の定というべきか、とてもわかりやすい反応をする。

 楓も、ズボンのポケットからスマホを取り出して、確認しだしたのだ。

 たぶん、私からのメールと着信履歴がたくさん入っているはずだ。

 反応しなかったのは、敢えて消音モードにしてたからだろう。


「………」


 楓は、気まずそうな表情を浮かべて、スマホを見ている。


「さて。どういうことかな? 私にも、わかりやすいように説明してくれると助かるんだけど」


 私は、笑顔を浮かべて楓を見た。

 この笑顔は、たぶん心から出た笑顔ではないと思う。

 内心では、怒っているのだ。

 楓が奈緒ちゃんとデートに行ったのは、わかりきっている。

 多少の付き合いならしょうがないけど、デートともなれば話は別だ。


「これは、その……。偶然というか、何というか……」


 楓は、何かを誤魔化すかのようにそう言った。

 きっと、私からのメールや着信を見て動揺しているに違いない。

 奈緒ちゃんにも送っているから、後で奈緒ちゃんにも問い詰めてみよう。


「へぇ~。奈緒ちゃんに会いに行ったのが『偶然』なんだ。だったら、これから私と一緒にお風呂に入るのも『偶然』になるよね?」

「いや、それは……」

「話の続きは、お風呂場でしましょう。これは、れっきとした『浮気』なんだから。私の体でわからせてあげる」

「わからせるって、何を?」

「楓の彼女は、『私』だってことをだよ」


 私の心と体は、楓のためにある。

 だから、楓とエッチなことをしたって、体は少しも傷まない…はずだ。

 いくら奈緒ちゃんとの付き合いがあるからって、デートはやりすぎだよ。

 奈緒ちゃんも奈緒ちゃんだ。

 楓とデートをするだなんて、奈緒ちゃんもずいぶんと積極的になったなって思う。

 今は、楓しかいないからしょうがないけど、奈緒ちゃんにもしっかりとお説教しないとダメだな。


「あの……。香奈姉ちゃん。これには、ちゃんとした事情があって──」

「どんな事情があったにしろ、奈緒ちゃんとデートをしたのは変わらないでしょ。その制裁は、ちゃんと受けてもらうんだから」


 私は、毅然とした態度でそう言った。

 そうは言っても、楓のことを怒ることはできないし。

 どうしよう。

 楓を目の前にすると、きっと甘えちゃいそうだ。


「香奈姉ちゃん。…ひょっとして、ヤキモチ妬いてるの?」

「だったら、何よ。私がヤキモチを妬くのは、いけないことだって言うの?」

「いけないってわけじゃないけど……。香奈姉ちゃんがヤキモチを妬くのは意外だなって……」

「私だって、一人の女の子なんだよ。ヤキモチくらい妬くよ」


 私は、恥ずかしい気持ちになりながらもそう言った。

 楓にとって私は、姉的存在なのかもしれないけど。

 楓のことが大好きな気持ちは、誰にも負けない。

 奈緒ちゃんには、絶対に渡さないんだから。

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